前半戦


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05-2.猫を殺せば七代祟る



セラはちら、と周囲を視線だけを動かして見やったのだった。

「……やっぱりな」
「ふぁいっ!?」

 モゴモゴと塞がれた口で聞き返すと、セラはやはり一点を見つめたまま眉間に皺を寄せている。

「しっ、声が大きい」
「だ、だからなにが……」
「――何か、いる」

 創介にはちっともそんなの感じられないのだがやはり野生で育ったセラは勘が研ぎ澄まされているようだ。セラは創介からそっと手を離すと一歩、音を立てないよう抜き足気味に踏み出した。創介も慌ててそれに連なって歩き出した。

 セラが何か気配を感じたのは、廊下の突き当たりにある部屋のようであった。

 そこは既に扉が開け放されており、部屋自体に電気は点いていないが窓から差し込んでくる月明かりのせいか薄明かりが灯っているようだった。セラは腰を低くし、そっとその室内へと足を踏み入れた。

――カシャンッ、と本当に小さな物音が確かに一つ、した。

「っっ!」

 嘘じゃない、確かに何か音がした、創介はビビリまくってしまい情けない顔とポージングで思わずセラにしがみついた。無言のままセラが離れろ、とその視線で訴える。

 セラは腰からオートマグを抜き出すと既に射撃の姿勢に入っていた。創介はというと怯えて、ただそれを見守るだけだったのだが。今度はより一層、近くでコトンッ――とはっきり物音がした。

「うあひゃぁ!?」

 すぐ背後でその音がしたものだから静かに、と言われたにも関わらず創介は絶叫してしまった。壁に背中をついて、ホールドアップの構えを取った。それとは対照的に、勇敢にもセラがばっと前へ躍り出た。

「……」

 威勢よく銃口を構えたものの、何があったのかセラはすぐにそれを下げてしまった。

「……え?」

 そんなセラの様子に、創介がおずおずと顔を上げた。

「ミャーォ」

 一匹の黒猫が、そこにはいた。闇夜に溶け込みそうな黒毛に、輝く金色の目。この家の飼い猫なのかまでは分からないが、猫は高価そうな皿のしまわれた戸棚の前に座ってまた一つ愛らしく鳴いて見せたのだった……。

「ねっ、猫かぁあ〜」

 これには思わず創介も破顔してしまう。セラも気が抜けたように、苦笑混じりに吐息をふーっと漏らした。暗闇の中で輝く金色の瞳がこちらをしっかりと捉えている。

「何だぁ、脅かしやがって。このやろー」

 子どもでもあやす様に言いながら、創介は嬉しそうに両手を伸ばした。猫は近づく様な事もしなかったし、かと言って逃げる事も無い。慣れているのだかそうじゃないのかよく分からないが……猫は創介など無視して毛づくろいをしている。

「って、シカトっすか……傷つくわ〜」

 大げさに傷ついたような素振りと共に、がっくりと創介がうなだれる。

「――ここはキッチンか?」

 そんな創介を追い抜いて、セラが室内を見渡しながらぽつりと呟いた。

 足元には割れた皿やら、横倒しになって中身の零れた牛乳の紙パック、転がされたままの缶詰なんかが乱雑に散らばっていた。

「に、しても。不気味な屋敷に黒猫ってちょっと合いすぎだよなー」

 おちょくるように言いながら創介はとうとうその猫を抱きあげるのだった。手を伸ばしてみれば、案外人懐っこく猫は創介の胸の中に飛び込んでくる。喉を人差し指で撫でながら創介は満面の笑みを浮かべている。

「おい、創介。あんまり懐かせるなよ。ついてこられてもイヤだろ」
「まあまあ、そう言うなよ、ちょっとぐらいいいじゃないか、なぁ?……でさ、猫って霊感とかあるっていうじゃん。何も無い、ある一点の場所をジーって見つめたりすんのな。怖くね?」
「……。まあ実際のところ、猫ってのは耳がいいらしいから人間には聞こえない音を聞いてるだけらしいぞ」

 少しくらいは怖がってくれてもいいのに……なんて思いつつ腕を組んでいるセラを振り返った。再び創介が腕の中の猫を見つめる。

 それから、ちっとも怖がってくれないセラに意地悪心がつい働いてしまって(決して小学生男子が、好きな女子の気を惹くためにいじめてしまうとかそういうアレじゃない。そこは勘違いしないで頂きたい)創介は猫にまつわる怪談めいた話を続けたのだった。

「あとは〜……、そうだ。アレよ。猫が何を見ているのかと思って猫の目を見たら、その目ん玉に反射して、背後にいる幽霊が映ってたとか……って。え?」

 不意に、言葉を切った後に猫の頭を撫でる創介の手が止まった。何気なく猫の目に視線を落としてみて……我が目を疑った。

 猫の金色の瞳に、反射して映っているのは自分のポカンとした顔と、すぐ背後の、恐らくは天井にしがみついていると思われる見覚えの無い、その影。……セラ、では、ない。つまりは全く別の誰かの――

「創介、伏せろっ!」

 後ろからセラに押されていなければ、自分はそのまま立ちつくしていたかもしれない。

「あッ」

 そのまま前のめりにどしゃっと倒れた、同時に猫は腕の中から駆け出していた。背後の壁より来襲してきたその人影は創介に飛びつこうとして失敗するや否や、すぐ横のテーブルにスタっと着地した。両手両足をついて、カエル飛びでもするみたいに一旦その場に着地すると人影はほんの一瞬こちらを振り向く。

 悔しそうに舌打ちしながらその影はネコ科の動物を思わせる敏捷さで再びテーブルから飛び上がった。

「くそっ、何だ一体!?」

 珍しく荒れた口調で、セラがオートマグをすいと持ち上げてすぐに撃った。突如現れたソイツは……ほとんど全裸に近い姿をしているが、上半身と下半身に申し分程度の包帯を巻いた、少女にも見えるが多分少年だった。……ハッキリ言って異様でしかない。

 薄暗い室内に少年の全体に生白い四肢のフォルムが妖しく蠢く。少年は天井に張り付き、戸棚の上へとこれまたネコのような四足歩行でジャンプしながらたちまちに飛び移る。

「このっ……」

 セラが舌打ちをしながら引き金を引き絞るがそのすばしっこさゆえか焦点が定まらない。豪勢なシャンデリアに被弾して、ガラスが弾け飛んだ。

「うひっ!?」

 へたりこんだままの創介が頭を抱えながら叫んだ。

「って、叫んでる場合じゃねえ!」

 尻餅状態のまま創介はリボルバーを取り出して応戦の姿勢を取る。弾を込めようとしてもたついているのを、包帯姿の少年は見逃さなかった。

「馬鹿野郎! モタついてないでっ……」

 セラが叫んでも遅く、天井に逆さまになって張り付いていた少年の目がニタっとおぞましい笑顔にすり替わった。

「わ、わかってるって……だわぁっ!?」

 創介の胸元に覆いかぶさるように天井から少年が降ってくる。馬乗りになる格好で少年は創介の上に降り立った。どすんっ、と腹の上に座りこまれて創介はゲホッと咳き込んだ。

「……暴れないでよ、オニーサン。ばく、っとひと思いに食べたげるから――。ちょっとチクってするけど、男の子だったらそれくらい我慢しなくちゃいけないよね〜?」

 真正面から見る少年の顔はこの上なく美しい、男とも女とも取れぬ妖艶さに満ち溢れていた……たったこの一瞬で創介は魅入られたようになった。必死に抵抗するのを止めてしまったほどだ。少年は天使のような笑顔でにこ、っと微笑んだ。



国語の教科書もそうかもしんないけど
道徳の教科書も中々いい話いっぱいあったな。
小学生当時からバッドエンドというか、
あれこれ余韻の残る話が好きだった私は
道徳の時に読める話が大好きだった。



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