前半戦


≫top ≫▼title back

05-1.悪い奴ほどよく眠る



「いやっ! やだ、やめて離して!」

――女性、だった。女性の悲鳴がする……つまりは僕の助けを求める声がする。これは、放っておくわけにはいかない

 夜の街――、特にこの眠らない街はいつでも危険でいっぱいだ。とにかくこの辺りは治安がクソ悪い事で有名だ、一時期は防犯カメラを街の至る所に置いてあったようだが結局壊されたり盗まれたりして、あまり効果があるとは言えなかった。

 この街の夜の闇に飲み込まれれば、一溜まりも無いだろう。一人でも犠牲者を増やさぬために『彼』は今日も今日とて夜の町を行き交うのだった……ヒーローよろしく屋根から屋根を伝っている最中にその悲鳴は聞こえて来た。

 声がする辺りを見れば、小さなバーやストリップ劇場、他にも性風俗店や今にも潰れそうな飲み屋がところ狭し立ち並ぶややカオスな街並み。木造の長屋建ての店舗がぎゅうぎゅうとマッチ箱のように並び、電柱や閉じたままのシャッターにはスプレーによる、頭の悪そうなろくでもない落書きがびっしりと――。

 噂によればここの風俗店は、客引きのおばちゃんに「若い子いるよ」と誘われるままについていくと、まあ確かにお前よりは若いのだろうな……というような年代のオバハンと一万円でセックスできるらしい。いや、行った事はないし今はそんな事はどうでもよくって。

「姉ちゃん、何だァひょっとして第七地区に行くのか〜?」
「あの辺り危険だろ? 俺達が送ってやるよ。えひゃっ、いひゃ!」
「いや、放してっ! そんなとこ行かない、おうち帰るのー!」
「だっからぁどこでもいいから送ってやるって言ってんだろ、オラ、クソアマ! さっさと車乗れよ!」

 女性が逃れようとするが、男三人がかりで力ずくで押さえ込まれてしまってはそこから逃れるのは無謀というものであった。

「厄介だから腹、殴っちまえよ。身動き取れないようにしようぜ、叫ばれても困る」
「ボクちゃんシャイだからそんな事できないよ。ぐひゃひゃ」
「気絶してたらゴーカンしても楽しくないじゃん。ばかだなあ、トシボーはー」
「やだぁー! 触らないでよーっ!」

 一人が焦れたのかいよいよ女性の脇を抱え、もう一人は足を抱えて運びだした。強行手段に出たよう、そのまま人攫いヨロシク車の中へ連れ込もうという気だろう。ちなみにもう一人のふとっちょは鼻くそをほじるのに夢中になっている……。

 それでも女性は許す限りに、死に物狂いで抵抗を試みている。ヒールが脱げて素足になった状態の片足をばたつかせて、女性はスキンヘッドのデブちゃんの頬を蹴り飛ばした。蹴ったというよりは、暴れて偶然にも当たってしまったような具合だが。

 スキンヘッドはそんな女性の抵抗を嘲笑うように、その足を掴み返すと下卑た笑みを浮かべつつその素足をべろべろと面白そうに舐めまわし始めた。
 汚らしい上に気色悪い事この上ない……、ズバリ情状酌量の余地なし。逝ってよし、だ。

「めんどくせえ〜、もう車の中でやっちま……」
「――そこまで!」

 ワゴンの上に飛び降りる影を、男達が一斉に見つめた。逆光でそのシルエットしか拝めないが、現れた影は全身黒のスーツに同じく黒色のボルサリーノハット(いわゆるマフィアが被っている帽子だ)を被っている。黒いスーツと対比するようにネクタイだけが真っ白く、暗闇の中でぼうっと浮き上がっている。

 やがてその影が一歩、前に出る。その顔にはカトーマスクと呼ばれる、アメコミ界のヒーローがよく目元に填めているアイマスクを装備して涼しげな両目が覗いている以外、顔の全貌は判別がつきにくい……若いのかそうじゃないのかで言えば若い方であろう。

「……あ〜……?」
「何だコイツ。ここ、おかしいんじゃねえか」
「オッサン、ちょっと降りてくれない? それボクチンの大事大事〜な車なの……ッほげぅ!」

 真っ先に近づこうとしたのは歯が隙間だらけの男だった。が、顎に、そのすらりと伸びた脚から繰り出される強烈な蹴りを食らわされた。

 脳味噌が揺さぶられたが如く衝撃を覚えたが、スキマくんは気を失う事はなくその場に踏みとどまった。

「ごげっ! あがっあががっ! 、っに、しやがるー!」

 顎を押さえながらスキマくんがポケットに忍ばせたナイフに手を突っ込む。それよりも早くスーツの男が軽やかにワゴンから飛び、一同の視界から瞬く間のうちに消えた。

「……おっ、おぉう?」

 スキマくんがきょろきょろと周囲を見渡していると、急激に足元から視界が掬いあげられた。次の瞬間には目の前に壁があった。悲鳴すら上げる間もなくスキマくんは壁に顔面を激突したらしい。

「それじゃあ益々歯が無くなってしまうね、スキっ歯くん!」

 当てつけのつもりか男はキラリと白い歯を覗かせて笑った。それはそれはいい顔で、そんな顔で煽られてしまっては言われた方も黙っちゃいられない。

「ててて、てめェ!」

 次いで口元をバンダナで覆い隠した暴漢が手にしていたナイフを構えて突っ込むが、それも男はひょいと交わしてみせると暴漢の武器を持った腕をガッと取り、反対の腕で暴漢の首をしっかりとホールドするように掴む。



 情け容赦をかけている暇はないとばかりに、男はその首を掴んだ腕に力を込めるとラリアットと同じ要領で暴漢を叩き倒したのであった。
 スキマくんと同じくこっちも見た目だけ、てんでなってないようで、あっという間に片付いたのが分かった。

「お、おご、おぶ……」

 カニのようにぶくぶくと白い泡を吹き出しながらバンダナの外れてしまった、元・バンダナ男は完全に白目を引ん剥いている。

「どうやら武器を使うまでも無かったみたいだね……安心したよ。――さ、残りは君だけのようだよ。おでぶちゃん。お友達はみんな伸びちゃったね」

 くるっ、とスーツの男が夜目にも分かるくらいの爽やかな笑顔を浮かべて振り返る。同時に、すっと水平に人差し指で差した。太っちょはもはや先程までの好戦的な姿勢はどこへやら、もうすっかり逃げ腰であった。ちなみにちょっとだけお漏らしもした。内緒だが。

 太っちょはぶるぶると震えながら目の前にいる得体の知れない恐怖におののき、竦み上がっている……近づいてくるそいつから逃れるよう後退したが、当然逃げられる筈もない。

「それじゃあ、いい夢見なね!」

 男が呟いたのを最後に、断末魔の悲鳴だけが夜空に響き渡った――あっという間に、ほとんど僅かな時間の間に綺麗にその場が片付いていた……。

 震えたまま座りこんでいる女性に男がスっとその手を差し伸べる。跪き、中世の騎士でも気取っているのだろう。いやに格式ばった姿勢で男は女性に向かって口を開いた。

「お怪我はありませんでしたか、お嬢さん?」
「あ、あの……あなたは――」
「名乗るほどの者ではございません。通りすがりの、ただのお節介です」

 そう言って地べたに座り込んだままの女性を立たせると、男は紳士のように腕を胸の前で掲げて一礼をし、スッとその顔を上げた。

「こんな時間帯に女性の一人歩きは危険です。最近ではおかしな猟奇殺人の話もあるようですし――、どうかくれぐれもお気を付ける様に」

 男がにこやかにほほ笑むとその帽子を被り直した。

 すいっとその身を華麗に翻すと、男はワゴンに飛び乗りそのまま屋根伝いに再び夜の空へと消えてしまったのであった……。え、ワイヤー? とんでもない。一、CGを使いません 二、ワイヤーを使いません 三、スタントマンを使いません 四、早回しを使いません 五、最強のヒーローアクションを見せます。……以上!




こういう街、地元にほんとにある。
手軽にリアル龍が如く気分を味わえるし、
酔っ払いがゲロ吐きながら歩いてたり
ホスト風の兄ちゃんが看板蹴っ飛ばしたりしてるし
普通に路上で喧嘩始まるし
スリルを経験したい玄人にはオヌヌメ!!



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -