前半戦


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06-4.ハサミを持って突っ走る



創介の提案により何となく一同、確かに腹が減っていたのもあってかキッチンへと向かう。

 交戦の跡の残る調理場はめちゃくちゃな有様ではあるが火も水もかろうじて通っているし、食材もまだ痛んでないようだ。世界がこうなる前まで人が住んでいたのだから食物が新鮮なのはまあ当たり前なのだが……創介は冷蔵庫の中身を確認すると何やらメニューを考えているらしい。

「ま、何だっていいけどさ。マズかったら承知しな……」

 悪態をつきかけた雛木の腹がグゥーっと鳴いた。本来ならさっきの時点で食事にありつく筈だったのだが、失敗してしまったのだ。その上かなりの体力を消耗していた、もう腹がぺこぺこなのは隠しようも無い事実である。

「おうよ、まあちょーーーーっとだけ辛抱しとけ」

 金持ちなだけあって輸入品のチーズや調味料等の変わったものも多いようだが、割と庶民的な食材も豊富に入っているらしい。ややしんなりとしたレタス、キャベツに卵、半分に切られたレモン、ラップのかけられた冷や御飯等……めぼしい食材に目をつけてから創介は随分手慣れた調子で調理を始めた。

 正直、ほとんどの者が驚いていた。これまでの創介といえばなーんにも出来ないヘタレ坊ちゃんだとそこにいる誰もが認識していたのだから……その包丁使いなんか拳銃を使う時のへっぽこ加減とは比べ物にならない手際の良さなのだ。

 創介は主婦顔負けの包丁さばきで手早くキャベツを切り刻むと、ボウルに入れて手元にあったゴマ油を落としてさっさと絡めている。

「……そ、創介、お前結構やるな」

 セラが目を丸くしつつ呟いた。普段、あまり感情が顔に出ないセラがはっきりと感嘆しているのが見て取れた。

「だろ? ほら、料理が出来て子どもが好きな男ってもてるって言うし〜?」

 てきぱきと動く創介のその器用さといったら……卵を片手で割りサっと掻き混ぜる動きから、フライパンで炒めものをするまで、とにもかくにも一から十まで完璧だ。

 一秒も手を休める事無く計算し尽くされた精密な動きで、創介はあっという間に料理を作り上げてしまった。調理をしながら、そのおかずを盛るための皿を洗う事もかかさない。

「ほら、完成! 俺お手製シンプルチャーハンと……あー、あとはキャベツと塩コンブの炒め物レモン風味か!? 名称知らないが何かそんなの!」

 適当な事を言いながら創介はテーブルの上にさっとおかずを並べた。一つのテーブルにどっさりと盛っているが、この人数では足りなさそうだ。

「えぇー……何か凄い質素なんだけどぉ」

 運ばれてきた食事を見るなりに、早速雛木が毒づいた。まず肉類が見当たらないのが気に入らなそうだ。が、創介はふふんと鼻の先で笑ってから雛木を見下ろす。

「まあまあ〜、文句は食ってから好きなように言いなさいよ。ん? ん??」

 相当自信があるんであろう、創介の言い草に雛木が怪しむように創介をちらっと一瞥する。で、まずはそのキャベツの炒めものに箸を伸ばした。

 とりあえずまあ……というような顔つきで一口、期待せずに齧る。キャベツがバリバリと咀嚼される音がしたのち、雛木はそれをゴクンと飲み込んだ。

「どう? どうどうどう?」

 詰め寄る創介に、雛木はしばらく無言だったものの、やがてぶるぶると肩を震わせながら言ったのだった。

「――く、悔しいけど……うまい……」

 負けを認めたよう、雛木が眉間に皺を寄せつつ告げた。

「ほぉおお〜〜ら来た!」

 創介がパチーーーンッ、と指を鳴らして嬉しそうに笑ったのだった。

「ま、まあこれは美味しいけどこっちの具がレタスと卵のみのしょっぼいチャーハンは……」

 が、勿論これにも雛木は合格点のようだ。

 一口食べてから信じられない、といった感じで雛木が目を丸くする……。

「だろぉー!? 普段肉ばっかり食ってる奴ってこういう普っ通〜のチャーハンを久々に食うと美味く感じるもんなんだってー。うはは」
「何……これ……めちゃくちゃ美味しい……う、嘘だ! 信じられないよこんなの! 絶対何か入れたでしょ!?」

 そう言いながらも雛木は箸を次々に進めている。



「あ、独り占めかよ! 俺も腹減ってんのに……」

 凛太郎も慌てて身を乗り出した。

「慌てなさんな、まだ食材はあるみたいだからあるだけ作るよ。つーかゆっくり噛んで食わんと消化に悪いぞ〜、あと太るしね」

 言いながら創介は再び冷蔵庫の中身を確認し始めた。着々と次の料理の準備を始めているらしい、洗練されたその動きは忙しい調理場で働いた事くらいある、ってなぐらいの鮮やかな手並みである。

「……。何だ、凄いなあいつ」

 有沢がぽつんとセラの隣で呟いた。

「え?」
「いや……、何ていうか。あいつのお陰でそれまで張り詰めていた気が緩んだというか――」

 有沢が頬を掻きつつ呟いた。

「……。まあ。悪い奴じゃないのは確かなんだが――その、殴られた頭は平気か?」

 セラが心配そうに尋ね返すと有沢は、ああ、とだけ短く答えた。

「ちょっと突っ走りやすい部分があるんだよ。さっきはすまなかったな、って僕が代わりに謝るのもどうかなと思うけども……」
「いや、いいんだ。誤解されるような真似した俺も悪かった」

 有沢は初めこそビンビンに殺気を放っていたものの、こうして話してみると割と穏やかな喋り口調の青年だとセラは思った。

 恐らくあの雛木という少年に対しては何らかの因果関係であんな風に殺気だっていただけでそれ以外はごく普通の青年なんであろう。

「何々!? 何の話してんの? 俺の話?」
「……は、もう終わった」

 セラの返しに、二人の間に入ってきた創介がつまらなさそうに唇を尖らせたのであった。


 食事も一通り片付いてから、食器を運んでいる時にミミューが呟く。

「ここいらで一旦休まない? 流石に神経が昂ぶっていたとはいえそろそろ僕らも疲れてきたよ、腹も満たされたしね」
「いいけど、俺まだこいつに気を許してない」

 凛太郎がちらっと雛木を見つめながらいぶかしむように呟いた。

「それなら大丈夫だ、俺が見張る」

 すかさず有沢が立ち上がって言うのだった。

「ヒドイなぁ、下手な真似したら僕が圧倒的不利になるの分かってんだしさー。何もしやしないよ」
「――信用されるのって難しい事だろう?」

 有沢がそう言って口角を僅かに吊り上げて笑った。皮肉とも取れる笑い方で、一時休戦とは言っていたがやはり二人の間にはややこしい事情が拭いされない事を明確に示唆していた。

 雛木が不満げにぷぅーっとそのほっぺたを子どもみたいに膨らませる。

「とりあえず交代制で休もうか。ナンシーちゃんは女の子だし、やっぱ一人がいい?」
「……。いえ、いいわ。みんなと一緒にいる」

 先程のシャワー中の出来事もあってだろう、珍しく皆と共にいる事をナンシーは選ぶのだった。

「そうするといいよ。やっぱり怖いものね〜」

 全員の意見が一致し始める中、セラは洗い物をしている創介に近づいた。

「その……、手伝おうか?」
「ん〜、あとちょっとで片付くしいいよ。それよかセラももう寝たら? 疲れたっしょ? 一日中走りっぱなしだったもんなーなんか。今日一日でオーバーワークだったよ」

 創介がにかっと歯を覗かせて笑った。子どものような笑い方に絆されたように、何となくセラはそれまで創介の事を結構誤解してたんだな、と思う。そう思わせるくらいの、無垢な笑い方だった。

「……。お前、結構見直したよ。やる気の無い駄目人間かと思ってたが」
「あ゛!? 失礼しちゃうわね」
「――美味かったよ」

 セラがぼそりと呟いた。

「チャーハンと、あとキャベツの炒めもの」
「あ、だろー!? キャベツと塩コンブのな、あれすげぇ簡単に出来るんだけどマジ美味いんだって。やばいの。超やばい」

 やたらとヤバイ、を連発する創介にセラが苦笑しつつも、やがて負かされたみたいにごくごく自然に笑った。

「あれな、本当はもうちょっと長くゴマ油と塩コンブ漬けこんどきゃあもっと味が染みてウマイんだけど……。オリーブオイルを垂らして今日はこれで決まりっ!……あ、今のもこみちの真似な。似てた? なあ似てた?」
「手伝うよ、やっぱり」
「……お!? 何か珍しいな〜、お前。ありがとちゃん。……で、物真似はスルーなの?」

 そう言ってセラが創介の隣から手を差し出して来た。かちゃかちゃと、洗った食器が重ねられていった。




初版ではここの最後らへんに
藤岡弘、隊長がメニューの作り方を
レクチャーしてくれていました。
電子書籍にするにあたって著作権というか肖像権というか
その辺どうなるのか不安だったのでカットしたんですがw
(一応伏字だったけど)



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