04-2.同情するなら自動小銃をくれ
「……神父様も?」
セラが尋ねるとミミューは目配せしながらこくりと頷いた。
「ああ、――近いね」
二人のやり取りに、創介と凛太郎が揉め合うのを一旦止め、視線を上げた。と、突如車が急発進する。
「おわっ!」
「何だよ急にッ……」
再びの停車、そしてミミューが窓を少しだけ開けて外の景色を覗いた。
同時に発砲音が二発……いや三発。かなり近くで響いた。誰かが襲われているのだろうか? と、するとこの神父のやりそうな事と言えば……。
「おいアンタ、まさか……」
危惧していた事態は予想通りに的中した。ミミューは車を停めてからそのドアを開けようとその手を伸ばした。
「少し見てくるよ」
「あ、あっ、アホか! あのなぁアンタ、いちいちそんな事してたら……」
凛太郎が創介を身体を使って押しのけてから、絶叫した。
「助けられるかどうかだけでも確認する。みすみす放っておくのは出来ない」
「こればっかりはこのむかつく双子に同意する! ほっといて少しでも先に進んだ方がいいだろこの場合は!」
創介が背後からミミューにしがみついて、首根っこをひっつかんで引っ張った。
「あがががっ……、は、離してってば、コラッ! すぐ人の首を狙うんだから! あががっ」
「いーや、駄目だ! その一人を救うのにモタついて、挙句命でも落としちまったら何の意味もねえ! おいセラ、お前も説得しやが……ッ」
言いかけたその瞬間だった、突如車内が激しく揺れたのは。凛太郎の背後のガラスにドンッ、と何かがぶつかる音がした。
凛太郎が慌てて振り返ると、窓一面に真新しい血痕がべっとりとついていた。ついでに、ゾンビが窓に手を突く格好で白目をひん剥いている。血液はこのゾンビが窓に向かって吐きかけたのであろう、泡立った真っ赤なそれがどろ〜と垂れるのが分かった。
「うぁああわああッ!?」
凛太郎が思わず身を引いた。次いで大勢の声と共に、車の前を横切る影があった。無論それはゾンビ達の集団なのだが、彼らは皆こちらには目もくれず別の獲物を追い掛けるのに夢中なようだった。数にしてみればゾンビはおよそ十体と少しほどだろうか。
追いかけられているのは、一人の少女だ。いや、少女……というには、ファッションと濃いめの化粧のせいなのかこの距離からでは少々年齢が高めに見えた。先程発砲したのも恐らくこの女性に違いない。女性は気丈にも、片手で拳銃を構えて発砲、襲いかかってきたゾンビに向かい、何とか頭部めがけて命中させる。
が、全ての弾が尽きたのか女性はその拳銃を忌々しそうに眺めた後他のゾンビに投げつけた。かと思うと、今度は足元にあった崩れたレンガの破片を拾い上げて思い切り殴りかかる。見た目も勝気そうな印象だが中身までも中々アグレッシブなようだ……と、感心している場合では無い。
「創介くん、どうするんだい? 目の前で君の大〜〜〜〜好きな女性が襲われているんだよ。無視する?」
ミミューが穏やかな口調で尋ねかけると創介はすぐさまその両手を離した。
「た、助けよう、女の子のピンチは放っておけねえよ!」
「――女ぁ〜〜!? ふざけんな、そんな忌々しいもん見捨てちまえよ馬鹿!」
が、これに待ったをかけるのは凛太郎であった。
「女なんか救うとロクな事にならねーぞ!……いいか、女ってのは災いを招く。昔っから女神さまってのは女に嫉妬するっていうのが神話でのルールだろ。だから神棚に酒をお供えしたりする役割は男がやんなきゃいけねえんだ! あと船に女を乗せると沈没するってハナシもあるだろ!」
やけに興奮した口調で凛太郎が喚き散らすのだがその言い分は当然納得できるもんじゃあない。
創介は食ってかかる凛太郎を押しのけるとミミューに目配せした。ミミューとセラがまず扉から出ると凛太郎が再び意味不明の絶叫を上げた。創介はそれを無視して双子を置いたまま車から飛び出した。
女性はゾンビ達に回り込まれてその包囲の中で、尚も戦っていた。それも武器は自分の拳のみ。が、女性のその殴り方といったらセラみたいに訓練されたものではなくて襲いかかってくる痴漢を撃退でもしているかのようなむやみやたらに暴れているだけのものであった。
それでも女性はめげずに、その高そうなごつめのブーツで蹴り技を繰り出したり足元の角材を力任せに振り回したりしている。
「伏せて!」
ミミューの声に女性がはっと顔を上げたがすぐに言われた通りに姿勢を低くした。ミミューはいつもながらカッコ良くショットガンをスチャっと抜き出して構え、躊躇せずにゾンビを撃ち抜いた。発射された散弾がゾンビの身体を広範囲に削り取る。
セラもセラで、その反応はとても早かった。機を逃さずにすかさず走りだしたかと思うと、ゾンビの襲撃をすっと上半身を倒してそのままとんぼを切った。カンフーものの殺陣でも思わせるような優雅さと軽やかさで、ミミューに撃たれたゾンビの遺体を飛び越える。着地したその先には、木材を振り上げたゾンビが待ちかまえていたがセラは地に膝を突けたままそれをきっと見上げた。
「セラ、あぶね……」
創介が叫ぶ。が、叫び終えるか終えないかの瞬間にはその振り下ろされた角材が、半分だけを残してセラの頭上をかすめていった。
どうやらセラが手刀で叩き折ったらしい。見た目に似合わずとんでもない腕力だ……いや、力がモノを言わせているというよりも彼の場合は恐らく技や速さ等が働いているように思えた。ちなみに吹っ飛んだ木材の半分はその隣にいた別のゾンビの頭部に華麗にヒットしているのだからこれまた計算高い。セラは立ち上がりざま、その二分の一が無くなった角材を不思議そうに眺めているゾンビの手首を掴み、逆関節を決めて見せた。
ゾンビにも痛覚はあるのだろうか、ぐうっと呻き声がしたかと思うとセラは抜きだしたオートマグをゾンビのこめかみに押し付け、引いた。実に無駄のない、文句のつけようもない動きである。
「うわぁー、すごっ……」
創介が思わずうっとりしていると、女性の悲鳴がした。
「きゃああ!?」
女性はゾンビにその露出した手首をしっかりと握られている。勿論彼女は必死に抵抗し、その下半身に蹴りを食らわせている。ゾンビに金的なんか通用するのか分からないが、それで少しばかりゾンビのホールドが緩んだようだ。しかし大した時間稼ぎにもなりそうにない……。
「創介くん! 行ってやれ!」
ミミューが別のゾンビを相手しながら叫んだ。
「おーよ! 女の子のピンチを救うのが俺ですっ!」
「……」
横でセラがそれを聞きながら一瞬呆れた様な顔をしたが、当然創介は気付く筈も無い。
教わった通りにリボルバーのがちゃりと撃鉄を起こす。
「おらっ! この変態ゾンビ! 女の子虐めてんじゃねーよっ!」
ゾンビがヨダレを垂らしつつゆっくりと振り向いた。躊躇わず、創介はそのリボルバーの引き金を絞った。
「ぐぼっ」
ゾンビの頭が鮮やかに弾け飛んだ。頭半分を失ったゾンビは膝から崩れ落ち、どさっと倒れた。弾丸によって出来た風穴からはゾンビが未練がましくびゅうびゅうと血の噴水を吹きだしていた。
小さい頃から女の子向けのアニメよりも
男の子向けのアニメや漫画を好む人種の方が
腐女子に成長しやすいんだってね。
全くもってその通りだわ。私が身を持って証明致す。