前半戦


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06-1.ハサミを持って突っ走る



「……とりあえず、血は止まったみたいだ」

 止血と消毒を済ませた後、創介がいつもとは違う暗い調子で囁いた。包帯をきつく縛った後、セラは捲っていた袖を下ろす。

「――いいよ別に。そんな、気にしなくても」
「けど、俺のせいで……すまん」
「……。いや、断っておくけど別にお前の為じゃないけど――責任感じるのなら、もう次はヘマしないでくれ」

 そこでセラは背を向けたかと思うと、脱いでいたモッズコートをぶっきらぼうに羽織る。相変わらずセラの喋りと言ったら陰気そのものであったが、何となく優しいというか、丸い感じがした。まぁ、何となく程度に。

 さっきのバケモンの少年は椅子に座らせた状態で、例によって布テープで全身ぐるぐる巻きに固定されていた。ぐったりと顔を俯けて、依然気を失ったままだ。ちなみにそんな少年を人差し指を咥えて何とも羨ましそうに見つめるのは一真だった……。

 もう、突っ込む気も起きない。

「なぁ、神父」
「ん?」

 少年の見張りをしていたのはミミューである。そんなミミューに凛太郎が横から話しかける。

「その化け物、殺しとくべきだろ。何なら俺がやったげてもいーよ?」

 どこか嬉しそうに見える凛太郎の提案にミミューは静かに首を振った。

「……いや。それは止そう。今回の事件に関して、もしかしたら何かしら有益な情報が引き出せるかもしれない」

 ふぅん、と少し残念そうに呟いてから凛太郎が小さく笑った。

「ま、アンタならそう言うと思ったよ」
「ところで凛太郎くん」

 凛太郎が返事する代わりに視線をこちらへと向けた。

 ミミューは傍らに置いてあったハサミを手に取ったかと思うと、凛太郎の拘束された手首の方へとその刃を向けた。何をする気か予想はつくのだが凛太郎はそれでも驚いた顔をせずにはいられなかった。

「お・おい!?」
「ごめんね、こんな真似して。痛かったでしょ、ここまで」

 ジャキ、とその刃が布を裂く音がしてたちまちその両手首にされていた拘束が緩んだ。凛太郎の素っ頓狂な声に、少し離れていた創介もセラも視線をそっちに向けた。ちなみにナンシーがこの場にいないのはお風呂に行っているかららしい。

「な、何でだよ、急に……」
「明日、君達を近くの避難所で降ろすから」
「え!?」

 驚く凛太郎を尻目に、ミミューは立ち上がり今度は一真の方へと向かう。腰を下ろすと同じようにハサミを入れ始めた。一真は少しイヤそうだったが、まあ、とにかく。

「本当はすぐにでもどこかへ預けたかったんだけど……なにぶんバタバタしてたからそんな余裕も無くてね。ここまで付き合わせちゃってごめんね、けど明日には君達も自由になるよ」
「……、」

 そこで凛太郎は何か言いかけたが、その言葉を飲み下したかのようだった。

 一真に至っては、何だか不思議そうにミミューの事を見つめていた。

「もう悪い事は止めておとなしく生きるんだね。こんな状態なんだ、みんなで協力しなくちゃ生き残れないよ」
「――。い、言われなくても……」

 解放されて嬉しい筈なのに、なのに、どこか腑に落ちて無さそうに凛太郎が呟いた。そんな時、であった。

「っきゃああああああっ!?」

 突如のように甲高い悲鳴が屋敷内にこだましたのは――紛れも無い女性のそれは、このおかしなメンバーで唯一只ひとりであるナンシーのものだろう。

「い、今のナンシーちゃんの声!?」

 真っ先に創介が立ち上がりざま駆け出そうとする。

 風呂場にゾンビでもいたのだろうか? 主がいつ頃からこの屋敷にいないのかは不明だが、まだこんな綺麗な屋敷だ。まさかゴキブリなんて出ないだろうし、ましてやそのくらいでここまで叫ぶもんかい。風呂場に一歩でも入ったら脳天をブチ抜くから、と釘を刺された事も忘れ創介は駆け出そうとするがそれよりも早く人影がこちらへ向かって全力疾走してくる。

 今しがた浴びていたものであろう水分を撒き散らしながら、裸体をバスタオルのみで隠している以外は無防備なことに、何も身につけていない。その手には武器すら持っていないのだから驚いた。

 走ってくるその人物は言うまでもなくナンシーだ。創介がその思わぬご褒美に、心配するよりもまず、わぉ、と間抜けな声を漏らした……すかさずセラに睨まれてしまった。ナンシーは一番近くにいた凛太郎に慌てて抱きついた。お陰で凛太郎は幾分かびしょびしょになってしまった――でも、やっぱりちょっと嬉しそうにしている。

「どどっ、どうしたんだよ……い、一体」
「お、お風呂っていうか……窓の外に誰かいたのよっ!」

 ナンシーは夢中で叫びながら、片手でバスタオルを押さえ、もう片方の手ではしきりに凛太郎の服を引っ張る。

「やれやれまたゾンビかな……あいつら、生存者の居場所を当てる感覚だけは優れてるから」

 ミミューが立ち上がりつつ言うと、ナンシーが首を振った。

「ううん――違うと思う。一瞬ちらっと見ただけだから分からないけど向こうもしまった、って反応して慌てて身を引っ込めたから。……あ、何か目に赤い布みたいなもの巻いてた」
「覗きか!!!」

 詳しく話を聞いているのかいないのか、まず創介が立ち上がった。

「んんんーッ! 許せん、それはいくらなんでも卑劣すぎるだろーが! 俺が行ってちょっとガツンとモノ申してやる!!」
「ちょ、ちょっと言ってる傍からお前は……っ」

 創介が駆け出して行くのをセラが必死で追いかけた。

「てことは、同じ生存者かもしれないね。逃げ場を探しているんだったら何とか助けだしてあげたいところだけど――」
「んー、多分、ソレ僕の知り合いだよ」

 大人しく伸びてくれているものだと思っていたその声に。

 慌てて、ミミューが背後で拘束されたままのそいつに向かってショットガンを向けた。

「……あぁ、もうパスパス。一時休戦にしよ、またそれで撃たれるのもイヤだし……でさ、さっきのその覗き魔と話つけたいんだよね。だから、解いてくれるコレ?」

 ミミューは更にその銃口を突き付けるといささか低めの声で囁いた。

「――いや。君には聞きたい事が色々あるからね。悪いけどもう少しそこで大人しくしててもらうよ」
「僕はこんな趣味無いんだけどなぁ。そこで羨ましそうに見てるド変態と違って」

 馬鹿にされたことなどは特に気に留めた様子も無く、いや元より自分の事だとは気付いてもいないのか一真はぼーっと少年を見上げたままだ。

「解く気ナシ、か。……まっ、いいけどね」

 少年は軽く溜息をついてから、ふんっと気合を入れるような声を漏らした。その全身に巻きついていた布テープが簡単にバリっと破れて足元に残骸がばらばらと散らばった。

 ミミューが慌ててショットガンを構えるが少年はホールドアップのポージングで言うのだった。

「だーからさー、今だけは待ってってば。その代わり後で何でも答えてあげるからさ。ちょっと休憩休憩、小休憩だよ」

 言いながら少年は一つ伸びをして見せた。先程のような殺気めいたものも感じられないしとりあえずその言葉を信じるほかないだろう、ミミューは仕方がなくその銃を一旦降ろした。



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