04-3.同情するなら自動小銃をくれ
地にへたり込んでいる女性に向かい、創介はスッとその手を差し伸べた。ヒロインのピンチに颯爽と現れ、救いの手を差し伸べる正義のヒーロー……彼の頭の中にはそんな構図がすっかり出来あがっており、このシチュエーションに酔いしれていた。
「大丈夫? もう平気だよ。さっ、立てる?」
得意の笑顔で女性に向かうが、女性は釈然としない顔のままだ。眉間に皺をよせ、女性は小声で呟いた。
「うしろ……」
「へ?」
振り向くのと同時に、別のゾンビがその両腕を振り上げていた。
「うううぁあああ!? まじっ、マジ!? だあああぁ〜っ!」
抱きつかれ、創介はすっかり取り乱してそのリボルバーを落とした。振りほどこうともがけばもがくほど、彼の中に仕上がっていた筈の『俺つえー』エピソードが音を立てて崩壊して行く……。
「……そのまま大人しくして!」
何を言うか、そんな事したら俺が食われて……と思った瞬間、女性がそれまで創介の持っていたリボルバーを拾い上げていた。手早く、構えていた。
彼女がコイツを撃とうというのが分かり、意思疎通の出来た創介は身をねじらせた。女性が片目をつぶり焦点を合わせながらその引き金を躊躇いもなさそうに引く。これが中々見事な腕前で、創介には当たる事無くその弾はゾンビの肩に被弾した。
それでゾンビの拘束が緩み、創介は突き飛ばしながら何とか逃れる。続けざまに女性はもう一発、撃った。今度はしっかりと脳天を撃ち抜いたらしい。
「ハァハァ……こ、怖かったぁああ」
「創介!!」
セラが駆け寄ってきた。
「全くお前って奴はすぐそうやって調子に乗るから……」
「ごーめん、ごめん。もうやらないから〜……はぁ、おしっこ漏らすとこだった」
創介は平謝りでセラに許しを乞うのであった。
「……ったく」
ミミューも片付いたのかショットガンを降ろしながら近寄ってくる。
「ふー。ま、数にしてみたらそう多くは無かったね。ところで、そっちの女性は平気だったかい?」
実にさらっと、本当は創介がする筈だった役割をミミューは奪ってしまった。女性は手を差し出す創介の事は無視してすくっと立ち上がった。
「ええ。平気よ。――とりあえず、ありがとう」
それはまた実に愛想の無い返事だった。本当にありがとうと思っているのか不思議になるような、真心のこもっていないお礼だ。
女性は創介のリボルバーを無言でずいっと返すとその場を立ち去ろうとした。
「……って、ちょ、君きみぃ!?」
創介が叫ぶ。
「ど、どこ行く気なの!? 武器も無しに」
「……どこでもいいでしょ」
少しだけ振り向きながらぶっきらぼうに女性は吐き捨てる。これ以上は構わないで、とその視線が訴えているようだった。
「今みたいな事態になりかねない。近くの避難所まで送って行こう。ちょうど、似たような子たちも乗ってるし」
「結構よ。私には行かなくてはいけない場所があるの」
女性がそのいささか濃いめのアイラインで縁取られた目で見つめながら呟いた。
「行くってどこに? そんな女の子一人で……危ないって。見たところ武器もなかったでしょ、君」
創介が問い掛けると女性はわざとらしくはぁっと溜息を吐いた。
「……第七地区よ、これで満足かしら。あんな危ない場所まで送り届けるつもり?」
「っ! 何だよ〜、じゃあ俺達も一緒じゃん。俺らもそこ目指してるんだよー?」
創介が何だか嬉しそうに言うが女性は警戒したままだ、当たり前といえば当たり前なのだが。
「そう。だから君も一緒に来るかい?」
ミミューが微笑みつつ女性に問い掛ける。
「冗談……、そんな知らない男ばかりの車なんか乗れる筈ないじゃない」
そりゃごもっともだ、女性ならば普通はその反応は当然のものであろう。
「けど、第七地区は暴徒と化した悪ガキどもの巣窟だよ。君みたいな女性が、それも武器も持たずに入り込むなんてとてもじゃないけど危ないよ。……勿論ゾンビだって今以上にいるだろうし」
ミミューが言うと女性はほんの少しばかり、迷っているような表情を見せた。
しかしすぐにはウンとは頷かない。どっちを取るべきなのか、彼女には当然のように判断がつかない。
「――大丈夫だよ、僕はこの街の神父だ。街に一軒しか無い教会だから、君も知ってるでしょ? 無防備な女性に手を出そうなんて罰当たりな真似はしないよ……」
あはは、と付け加えて笑うミミューの横顔を見つめながら「まあそもそもゲイだもんなアンタ」、と創介は思うだけにしておいて再び女性を見つめた。
「どう? 今みたいなヤツらに再び遭遇しても君一人で対処しきれる?」
「……」
それで女性は気難しそうに、少し視線を落とした。
「そーだよ! 旅は道連れとか言うじゃん」
双子を乗せると提案した時は大反対だった癖にこの変わりよう……、セラは創介を横目でじとと睨むが当然気付いてはもらえない。
「……、分かったわ。確かに、私一人では厳しいかもしれない」
女性が目を細めながら答える。
「うん。来るといいよ、仲間は多い方が……」
そう言って車へ戻りかけて、驚いた。車の周りがゾンビ達に囲まれている。ゾンビ達は車を倒そうとしているのだろう、うーうーと呻きながら車を四方から大勢で抱え込んでいる。車体が右へ左へと大きく揺らされているのがハッキリと見える。
「ぎゃああああ! 何してんだあいつらはよぉおおッッ! ふっふっふっ、ふざ、ふざけんなぁーッ!」
「凛太郎〜、ひょっとしてこれってボクらピンチなのかなぁ?」
「あったんめーだろーが! 糞っだらぁああ! ここで殺されたら怨むぞアイツらぁあ!」
そんな車内に残されてしまった双子であったが、両手の自由を奪われてしまってはどうする事も出来ない。叫びながら凛太郎は手首に巻かれたガムテープに思い切り噛みついた。
噛み切ってやろうと言うのだろうが布テープは中々頑丈だ、歯を立てるが歯の方が折れてしまいそうである。
「……まずいな、急ごうか」
ミミューが叫び、一同は再び戦闘態勢を取ったのであった……。
ひとまず辺りが片付いてから、一同は車の中へと急いで戻る。中では抱き合う……というよりは一方的に凛太郎が一真にしがみつくような、いやいやもたれこむような格好でそこにいた。
「なぁっ、今の見ただろ!? 俺らもう悪い事考えねえからこの手首の外してくれよ! あと出来たら武器をくれ、頼むよぉ!」
もうほとんど泣きつくように凛太郎が叫ぶ。こいつ、嫌な奴とばかり思っていたが良く言えば感情の表現が激しいという印象だ。対する一真の方が冷静を通り越して鈍感すぎるというのもあってなのか、それが際立って見えた。
「無事だったんだから問題ないでしょ」
あっけらかんとして悪びれる素振りもせずにミミューが言い放った。
その返答は何だか優しいのかそうじゃないのかよく分からない、本当にこいつは聖職者と呼んでいいのだろうか……。
「……僕はまだ外して欲しくないな……」
一真がうっとりとしながら囁くので凛太郎は脱力したようにその場に崩れ落ちた。いつもなら食ってかかれる彼もこの状況ではどうにもできないらしい。すっかり牙を抜かれた狼の様な有り様だ。
「それより今は……ええっと〜」
創介が心なしかにやにやとしながら振り返ると、相変わらず無愛想な女性が気だるげにしている。女性は膝を組みながら腕を組んで、極力みんなとは関わり合いを持ちたくなさそうなオーラを放っている。
わざとらしいくらい真っ黒な、肩より少し上くらいまでの長さの黒髪。焼けていない白い肌に、かなり濃く塗られたアイラインとアイシャドー。胸元の大きく開いたトップスにレザーのジャケットを羽織っている。下はかなり際どい丈のスカートに、ガーターベルトと黒のニーハイソックス。
首元には首輪を象ったクロスのチョーカーがついていて、腕やら指にも似たようなデザインの類のごつめなアクセサリーがじゃらじゃらとついている。……何だかバンドでもやっていそうな風貌だ。ついでに爪には真っ赤なマニキュアが綺麗に塗られている。
ゴス系というのかパンク系といえばいいのか、服装はいささか奇抜というか原宿あたりで歩いていれば違和感ないのかもしれないが――その、目立つ服装の気だるげな美人は誰とも目を合わせようとしない。
「名前は?」
創介がニコニコとしながら問い掛けると女性はちらっとこちらを一瞥した。
「名乗る必要なんてあるの?」
「そりゃいるでしょ〜、じゃなきゃ何て呼べばイイか分かんないし。ねっ?」
女性はわざとらしいくらいにため息をついてからちょいと視線を動かした。
「――だったらナナシちゃん、って呼んでもいいわよ」
「ええ!? そりゃないよーっ、別に隠す必要なんかないと思うんだけどなぁ」
「……」
女性は今度は窓の外に、ちらっとその視線を動かした。目に飛び込んできたのは崩れ落ちたライブハウスの前にでも立っていたのであろう看板だった。
レース基調の黒いドレスを纏った、優雅な女性が薔薇を巻き付けたマイクを持ち佇んでいる。知らない歌手だが、まあ何となく好きな雰囲気だ。世界に平和が戻ったら聞いてみようか――。
『黒の歌姫、ナンシー・ドール。遂に日本上陸……』
かろうじてそんなような謳い文句が読み取れた。
「……ナンシー……」
「え?」
「ナンシー、よ。それが私の名前だけど?」
にべもなく言い放ち、女性がこちらに視線を戻した。
「え。なな、なんしー?」
「そう。文句あるかしら?」
勿論本名じゃないのはすぐに分かった。が、それ以上の事を聞きだすのは少々難しそうである。創介はまだ少々、腑に落ちて無さそうな顔をしていた。
「まあまあ、いいじゃないの創介くん。別にそうこだわる必要も無いよ、ほら。プライバシーというものがあるからね」
ミミューがたしなめるようにそう言った。
「うー……それもそうですね。ゴメンナサイ」
女性に年齢を聞くのは失礼だとは思うがまさか名前を聞く行為が失礼になってしまうとは。
創介は素直に頭を下げて彼女、ナンシーへと謝るのだった。ナンシーはさして気にもしていなさそうにまたぷいっとあっちへと向いてしまった。
「愛想のねえ奴だな、女の癖に」
凛太郎が小声で呟くとすかさず創介の肘鉄砲が入った。
「お前が言える立場でもないぞ、それは。そもそも女の癖にってのは何だそりゃ」
「ゲホッ……ンだよっ、素直に感想述べたまでだろ!」
咳き込みながら凛太郎が言うが、当のナンシーはそれでも興味が無さそうに、ダルそうなままで遠くを見つめていた……。