前半戦


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09-1.パパ、私を食べないで



『……初めはねェ。気付かなかったのよ。只、ちょっと変だなって思ったくらい。そういえばいつもはけたたましく聞こえるハズの泣き声がしないな、って』
――マンションの下の階に住む、主婦のYさん(四十八歳)の証言


『なんていうか……連れ子だったみたいですね。奥さんの前の旦那さんの子どもで、再婚した今の旦那さんにとっては重荷でしか無かったのかしらね? あ、もうちょっとマナちゃん髪引っ張るのやめて!』
――同じ階に住む主婦、Kさん(三十二歳)の証言


『アー、あいつー……? 別に普通のヤツだったんじゃないんすかね〜。特に不良だったとか、虐められっ子だったとか、別にそんな事も無いしな……成績もまあまあだったと思うし、運動も別にそこそこくらいで。そんな犯罪とかするような奴じゃなかったと思うんですけど? まっ、ぶっちゃけそんなに印象も残ってないってのが本音っすけどね』
――父親(仮に<A>とする)と同級生だったTさん(二十七歳)の証言


『すいませんねぇ……、ホント、困ってるんですわこういうの……ええ、私の口から何も言える事は御座いませんよ。なにせ、アイツとは縁を切ったんですからねー……いや、本当に。もうずっと前に勘当したきりなんですわ、はぁ……。ここ数年ずっと顔も見てなかったですし……他人も同然なもんで……ええ……』
――Aの父親(推定六十代)の証言



 世の中にはきっと赤ちゃんや子どもを見てその仕草、或いは言動や顔などを可愛い、という人はたくさんいるだろう。勿論自分も可愛いとは思うし、それが自分の子では尚更可愛く思える筈だ。だが――、可愛いという感情だけで全てが許せるかと聞かれたら、絶対にそうではない。

 推し量る事のできない感情や衝動が、人間誰しもに備わっている筈だ。

「あなた、結花ちゃんお風呂に入れてやって」
「ハ?……何で」
「見て分かるでしょ、今手が離せないのよ……たまには私の事にも協力してくれたっていいじゃないの」

 妻は背を向けたままで食事の準備をしている。ならそれが済んでからでもいいじゃないか、と口から滑りかけたが何とか飲み下し、立ち上がった。

 結花(ゆか)は、妻の前の旦那との連れ子だった。

 自分との血の繋がりが、一切ない。
 そりゃあ初めこそ、子どもっていうのは純粋無垢で、悪い事を何一つとして考えてなくて、何て可愛いのだろう――と、人並みには思ったが、パパとも呼ばれず、それでいて懐きもせず、あやそうとして抱っこしようとすれば泣き喚いた挙句、酷い時はパンチやキックで全力拒否されるのだから、流石に子どものやる事だと見過ごせなくもなってくる。

 そしてそんな義理の娘を、正直言って可愛いとは到底思えなかった。

――やっぱね〜、娘ってねー、特別可愛いんですよねー。いや、息子も可愛いですけどやっぱり娘って違うんですわ、こう……ハハ

 会社の同僚が、嬉しそうに話していたのを思い出した。満面の笑みを浮かべて、彼はこうも言っていた。

――俺、親馬鹿になりますよ、きっと。今から既にもうお嫁に出したくないですもん

「……結花、ほら泣かないで」
「ままー、まぁまっ」

 結花はまだ二歳になったばかりで、片言にしか喋れない。生意気な言葉は発さないが、その分態度で自分を激しく拒絶するのだった。

 教わった抱っこの仕方で、結花を抱えながら髪を洗ってやろうとする。が、そこまで行きつくのにも一苦労だ。結花は泣いて暴れて、お前なんかに頼むくらいなら死んだ方がマシとばかりに抵抗する。

「……頼むからさぁー……」

 度重なる激務、金の出ないいわゆるサービス残業の連続、話も理屈も通じない大嫌いな上司にもへいこらと頭を下げて、よく分からない理不尽なクレームを客から浴びせられ、身も心も疲れ切ったこちらの思いなどは露知らずに。結花は、その小さな体で反抗し続けた。

 そしてもう一つばかり、思い出した同僚の言葉があった。

――職場の嫌な事もね〜、子どもの顔見たらぜーんぶ吹き飛ぶんですわ。でね、ああ、この子達を守る為に明日も頑張ろうって。定時をとっくに過ぎて帰宅してもね、子どもの寝顔を見て、一日の疲れを癒して……ええ、はい。やっぱりいいもんですねぇ、家庭を持つのって……

「やだぁー! まま、ままがいいー」
「……」

 いい気なもんだ、いい気なもんだ、こっちはお前を食わせる為にどれだけ嫌な目に遭ってると思ってんだよ? いっそこのまま浴槽に沈めてやろうか――なんてふっと考えた。そうすれば一瞬で静かになるじゃないか、このクソやかましい『物体』とも終われる。そう、終われるんだ。結花を抱えていたその手が静かに動いた。ぬるめのお湯が、少しだけ入った浴槽に向かって。

 水の量は少ないが顔を浸けるだけで十分だ――、が、その時浴室の引き戸が開けられて、一気に現実に引き戻された。

「あなた、会社の方から電話なんだけど。いつもの武田さんって人。折り返すって伝える?」

 は、っと我に返った。

「あ、ああ。うん。そうしてくれ……」

――何をしようとしていたんだ、一体……

 自分の事が、途端に恐ろしくなった。悪魔に魂を売り渡しかけていた、とでも言うべきか。慌てて元の位置に戻ると、何も知らずに泣き続けている結花に心の底から謝った。

「ごめん、ごめんよ結花。……何て恐ろしい事を」

 その時こそ、そんな自分が心底恐ろしいと思えたのだが――人間ってのは案外、脆く簡単にそして単純に出来ているものだ。その微かな罪悪感が消失するのに、日数はほとんど関係無かった。

 彼をせき止めていたその良心は、度重なる夫婦間のすれ違いもあってかすぐに形さえ失っていた。いつの日かあんなに自分を責めていたのに、むしろ肯定していた。悪くない。自分は間違ってなんかない。悪いのはむしろ周りだ、そうこんな風に自分を追い詰めた周囲が悪いと言っていいんだ。

 世間はそれで納得してくれるし、むしろこんな自分を同情してくれる意見も出るだろう。職場の、この劣悪な勤務体制にまず指摘が入るに違いない。お陰であのむかつく上司は、猛バッシングを受けるだろうな――そう思うと何だか楽しくなった。

 コントローラーを持つ指先が、すっかり馴染んだ操作方法通りに動いてくれた。テレビ画面には、アサルトライフルによって射殺される兵士の姿が映し出されていた。嫌いな上司の顔を思い浮かべながら撃ち殺すと、一層痛快だった。



「結花ちゃんにご飯、食べさせてあげてね」

 妻は何やらめかしこんでいる最中であり、カラーコンタクトをはめた目元に、いつもながら濃いアイメイクを施している。

 付き合い始めた当初は、何て目のでかい子だろう、と思ったのだがこれが実際には化粧によるもので、本当は一重まぶたで細い目なんだと知った時は、落胆だとか何とか騒ぐ前に純粋に驚いた。

 別にどうだっていい、目のでかさで嫁選びをしたわけじゃないんだし。

 ていうかそもそも、何でこの娘と一緒になりたいと思ったんだっけ――どうして結婚しようと思ったんだろう――むしろ付き合いだしたキッカケも何だった?

「……お前、どこ行くの?」
「だから、陸斗をサッカーに連れてくんだってばー」
「そんだけでそんなたっぷり化粧するかぁー?」
「りく送ったら、ママ友とお茶する約束なの。しょーたママとれおママとりゅうせいのママで」

 妻の交友関係にあまり口出ししたくないが、個人的に好きになれない『ママ友』という存在もいる。明らかに悪影響を与えているというか、まるで我が子の友人関係を見守る親のような気分である。

「ああ、そう……」
「ママ同士の付き合いとかさぁ、結構面倒なもんなのよ。男の人だってあるでしょ、上司との付き合い方みたいなのが」

 こちらの複雑そうな思いを受け取ったように、にべもなく妻は返事をしたのだった。



ちょ、日曜のサザエさんのエンディングの時間帯の
私の写真こっそり貼るなよ///恥ずかしいだろ///
この死んだ目! やばいだろ!!
表紙のかっこよかった神父はどこへ……。
このあたりはミドリカワ書房の「おめえだよ」って
曲を聞いてると相乗効果でヤメローってなるかもね。

ウアァァァ
(>'A`)>
( ヘヘ
というか『陸斗』『サッカー少年』まさか……



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