前半戦


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03-2.セラのこと



 セラくんは、何だか謎の多い生徒だった。

 その素性にしても性格にしても、まあ何とも謎めいた部分でほとんどが占められている。クラスメイトのほとんどと深く関わる事はせずに、特別目立つ事もなく生活を送っているような印象の生徒であった。

「……」

 外の空気を吸いにグラウンドへと不意に出てみると、朝の部活練習でまだ大いに賑わっているようだった。もうすぐで一時間目が始まるというのに、運動部の連中は未だに熱心にトレーニングを続けているのだった。確か近く、大会があった筈だ。練習に熱が入るのも無理はないだろう。

 セラは一点に吸い込まれるように、その部活団体を見つめたのだった。

「二分間、五本蹴り!!」
「オスッ!!」

 ひときわ声の大きい、空手部である。胴着姿ではなく、ジャージにTシャツ姿の空手部は男子も女子も混合で一列に並んで鍛錬中のようだった。
 セラはその集団を何となくぼんやりと、されど観察するかのように見つめていた。キック用のミットに向かって軸足を返しながら出される蹴りと共に、ミットを弾くかのようなスパン! というキレのいい音が響き渡っている。

 蹴っているのはどちらかと言うと小柄な、女子生徒のようだった。それでも脚の上がるその蹴りは、女の子といえど当たる箇所によっては十分な威力がありそうに見える……。

「おらぁっ! そんな蹴りじゃあ効かねえぞぉ、相手を倒せるか〜い! 足刀で蹴ってみろ、足刀でーーー!! 足刀ってぇのはな、こうじゃー! ここで蹴るんだぞ、小指から踵のこの間んとこ!」

 でかい声を出すのは先輩――いや、顧問か?――モミアゲも濃ければ顔も濃い、ややクドめな男だった。彼だけは道着姿で黒帯を締めており、そしてその道着から覗く中々の胸板にはしっかり胸毛が生えているのだった。

「オオッス!!」

 女子生徒が気丈に返事をよこすと、言われたように足の形を意識しながら蹴りを出し始めたのだった。セラもそれを遠巻きに眺めつつ、自分の足をチラと見つめた。

――足刀……

 それから意識してその足の形を作ってみて、その場でトントンと軽く壁を蹴ってみる。

 これで正解なのかどうかは分からないが……とセラはちょっと気分が乗ってくるのを覚えた。足刀で蹴る……つまり手刀で殴るのと同じ要領で、足の裏じゃなくてここをぶつけるんだな――初心者には中々格好のつかない蹴り方だが、セラがそれらしく真似していると向こうの練習風景からも声が聞こえてきた。

「ようし、いいぞォその調子だッ。良ぉおおくなってきているじゃないか! 軸足を返しながら足刀で打つべし、打つべし! まあ初めは難しいがコツさえ掴めばスパーンッ、と出せるようになるぞ。良いかぁ、蹴り技は君のような小柄な女性には特に必要とされる技術なのだ。うま〜く当てれば、でかい相手も一発で倒す事ができてしまうんだ!」
「オッス、先輩!!」

 先輩なのか……、といのは置いといて、彼の言葉にナルホドと耳を傾けていた。セラは、自分が小さい体躯なのでもし屈強なプロレスラーのような男に絡まれた場合はどうやって切り抜けるべきなのか……と思い立ち壁相手に色んな蹴り方を模索してみる事にする。

 前蹴り、回し蹴り、内回しからのフェイント回し蹴り、後ろ回し蹴りに胴回し回転の……。

「あ、あぶねぇ!!」

 とにかく夢中で壁を蹴っていると、そんな声と共に放物線を描きながら宙を飛んでくる『何か』があった。想像上のムトウ級のレスラーと戦うのに必死になっているセラはそんな声になど気付くわけもなかったが、でも彼はきちんと分かっていた――。

 振り向く事はせず、セラはその片手をすいと持ち上げていた――。

「あ、あれ? どこ行ったんだぁ、ボール……」
「確かこの辺に――人にぶつかったら大変だぞ。……って、あぁ! あれだ!」

 近づいてくる二人の野球部員の姿に、ようやくセラは異変を感じ取っていた。顔を上げて応じると、野球部員のうちの一人が笑顔でセラの手に握られたそれを受け取った。

「わぁああ、ありがとう! 拾ってくれたんだな、ボール!」
「……え?」
「良かったぁ、これでなくしたらもう何個目かと思ったよ。あと、人にぶつかんなくて良かった〜」

 続けざま感謝の意を込めた握手までされてしまい、セラは本当にちんぷんかんぷんといった具合に眉根を潜めて二人を見つめた。
 とりあえず自分の手に握っていたボールから、ああ、また無意識のうちに反応していたんだな……と理解したが。理解してみたところで、この二人に『あ、これは拾ったんじゃないよ。僕が飛んでくるボールを素手で受け止めたんだよ』なんてスマートに言えるわけもないのだが。もし口にすれば二人は冗談と思って吹き出してくれるのか、それとも頭のおかしな人を見るような目でも向けられるのか。

「ありがとな、お兄さん」
「じゃあな〜!」
「え……あ、ああ。うん……」

 どことなく腑に落ちないままで、でもまあ二人とも喜んでくれていたみたいだし悪い事をしたんじゃあない。なら、別にいいか、とセラはふーっとため息をちょっとだけ吐いた。

 踵を返した途端、足元の石に躓いてコケそうになった。別に痛いわけでもないのに「いてっ」と、短く悲鳴を漏らして、セラはこういう時ばかりは妙にドジな自分の性格をちょっとだけ恥じた。
 

「よっ、今日もお盛んだねえ! ヤリチン」
「うるせー、男優」

 姦しい女の手から解放された創介の元に駆け寄ってくるのは数少ない同性の友人であるヨシサキくんだった。ヨシサキくんとは違うクラスなのだが、こうやってよく遊びに来てくれる事が多い。

 ヨシサキくんは皆からあだ名で某汁男優のチョコボールなんとかをもじったチョコバットヨシサキ等と呼ばれ親しまれているが、面倒なので大体ヨシサキとか男優で落ち着いている。

 ヨシサキは目も悪くないのに黒いフレームの伊達眼鏡、いわゆるお洒落眼鏡とかいうのを着用していて髪はいつもスタイリング剤でトップの方をツンツンと立ててある。コレには彼なりのこだわりがあるらしく一度だけそれ寝癖か? と尋ねたら真顔で引っ叩かれた事があった。

「お前、この前殴られたんだろ。タケ先輩の彼女に手出して」

 ヨシサキは首筋に絡みつきながら興味津々に尋ねかけてくる。

「まぁ前いきなり殴られはしたけどそのタケ先輩とやらは知らんぞ。誰だそいつは、男の顔と名前は覚えないしな俺」
「お前男の敵だし、女の敵だな」

 お洒落眼鏡越しに見える目を細めて笑いながらヨシサキが言った。

 まぁ確かにその通りでこのクラスでの自分の扱いたるや悲惨なものだ。女子に優しくするのが自分としてもたしなみなのだが清楚系の女の子ちゃん達は皆彼を避けて通る。まあ、当然だろうけど。

 最近じゃあ彼と目を合わせると妊娠するなんて都市伝説が流布しているらしい。全くもってヒドイ話である。

「? ソースケ、背中に何か貼られてるよ」
「……あ?」

 ヨシサキに言われて初めて気がついた。創介が慌てて背中に手を回して何とかその紙を引きはがし、書かれている内容に目を通した。

『中出し大好き最低野郎』

「……」

 ぷるぷると肩を震わせて、創介が思わずその紙をぐしゃっ、と握りつぶす。その横でヨシサキは他人事かケタケタと笑い転げている。このクラスの中に犯人がいるのかどうかは定かではないが創介は椅子から立ち上がるや否や、どこの誰にでもなく怒鳴り散らすのだった。

「ンだこらっ! 悪いのかこのクソ童貞どもが!……大体セックスはスポーツだよスポーツ! 君達がテニスやらバスケをするのとおんなじで俺はスポーツをしてるだけだ馬鹿が!」

 どことなく論点のずれた叫びを聞きながら、ヨシサキは手を叩いてもう大爆笑である。

「な、中出し大好き……アハハッ、ひっ、ひゃはああ!」
「うるせー! だって気持ち悪いだろ、ゴムしてるのに外で出すとかもう全くセックスする意味わかんねえよ! 言っとくけど俺は初体験からゴムつけてないからな、このナヨナヨ系男子、大体おめーらみんなして女々しいぞ!」

 そんな他愛も無い……? バカな男子同士の戯れを、冷めた目でちらと一瞥して――セラは席に着いたのだった。




セラ君の下りもちょっと派手になった。
セラ君は完全なる独学拳法だといいなぁと思う。
でも喧嘩ってのとは少し違うような。



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