前半戦


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09-2.パパ、私を食べないで



「こら結花、ちゃんと食べないと……」

 結花は相変わらず泣いて、喚いて、差し出されたスプーンを跳ねのけた。苛立って皿ごと流しこんだら今度は吐き出した。口元をスープまみれにし、結花は更に声を張り上げた。
 こんな時はもう、どうすればいいのか分からない。当分助けは無いだろうし……。
 あたふたとしながら、食事用のタオルで結花の口元を拭いた。結花はそれをも嫌がって、伸ばしたこちらの手を叩き落としたのだった。

「いや、きらい!」

――……

 脳味噌がバチン、と音を立ててショートした気がした。目の前が、赤いセロファンでも被せたみたいに真っ赤に染まった。

――もう、全部がうんざりだ。そのうんちもおしっこも、よだれも行儀の悪いご飯の食べ方も、全てが……

 何も考えられなかった。考えられるとしたら、只、目の前のこの金切り声をあげるモノを今すぐ消してしまいたい。それしかない。結花の腕を掴むと、そばに置きっぱなしになっていた空のダンボールの中に投げつける様に放り入れた。その上ガムテープを貼った、隙間なく。泣き喚く声が少しだけ小さくなって心が晴れた気がした。

 ベランダへの扉を開けると、そのダンボールを乱暴に置いた。泣き声が一層強くなったが、ダンボールで遮られているお陰でそう気にはならなかった。ベランダの戸を閉めると、完全にやかましい泣き声は遮断された。今、彼の中にあるのは罪悪感よりも心地よい爽快さだけが残ってた。それから三時間くらいしてからようやく妻が帰って来た。

「ただいま。……あれ? 結花ちゃんは?」

 聞かれてようやく、結花の存在を思い出した。そうだった――こんなにも悠々とした時間が久しぶりだったものですっかり忘れていた。

「……寝てる」
「そっか」

 咄嗟に口を伝って出た言葉にも、妻はあっさりと信じてしまった。今思えば何とも適当な親、というか。それとも旦那の事を信用していたからこそのこの態度だろうか? それにしてももう少し、疑えばいいものを。

 結花が再び外の世界を見たのはそれから二時間ぐらい経過してからだった。

 きっと泣き疲れて箱の中で眠っているぐらいにしか考えていなかったのに……当然、結花は冷たくなっていた――いや、息はまだ少しあったのかもしれない。

「結花ちゃん、結花ちゃん……」

 妻がその小さな身体をさすっても反応は勿論のことながら無い。

「子どもが、ベランダで遊んでて、その、急に倒れて……、は、はい。意識もないし、呼吸があるのかどうかも――」

 救急車の音を聞いて初めて自分がどれほどまでに恐ろしい事をしたのだと知った。騒ぎを聞きつけた近隣の住民たちがたちまち集まってくる。

 今、自分の顔を見たら鏡に映っているのは果たしてちゃんと自分だろうか。そこには見た事も無いような悪魔の姿が映ってはいないだろうか。結花の小さな体を抱き締めながら妻はただただ、泣き続けていた。




 眠っていたのは恐らく、一時間にも満たない尺度だったに違いない。にも関わらず、その僅かな時間の間に何日分くらいかの時を過ごした気分だった。どっと疲れていた、眠った気がしない。

「――……」

 ミミューは額辺りを押さえながらそのじんわりと襲ってくる頭痛に耐えていた。あれから泣きながら眠ってしまったんだろう、多分。

「神父、何か酷い顔してるよ」

 創介が羽織ってるジャケットのポケットに手を突っ込みながら、しゃがみこんだ姿勢でこちらを覗きこんでいる。彼の顔を見ていっきに現実に引き戻された気がした。同時に酷く安堵した。それで自分にとって、あの時の日々よりも今のこの状況の方がマシだと思っている事に気がついた……何とも悲しい話だ。

「そうかな」

 ミミューが目をこすった。こうしてる間にも、酷い鈍痛がする。二日酔いにでもなった時みたいに、ふらふらと視界が歪む。

「ああ。嫌な夢でも見た? まあ、無理もないよなー。こんな状況なんだし」

 言いながら創介は立ち上がり、夢の内容にまでは触れて来なかった。それで少し安心して、ミミューも立ち上がった。

「――ごめんね、僕が起きてる番だったのに眠っちゃったみたいで」
「ああ、いいよ〜。別に何ともなかったみたいだしね。それより朝飯出来てんだ、顔洗うのとか済ませたら神父もおいでよ」

 何とまあ、朝飯まで出来てるとは……驚いてミミューがちょっとばかり肩をすくめて笑った。創介は恐らく自分が眠りこけている間も一人起きていたんだろう。それで朝飯の支度をしていたに違いない。

 マメな男だ、顔以外まるで取り柄のなさそうな彼が女性に人気があるのはその几帳面さもあるんだろうと素直に感心してしまった。

 やがて創介は呼ばれてキッチンへと戻って行ったようだ、ミミューがそれを見てまたちょっとばかり唇を笑いの形に作った。




夏風邪で思い出したけど、
私の友人に風邪なんかほとんどひかないし
37度以上の熱も出したことないけど、
只一つだけ「陰陽師」の映画(野村マンサイ主演)を見ながら
マックのチーズバーガーを食べると次の日必ず
百発百中で高熱を発症するっていうスゲー友達がいた。
原理が全く不明だわ。
食い合わせに問題があるのか? 真相は果たして…
これは是非探偵ナイトスクープに依頼しなくては。



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