前半戦


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04-1.ユリカの証言



 その日は本当にもうクタクタだったなぁ……。

 そんなに強くもないのにお酒をいっぱい飲んで、そんなに得意でもないのに酔っ払い相手にお喋りをさせられて。ほとんど場末のスナックでこうやって毎晩毎晩、朝方近くまで働いている――……わたし、吉浦ユリカは短大を卒業してから職が見つからずに、水商売やパチンコ店でのアルバイト等を転々としながら何とかやりくりしているの。

 近頃では夜の世界はわたしには向いてないんじゃないかと思いはじめ、いっそ転職も考えたが、ママさんがいい人なので結局その恩義に報いるつもりで居続けたら何だかタイミングを見失ってしまったような感じだったのだけど。

 給料もそこそこだし職場環境も決して悪くはないが長く見ると何となく――と、ため息混じりにスマホを取り出してみれば、同棲中の彼氏からLINEが入っていたのね。

『ごめん、今日夜勤終わらなさそう。迎えに行けない!』

 ハァ、とそこでまた一つため息を吐いて『分かったよ』と一言だけ打ってから、適当なスタンプと共に返信しておくことにして。

 タクシーで帰ろうかとも考えたのだが、そう大して距離もないしな……と思い直して、わたしはヒールを履くとストラップを止めて、夜気の漂う外へと繰り出したのでした。

 正直言って、この辺りはとにかく物騒だと聞いていて――この辺り、というか一年前のゾンビ発生事件以来、世界のあちこちで荒廃が始まったように思うのはわたしだけなのかしら。少しずつ、だけど確実に世界は蝕まれていくような――「あの悲劇から一年、再生の望みをかけて国民一丸となって立ち上がろう!」だとか何とか、出来合いのキャッチフレーズを掲げながらも、寄付金の使い道が明らかにされないままで横領などが発覚し結局ほとんどの問題は山積みのままなんだっていう話じゃない?……まぁ、今はそんな話をしにきたんじゃないんだけど。

 で、まあ、それを口実にして秩序を乱してもいいというわけでは当然ないんだけど、殊更に殺伐とし混沌としてしまうのにはそれなりの背景や理由があるのだなと客観的に世の中を見つめてしまうなっていう話。まぁ、今は関係のない事よね。脱線しちゃった、ごめんなさい。

 それで、夜の闇に包み込まれた街の中は、街灯も点いていたし自販機の明かりもぽつぽつと見えた。深夜なだけあってまだ営業中の店もあるようだし――、辺りをキョロキョロと見渡しつつ人気はないが明かりがあるのを確認して胸を撫で下ろすと、わたしは再び夜道を歩き始めたの。

 今思うとほんと、危機管理能力に欠けてると思うしバカだなって思うけど……。

――まだ大丈夫よね?……何かあったらそこの店にでも助け求めればいいだろうし……

 防犯カメラも所々についているし、とすっかり安心しきってその道をヒールの踵を鳴らしながら踏みしめてみる。しばらく道なりに進んでいると、横の道路を黒塗りのワゴンが横切っていったわ。

 それまで一台も通らなかったし、こんな遅くに出歩く人間もいるのだなぁ……と呑気に考えながら、わたしは再び足を進め始めたの。

 肩に担いだバッグのストラップを掛け直してから、わたしはよく見慣れたその道筋に沿ってまたコツコツとアスファルトの上を歩き始めた――早く帰らないと。洗濯物も溜まってるし、皿洗いもやらずに今日は職場直行したから……等と帰宅後の予定を考えつつ歩いていると、再び車が通過していった。またか、と思って顔を上げてみたらさっきのと同じワゴンの背中が走るのが見えたのね。

――え、同じ車……?

 そりゃあ昔から勉強はできなかったけど、流石にそこまでバカじゃないから。

 わたしは胸がザワつくのを覚えて、足を止めたの。それで、どうしよう、どうしよう、と足りない頭で精一杯考えて引き返そうと決めて。踵を返した途端に、先方を走っていたワゴンが引き返してきたのが分かった。

 やばい、と思って走ってみたものの勿論すぐに追いつかれて、とにかく裏道に入り込んだの。スマホを片手に、わたしはダイヤルプッシュの画面を開いたままで何度も背後を振り返りながら、先へ進んでいた時だったわ。

 いかにもな感じの男三人組が先回りして、わたしの行く先に立っていた。正確に言うと挟み撃ちの状態で、男が一人わたしの背後、もう二人がわたしの前に回りこんでいたの。例のワゴンも一緒に路駐されていて、あっという間に逃げ道を塞がれてしまった……。

 ひっ、と声を詰まらせて逃げようとするわたしを一人が背後から抱え込んで、正面の男が二人がかりでわたしを羽交い絞めにしていた。男三人相手に敵うわけもないし、死に物狂いで抵抗すれば何とかなる――だなんて、そんなの妄想よ。

「いやっ! やだ、やめて離して!」

 両脚を抱え込まれたままで、わたしは許す限りの抵抗を試みるけれど向こうからしたら痛くも痒くもないのだろうね。

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべたままで男達はわたしをワゴンの中にでも連れ込もうという魂胆か、そのままどこかへ連れ去ろうとしたの。

「姉ちゃん、何だァひょっとして第七地区に行くのか〜?」
「あの辺り危険だろ? 俺達が送ってやるよ。えひゃっ、いひゃ!」
「いや、放してっ! そんなとこ行かない、おうち帰るのー!」
「だっからぁどこでもいいから送ってやるって言ってんだろ、オラ、クソアマ! さっさと車乗れよ!」

 助けてッ、と声に出してみたけれど恐怖のあまり言葉にできないのね。それで、暴れていたせいでわたしの靴が片方だけ脱げて、それから手にしていたスマホがすっぽ抜けて飛んでいった。

 勢いよく回転しながら飛んでいったスマホからは、直前に必死こいて電話しまくった彼氏からの通話が少しだけ聞こえてきた。彼も彼で、夜勤で疲れきった声をさせて「もしもし? もしもし? 何だよユリカ、仕事中なんだから悪戯はよしてくれ」みたいな事をぼやいていたのが聞こえてきたわ。

 当然、いたずらなんかじゃないんだけどね。

――助けて、誰か助けて!!

 飛ばされたスマホに手を伸ばそうとしてみるものの、当然届くわけもなく。いよいよ口元を塞がれて、ワゴンに連れ込まれそうになったの。わたしはこのままどうなっちゃうんだろう……ズタズタに犯されて殴られて、あぁそれから最悪殺されてどこかに野晒しに? と、絶望に目が眩んできた時でした。

「――そこまで!」

 姿を現したのは、全身黒尽くめの声と体格と背丈からして男の人……でした。ええ、はい、まだ若そうな感じでしたよ? 黒尽くめの服装の詳細――は、もう貴方達が知ってるんじゃないの? 上下黒色のスーツで、ネクタイだけが白かった。あとは、こんなハットを被っていて顔には目出しのアイマスクをつけていたくらいかな……暗かったしはっきりと顔は分からなかったけど、優しそうで素敵な方だったわ……。

 あとはもう、貴方達が現場で目にした通りよ。

 知ってると思うけど、その方はたった一人で、三人もの屈強な男をあっという間に全て片付けてしまったんだから。本当にかっこよかったわ。

 わたし、あんまり格闘技とか詳しくないんだけど。だから素人知識でしか話せないけどさ、あれって単なる護身術っていうのかな……? 攻撃をとにかく受け流して、でも細かい技が多いって言えばいいのかな――向かってくる相手の勢いを利用して戦っていたっていうか……あれだね、完全に相手が弄ばれちゃってた感じ。

「お怪我はありませんでしたか、お嬢さん?」

 震えて座り込むわたしを見るなり、その人は優しく声をかけたわ。

 それから、すっとその手を差し伸べられて、わたしはもう真っ白な頭でその人を見上げたの。綺麗なお月様を背にして、その人はにっこりと微笑んだわ。

「あ、あの……あなたは――」
「名乗るほどの者ではございません。通りすがりの、ただのお節介です」

 ある意味お約束どおりの返しかもしれないけど、わたしはもう映画のヒロインにでもなったような気分でうっとりとしてその人の手を取ったの――。 

「こんな時間帯に女性の一人歩きは危険です。最近ではおかしな猟奇殺人の話もあるようですし――、どうかくれぐれもお気を付ける様に」

 それから、遅れて貴方達が到着したというわけね。……通報があってから動くんだから、別にそれを責めてるわけじゃないのよ。わたしが納得がいかないのは、わたしを救ってくれたあの正義のヒーローを悪者扱いしている部分なの。してない、って今こうやってわたしに話をさせている時点でそうじゃない?……まぁいいわ。

 とにかく、あの人はわたしを助けてくれただけ。落ち度や非難する点は何もないんじゃないのかしら?? それ以上話す事はないわよ。言える事は全て話したんだから。



あと弱弱しいママが空手を始めたはいいけど
全然強くなれないし、でも息子にかっこいい姿を見せたい!
っていいう依頼。ぐう泣ける。
細くてめちゃくちゃ儚い感じのママなんだけど
何とか特訓して板を素手と後ろ回し蹴りで
叩き壊すというとんでもない偉業をなしとげるw
ママを特訓する黒帯のお兄さんが男前すぎィ!
最後子どもが涙堪えきれずに泣き声上げて
ママに抱きつくところも涙腺崩壊する。



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