04-1.同情するなら自動小銃をくれ
「おい」
早速のように不満そうな声を漏らすのは『性格と目つきと口の悪い方』こと凛太郎だった。
「てめー。一体何だよ、これ」
それで心底面倒くさそうに、創介が相手をしてやる事にする。凛太郎が気に入らないのはその手首にぐるぐる巻きにされた布製のガムテープのことらしい。
「見て分かんねえのかよ?……ガムテープだけど」
「んなもん見りゃ分かるわ! 俺が知りたいのは何でこんなもん巻かれなきゃならねーんだっていう事だ、あぁん!?」
「そりゃこの神父がお前らみたいな危険人物を連れてくなんて馬鹿なこと言うから、俺とセラが猛反対したわけだけど――まあ、拘束しておくってのが条件で丸く収まったでしょ? オッケー?」
「一から説明してんじゃねーよ、クソめんどくせぇ野郎だな! こんな自由奪われるくらいなら降ろしてもらった方がマシだっつうんだよ! なあ、一真ぁ!?」
怒鳴り散らしながら凛太郎が一真に振るが、一真はニコニコ……いやニヤニヤとして凄く嬉しそうだ。それどころかもっと全身に巻いて欲しいなんて事も漏らしていた。
その固く結ばれた手首を見つめて一真は何を想像しているのか、陶酔したようにニヤニヤとしている。
「まあ俺としても降りてくれた方が嬉しいけどね〜? けどそれを決めるのはこの神父だしなー」
「……せめて銃くらいはよこせよ。ゾンビに襲われた時、お荷物になったら厄介だろ?」
凛太郎は今度は創介でなく、ミミューに話しかけた。
「運転中は私語禁止です」
「チッ……、こんの野郎。どいつもこいつも話の通じねえクソとクズばっかだな」
舌打ちしながら凛太郎があからさまに毒づいた。クソだのクズだの、本当に口の悪い十代だ。一体どんなものを見てどんなものに影響されてこんな風になっちゃうんだろう? 創介は逆に気になって、凛太郎の苛立った横顔をジト目で見つめた。
「大丈夫ですよ。僕がきっちり守って見せますから」
吼える凛太郎には構わずにミミューが軽快に笑い飛ばした。
凛太郎としてもペースが狂わされるのか、あまりミミューには絡みたくなさそうに見える。
「まぁ、そうカッカしなさんなよ。そんなんじゃあ一生チェリーだぞ、チェリー!」
何がおかしいのか創介がゲラゲラ笑いながら言い、馴れ馴れしくその肩をバシバシと叩いた。言うまでも無く、凛太郎は忌々しそうに創介を睨み飛ばすのだった。
「ここにいる全〜〜員気に食わねえが、てんめえーは特別にそうだな。そのツラがまず気に入らねえ、いつかケツにメントス百粒ぶっ込んでやる……ホラーな目に遭わせてやる……」
「何そんなイラついてんの? たまにはセックスかオナニーでもして落ち着いたら?」
「こっ、こいつマジで!! マジでぶち殺す!!! 生かしちゃおけねぇっ、てめぇはアレだ! 映画のミストで言うところの宗教ババアで、ナイトオブザリビングデッドでいうところのクーパーで、あとは……」
何やらぼやきながら飛び掛ろうとする凛太郎だがその自由の制限された両腕ではそう上手くもいかない。暴れないで、と運転席から一蹴されてしまい実に程度の低いそのやりとりを眺めながら、呆れかえってセラがいよいよため息を吐いた。
「……。それで、えーと……セラくん」
ミミューがそんなセラに話しかけた。
「ここからの道なんだけど、どっちに向かえばいいかな」
その問いかけに、セラは何か考え込むようにして意味ありげに俯いた。「?」とそれを見守るミミューだったが、セラはしばしの沈黙を置いてからやがてのように口を開いた。
「……第七地区へ、向かいたいんだ」
ややあってからセラがそう答える。街から離れたその封鎖された場所……第七地区。前回のナイトメア・シティ事件において黒幕との関わりが示唆されていた宗教団体、『洸倫教』。
その本部があったとされている場所だ。未だに暴徒が溢れかえるというその場所へは、決して誰も近づきたがらないのだが。
「第七地区に?」
ミミューも思わず聞き返すと、セラは神妙な表情のままで深く頷いた。
「ああ……。そこにこそ、僕は今回のゾンビ発生原因が隠されているんじゃないかと思ってるんだ」
「――そう考えるのが一番だろうけどね」
うーん、とミミューが考え込むような仕草をした。
「けど危なすぎやしないか? 確かにあの事件が終着したのはどうもあの場所だったようだし何か秘密が隠されているとは思える。けど、あの辺りには洸倫教狩りと称して暴徒と化した厄介な連中がうようよいるんだよ」
「それは勿論、承知の上だよ」
それでもそこへ向かわなくてはならない理由でもあるのだろうか。セラは唇を引き結んだまま険しい顔をしている。
「……、暴徒だけじゃなくて訳の分からないモンスターも出たそうじゃない、噂によるとゾンビなんかよりよっぽど凶暴でとびっきりデカイのだそうだけど?」
「それも知ってる」
セラは相変わらず俯いたままでそう話した。
「おい!」
二人の不穏なそのやり取りを聞いていた凛太郎が叫びながらずいっと身を乗り出した。
「そんな危ない所に連れて行かれるなんざ俺はごめんだ!……もういい。もういいよ、分かった。やっぱり降ろせ、俺達は俺達二人で何とかするから!」
凛太郎が激昂して怒鳴り散らしたのだった。
「凛太郎」
「何だよ、一真」
「僕は、降りたくない」
一真から放たれたその言葉に、凛太郎があんぐりと口を開いて少しの間静止した。
「なっ、なっ、なにゆってんだよ正気かお前!?」
ようやく出せた言葉がそれだった。
すっかり焦っている凛太郎とは対照的に、一真はぼーっとしたまんま、やっぱり間延びした喋りで返すだけだ。
「……だって……だってここにいると何だか楽しそう……」
そう言って微笑を浮かべながら一真が首を振った。凛太郎はそのガムテープで固定された両手首のまま掴みかかろうと今度は一真の方へ向かって身を乗り出すのだから、さすがの創介も止めるしかない。
「ふざけんなぁ、くそボケ! 何が楽しそう、だ! 死んだら元も子もねーんだよ、なぁっオイ」
「なら凛太郎だけ降りれば?」
「なっ……」
一真のその一言に凛太郎は打ちひしがれたような表情になったかと思うと、そのままよろよろと力無く崩れ落ちてしまった。
その顔は蒼白で、何だかこの世の終わりでも宣告されでもしたかのような顔つきだ。
「――か、一真……お前」
「でも僕は凛太郎も一緒にいてくれた方が嬉しいよ?」
そのフォローになっているのかそうでないのか分からない、一応といった感じのどうでもいい付け足しにも凛太郎は耳を貸さない。
「俺の事裏切るって言うのかよ! 今まで一緒にやってきたのに!」
振り絞るように凛太郎が叫んだ。かと思えば再びシートから立ち上がった。
「……上〜〜〜〜〜っっ等じゃねえかこの野郎ッ! お前を奪われるくらいなら今すぐここで潰す、殺す!」
創介が慌ててブチ切れる凛太郎を抑え込んだ。全く、何故こんな事をしなくちゃならないのか……冷静になってみると凄く不思議である。
「ま、まあまあ、冷静になりましょうや。暴力じゃ何も解決しませんよお兄さん」
「うるッせぇーっ!」
喚き散らす車内の二人ともう一人はよそに、ミミューとセラだけは何か別の事に気を取られているように、気難しい表情でいた。
サイレントヒルの宗教ババアと
ミストの宗教ババアがガチでやりあったら
どっちが先に論破させられるんだろうな。