前半戦


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05-3.猫を殺せば七代祟る



 いやはや悪い気はしない、コレを前にしたなら男ならみんなそう言う筈だ……創介は思わずつられ笑いしそうになった。が、すぐに踏みとどまった。次の瞬間、うっそりと笑う少年の口が耳元までバリバリ音を立てて裂けたのだ。その裂け目からノコギリの刃のような鋭利な牙と、ドラキュラを思わせる犬歯がかぱっと覗いていた――。

 さっきまで見ていた天使の顔はどこへやら、その双眸はかっと見開かれ血の様に赤々としていた。

「ぎいやぁああ! ちょちょちょ、ちょっとやだぁあああ、無理です無理ですリームーですってば! 何すんのよぉー!!」

 何故かオネェ口調で、しかも間抜けな悲鳴を上げながら創介は子どもの様にイヤイヤをしている。

「――創介、頭横に避けろ!」

 セラがオートマグの銃口をすっと泳がせた。創介がうひぃ、っとまた気の抜けるような悲鳴を漏らしのけぞるのとほぼ同じタイミングで乾いた銃声がした。熱を含んだ薬莢がからんとセラの足元に落ちた。

 その弾丸はしっかりと、少年の眉間にめり込んだ。セラの使っているオートマグVは、デザートイーグルの弾丸としても使われる.50AE弾――すなわちマグナム弾を装填させていた。その威力たるや凄まじく、創介の上に居座っていた化け物はあっけなく吹っ飛ばされる。

 大の字の格好で、美しい少年の姿をしたその化け物は中央のテーブルの上に背中から叩き落ちて行った。ほとんど全裸に近い上、両手両足をおっぴろげた実に扇情的なポージングで少年はその顔を横へ向けて倒れているが、あの姿を見てしまった今これっぽちもそそられない……。

「し、死んだのか……?」

 創介がよろよろと立ち上がった。

「分からない……しかし、.50AE弾をまともに額に浴びたんだ。ゾンビだったとしても、もう起き上がる事は……」
「あーーーーーー、くっそイッテェな」

 二人の願いも打ち砕くが如く、撃たれた少年はむっくりとその上半身を事もなげに起こした。

 少年は額からだらだらと赤い色合いの血液を流してはいるのに全くもって平気そうに、ぴんぴんとしている。

「弾丸による外科手術かい? 今の……」

 ふふ、っと少年が愛らしく笑ったかと思うとその片手の親指と人差し指を持ち上げた。何をする気かと思えば、そのまま撃たれた箇所にぐちょっと捻じ込んでグリグリと掻きまわし始めた。その指を第二間接辺りまで容赦なく沈めて、少年は銃創をいじくっている。

「げげげっ、な、何こいつ!? キモッ!」

 創介が絶叫しながら慄いた。やがて少年がその傷口からずぼっと何か小さな焼けただれた金属片の様なものを引っ張りだした。まあ、今しがた撃ち込んだ弾丸なのは言うまでも無いが。

「うふふ。何で死なないの、って顔してるね。その理由は答えてやらないでもないけれど……わざわざ聞く必要も無いよねェ? だって二人とも僕にバリバリ食われてクソになっちゃうんだからさぁ〜。……あとテメー、今さりげなくキモ、とか言っただろ。マジ許さないし、お前から先に食ってやろっかな?」

 少年がぴんっと、弾丸を指先ではじいて捨てた。創介だけじゃない……普段は冷静沈着なセラも、激しく動揺していた。この得体の知れぬ化け物相手に、初めて恐怖を覚えていた。ごくん、と唾を飲み込むその喉が緩やかに波打ったのを見て、創介は半ば絶望に近い感情が込み上げていた――。

 少年は再び飛び起きるとテーブルの上に立った。愛くるしいその口元に、再びパリパリと赤い亀裂が走りその両目が獲物を狙う時の猛禽類のような鋭い目つきへと変貌を遂げる。その瞳孔がキュッと細くすぼまった。

「どーーーっちらーにしよーうかなぁあーー、っと」

 無邪気な子どものような口調で言い、少年が耳まで裂けた口をカパっと開いた。ギロチンの刃のようなその牙、赤くチロチロと蠢く蛇のような先割れの舌が覗いた。

「セラ、どうしよ……」
「――とにかく撃つしかないだろっ!」

 幾分かこの状況に慣れつつあるセラにも分からないものは分からない。

 つまりはそれ以外に方法は無い、というコトだ。セラは再びオートマグを構えると両手で構えて射撃の姿勢を取った。が、少年が再び獲物にとびかかるチーターのような動きで飛びかかってきた。少年はセラを狙っているようだった。

「バケモンが……ッ」

 セラが忌々しそうに目を細めながら叫んでから二発ぶんを撃った。少年の肩と胸辺りを捉えたが今度は僅かにのけ反るだけでそのダメージも帳消しにされてしまう。

「くそっ――」

 うろたえるセラの前で少年が不敵に笑うと、軽やかに前蹴りを繰り出した。銃を撃つ事ばかりに気を取られていたせいかセラはすっかり防ぐのを忘れ、銃を明後日の方向へと蹴飛ばされてしまった。

「ウフフ。きみ、可愛い顔して結構えげつない事するんだねぇ……おおっと!」

 銃を失っても尚、セラは諦める事なく、今度は壁に掛けられていたモップを手に取り勇ましく振り被った。棒術でも駆使しているかのような動きであったが、このバケモノ少年の前ではあまり意味もなさそうであった。

 少年は寸でのところでそれを易々とかわして見せ、叩き落としてからまた笑った。

「そっちのヤツはどうしようもなく平和ボケしたボンクラみたいだけど、どうやら君は違うみたいだなー、と……今まで食ってきた奴らとは全く違う動きと、あと目、だね。……あぁ、益々食べたくなってきちゃったなあ〜?」

 ちらっと怯えきった創介を一瞥してから、勇敢にもまだ立ち向かう姿勢のセラを見て少年が笑った。セラは振り下ろしたモップを今度は半回転させてから掬いあげるようにしながら、少年の顎を狙う。が、これも少年は一笑し、上半身をすっと後ろへ下げる事でかわしてみせた。

 驚きを隠せないと言った様子でセラが目を見張っていると、少年は片手でセラの首元を掴んだ。

「ぐっ……」
「首の骨が折れるまで何秒かかるかなぁ、っと??」

 今にも首全体が軋みそうなその圧迫感が、セラの首筋を締めあげた。――何て馬鹿力だ、セラは抗えないその強さに絶望するのと同時に遠のいて行く意識に落ちかけた。

「……おらぁ!」

 まどろみかけたその時、創介の叫びと共にその拘束が緩む。

「ゲホッ……は、ぁ――」

 途端に薄れかかった世界に色が戻ってきた気がした。涙の浮かぶ視界の中で見上げると、創介が少年にバケツを被せたらしい。おまけに得意技のチョークスリーパーを決めている。

「セラ! こいつさっさと撃て……んげっ」

 が、かっこよかったのもほんの束の間、少年の肘鉄の逆襲に合い創介はあっさり沈んだ。鳩尾を押さえながら激しく咳き込むのであった。

 少年はバケツを脱いで苛立った調子でそいつを投げ捨てる。かなりのご立腹なのは、見てすぐ分かった。

「なっ……なにしやがんだコイツ! 僕にこんな汚いもの被せるなんて信じられない! 怒った、やっぱお前から先に食ってやるからなオラァ!」

 少年はぺっぺと唾を吐き出しながら創介に向き直った。創介はゲッとばつが悪そうに顔を歪め、じりじりと後退する……。




未だに印象に残ってるのが、
小学生の僕視点で書かれた話で、
消防士のお父さんの話。
お父さんは家では無口ですぐ酒に酔って、
しかもおつまみに出された絹ごし豆腐にすごい文句つけて
「絹ごしなんか歯ざわりがないから嫌いなんだよ!
豆腐と言ったら木綿だろうが!!」みたいに母親に
ぶちぶち絡んで、お母さんはそれにもじっと耐えてるのね。
ぐう泣ける……
で、僕はそんなお父さんを結構軽蔑してんだけど
消防士として働く姿を見て一応見直すみたいな
話だったけど心の底からかっこいい! って思うんじゃないのね。
何ていうか完全に和解した書き方じゃないのが
すっげーもやもやした当時。
ああいうのいいよね、誰も幸せになってない感じがいい



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