前半戦


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06-3.ハサミを持って突っ走る



06-3.ハサミを持って突っ走る


 雛木は組んだ腕を緩めながら「はぁ?」とまず顔をしかめた。

「あのさ、さっきから聞こうと思ったけどね〜。そのゾンビゾンビって、一体何なワケ?……何なの、僕に対するあてつけなの?」
「――同じく、言っている意味がよく分からない」

 雛木も有沢も、二人とも今の世界の状況を知らないらしい。すっかり二人の世界に引きこもってしまっていた結果だろう、何てこった。

「……今、世界は動く死者。……すなわちゾンビで溢れているんだよ」

 勿論、二人は思いっきりここ一番というぐらいに顔をしかめた。

「はぁあ? 何それ。ゾンビ? 動く死体? そんなもんいるわけないでしょー、何それ。ナイト・オブ・ザ・リビングデッドなの? ロメロの映画かっての、あれは作り物の世界でしょ!」
「そうだ。とてもじゃないが、信じられない。死んだ人間が生き返るなんてそんな馬鹿な話があるのか……?」

 どこか違和感の覚える二人の台詞に、一同の顔がどういう表情を作ればいいのやら迷っている風に微妙なものに切り替わった。

 が、すぐにセラが咳払いして喋りはじめる。

「お前達、テレビとかラジオとかさ……あとネットとか見ないのか? 世界を転々としてるみたいなのに、この状況も知らないなんて……」
「そんなの知らないよ! だって僕が興味あるのは自分の事だけだもの!」

 雛木が腰に手を当てながら超自信満々に叫んだ。なるほど、こいつの結論で全て終わったようなもんだった。対する有沢は頭ごなしに否定するではなく、随分と静かな調子で刀を降ろすとミミューの方へと向き直った。

「……。そういえば、ここまで来る途中何度か妙な悲鳴などは耳にした。ただならぬ事態が起きてるんだとは思ったが人目は避けたいもので、関わり合いになる事だけはしないように辿り着いたんだが」
「ちょ、ちょい待ち! 有沢くんまでおかしな事言って僕を混乱させる気!?」

 雛木が考え込む有沢を指差しながら叫ぶ。

「なー……」

 ふと創介が口を挟む――「何か音しねえ?」。こういう時に鋭いのがセラだ、ふっと背後のバスルームを振り返りながら言った。

「……あんた、ここに入る時窓閉めて来たか?」

 セラが有沢に向かって尋ねる。

「いや……?」

 有沢が首を振った。一同に、この一日ですっかり備わってしまった緊張感がたちどころザワっと走る。一行はバスルームへと一斉に目をやった。

 バスルームの中で揺れる人影、数は多くない。だが、早めに始末しなくては益々仲間を呼びよせて厄介だろう。

「……やるか」

 ふっ、と一つ息を吐いてから、セラが両の拳の関節をボキボキと鳴らす。その隣でミミューが無言で、うんと頷く。創介もゲンナリとはしつつ、何とか向き直った。

「?、?、え、え?……ちょ、何なの! みんなしてっ」

 仲間外れにされた小学生よろしく、雛木が不服気に叫んだ。今までは自分と有沢の世界であったが、それが見事に逆転したのだから。

 雛木の方はよく分かっていないようだが有沢は本能的なものが働いたのか、その常軌を逸した雰囲気をすぐさま察知したようだ。まだ事態の半分も飲みこめてはいないのだろうが、とりあえずおかしなものがいる事だけは理解した。

「……来るぞッ!」

 セラの合図と同じくバスルームを突き破り、四体のゾンビが姿を現した。

「ウッソ……、じょーだん……何アレ! 超怖いじゃん!」

 雛木がぽかーんとしている。

「……だーから冗談じゃねえんだっつーの、とりあえずそこどけって!」

 唖然とする雛木を押しのけて勇敢に飛び出すのは凛太郎だ。凛太郎は片手にハサミ、もう片手にあの創介を脅すのに使ったナイフを握り締めている。

 その小さな武器で立ち向かおうと言うのだから勇気があるというのか、無鉄砲というのか。

 有沢も刀を構え直しながら呻り声のする方を探っている。

「ちょ、ちょっとぉオ……何なの!? ゾンビってほんとにほんとにほんとにゾンビなのぉ!? あ、あ、あの、えっと、マジで!? マジなんですか、ちょっとちょっと」

 ここぞとばかりに狼狽し、雛木が凛太郎の肩を引きながらゾンビの群れを指差し叫んだ。

「じゃなかったら何だっつーんだよ! おい、一真! こいつ何とかしとけ! こいつちょー邪魔!!」
「じゃ、じゃッ、邪魔って何だよそれぇ〜〜!」

 小競り合いを始めた二人の事は無視して、交戦が始まった。数にしてみれば大したことは無くその場はすぐに片付いた――血と、若干の火薬の匂いと腐臭を残しつつ。強烈なその香りは石鹸のいい香りもすぐさま上書きしてしまったのだった。

 戦いが片付いてから真っ先に口を開くのは雛木だった。こちらからすればこの雛木の方がよっぽど謎が多いモンスターなのだが……。

「つつつつ、つまり死体が動き回ってるって事でいいんだよね?」
「――そう」

 セラがゆっくりと頷いた。

「えっ、何で!?」
「知らねーよ! 俺だって知りたいよそんなコトは!」

 創介が叫ぶと雛木は愕然とする。何だか雛木がそんな反応をすればするほどこちらとしては突っ込みたくて仕方が無いのだが……そんな中、ミミューが何か閃いたような顔をした。

 レトロな表現を使うとすれば頭の上に電球がぱっとついたような顔である。

「えっと……雛木くん、でしたっけ」
「そうだよ」
「君、このままゾンビ天国になったらどうするの〜?」
「どうするって?」

 不可解そうに雛木が聞き返した。

「だって君、その不死身に近い体質をキープするには人肉食べなくちゃ駄目なんでしょ? ゾンビは人肉を好んで食するワケだから、言っちゃえば君の餌が横取りされるわけだよね〜」
「……まあね」

 ミミューがそこでにっと笑った。

「なら、さっき君の言った一時休戦。もうちょっとだけその期間を長くして、一緒に戦わないか?」

――またこの神父は……!

 創介もセラも凛太郎も、いやはやこれにはクールなナンシーもぎょっとした。大して表情に変化が無いのは一真くらいか。

「その力が借りれたら、凄く頼りになる戦力になりそうなんだけどなあ」

 付け加える様にミミューが呟いた。

 これには流石にセラが何か言おうとする……が、それよりまず雛木が口を開いた。雛木自身も、そのまさかの提案に驚いている風ではあった。自分を感電させた相手からの、意外なる申し出なのだから驚かないわけもないが。

「でもさ、言ったよね。僕がこの自然治癒力を維持するには食べることが必要だって。だから僕、新鮮な肉にありつくためには手段を選ばないよ。お腹減ったらいきなり君達に齧りつくかもよ? それにゾンビの肉なんて食えないじゃん、怖いし」

 それは雛木本人の口から言ったにも関わらず、セラが言いたかった事にほとんど近い内容の台詞だったためかセラは口を挟むのをためらった。

 やがてそれまで黙っていた有沢が、口を開いた。

「……雛木。世界がこういう状態では少々お前との決着がつけにくいな」
「んー……? まっ、それはそーかもねぇ」

 有沢は雛木から背を向けるとミミュー達の方へと向きを変えた。

「……。君達はこの世界をどうにかするために旅でもしてるのか?」

 有沢が静かに問い掛けた。

「まあ、そんなところになるのかなぁ……? 多分ね。うん」

 ミミューが軽く笑って答えた。

「なら、俺も助太刀出来ないか?」

 まあそっちの雛木と比べたら、こちらの青年・有沢くんの方が数倍も信用できそうではあるが――。先程見せた刀の腕前も本物であったし、有り難い申し出ではある。

「それは願ったり叶ったりだけど」
「――なら、俺も仲間に加えて欲しい。こんな状況、一人でいるのも危険だしな」

 その言葉から、世界を救いたいと言うよりは仲間が欲しかったというような思いが見え隠れしているようなのは気のせいなのだろうか。

 少なくとも創介はそういう風に感じたのだが、ミミューはどう思っただろう。

「ちょ、ちょっとちょっと! 有沢くんどういうつもり!? 僕はどうしろっていうのさ、律儀にそんな有沢君を待ち続けてろっていうの!?」
「そうだな……そう言う事になるか」
「はぁあ!? どーこにそんな緊張感のねえ因縁の仲が存在するよ!? そっ、そんなの」

 もう雛木は度重なるハプニングゆえかすっかり動揺している。さっきまであった高慢さというか、毒のようなものがすっかり抜け落ちてそのおかしな体質だという事以外は只の困った人間にしか見えないのだから滑稽である。

 そこで創介がわざとらしいくらい大きな咳払いを一つする。それでから、微妙な挙手のポーズを決める。みんな好き勝手にあーだこーだ喋るので、発言をする時は挙手しないと喋らせてもらえない気がしてくる。

「えーと、さっき俺に襲いかかった化け物くん」
「雛木だしッ!」
「そうそう、雛木。お前が食う物って、その、人肉しか駄目なの?……って何か気持ちの悪い質問だなコレも」

 創介の素朴な疑問に雛木が少し肩を竦めたが、ややあってから答えた。

「――。そんな事も無いけど〜……でも、一番あれが栄養源豊富で手っ取り早いし。いちいち調理する必要だって無いし、それに何より美味いから。お前らが普段口にする料理なんかマズくてとても食っちゃいられないね、変な薬品使いすぎだし嗅覚に優れている僕からすればめちゃくちゃ臭くて食べらんないしー」

 そこで雛木がふてくされたみたいにぷいっとそっぽを向いた。

「甘い!」
「は?」

 創介の突然の叫び声に雛木が勿論顔をしかめつつ振り返った。

「いよしっ、分かった。だったら俺が手本見せちゃる。……おし、そうだ! さっきのキッチンへもう一回向かうぞ! はいはいはいはい、ちょっとみんな聞いてー。全員集合〜!」

 手を叩きながら何やら勝手に音頭を取り始める創介に、雛木が当然顔をしかめた。

「はー? 何それ、どーゆーつもり? まさかこの僕に食事でも振舞う気とか?」
「そう! ついでにみんなもさー、腹減ったでしょ? あんな最中を必死で逃げて来たからさ、食欲なんかこれまで沸かなかったけどさすがに一日近く何も口にしてないからな。動くにはやっぱ栄養取らないと」

 そこで大きな腹の音を響かせたのは一真だった。それでも一真はぼーっとしていて、何とも思っていないようだ。恥ずかしがる素振りも無い……。




あとがきもでもいいんですけど……

……でも僕は、オリーブオイル!!

もこみち最近また暴走してたな。
夏野菜サラダのはずが夏野菜一個も使ってなくて草



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