前半戦


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03-1.セラのこと



「きりーつ、れーい」

 チャイムと共に担任が教室の中へと入ってくる。いつもの如く簡素な朝礼がさっさと「済むと、再び教室内に賑やかさが戻ってきた。
「創介ぇ〜」

 甘ったるいのは声だけにあらず、香水と間違えてバニラエッセンスでもぶっかけたんじゃないのか心配になりそうなほど甘い匂いをぷーんとさせながら近づいてくるのはそのフワフワしたパーマと薄いピンクのチーク、ピンクのリップにぱっちり二重にピンクのアイシャドー。顔面ほぼピンク色で武装したそんな彼女は、皆からそのまんま『ピンクちゃん』の愛称で親しまれている。

 ピンクちゃん……とはまた、一つ間違えたら何だか卑猥な感じにも聞こえてしまうのだが彼女は特に気にも留めていない(曰く、「え。ピンク? かわいいじゃん、あたしスキだよ。ピンク色!」との事だが)。

「今日ぉー、ピンクねー、超可愛い下着きてるのぉ。ヒラヒラつきのー、もちろんピンクのやつー」
「おぉう、そーりゃあ刺激的だぁ。是非とも生で拝みたいとこだね」

 例の金持ち息子――創介は指をパチンと鳴らしながらさながらオーバーリアクションで答えて見せる。口笛を吹きながら創介はピンクちゃんの腰を抱き寄せると自らの膝の上に座らせた。

 健全な高校生のあるべき姿からは大いにかけ離れたその光景は、創介のいるクラスでは割と日常的に見せ付けられる事が多い。

――こいつら欧米人みたいにどこでもチュッチュッチュッチュしやがって……

 そしてそれを羨ましいと見るか、同時に内心で舌打ちするのか、それとも只単に鬱陶しいものだと捉えるか。このクラスは三番目の回答が過半数を占めているらしい。

「ね〜、創介ぇ。今日ピンク一人でお留守番なの。こわぁーい。かぁりんとゆぅちむも彼氏と遊ぶからって最近ピンクに冷たいしぃ。まぢつら、病む。それに最近この辺って、『切り裂き魔』が出るんでしょぉ……」
「だ〜いじょうぶだって。俺が守ってあげるよピンクちゃんの事は」
「それにぃ、最近元カレからの嫌がらせがウザくてー。ピンクの帰り道とかで待ち伏せとかしてくんだよ? まぢありえなくない? 無言電話によくわかんないメールとかもうしょっちゅうでぇえ、番号知られちゃってるからLINEとかちょーぉキモかったんだよー。ブロックしてやったけど、ほんとありえんてぃなんですけどぉ。住所だけはガチで知られたくなーい」
「マジで? ちょっとそれは許せないなぁ、俺の可愛いピンクちゃんを困らせるなんて。女を困らせる男なんてそりゃ駄目だね、ちょっとそいつ首吊った方がいいよ」

 で、この創介くん。高校生にしてキャバクラ狂い(未成年だからと酒は飲まないらしいが)、しかも女好きの色情狂ときたもんだ。とんでもない親不孝者の息子だとは思うものの反面、一人息子だったためか甘やかしすぎた自分達にも多少なりと問題はある……特に父親はこの事をいたく反省していた。

 が、母親の方はと言うとこれまた奔放なようで、好きな物は一にブランド品、二にホスト、三に若い男ッ! 四と五は若くなくてもいいからイケメンで、六には喋りが面白い男。まあ要するに全ては男に帰結するのである。……悲しい事に血は争えないのである、この母親にしてこの息子あり。

 そんな創介なので『痴情のもつれ』的な問題は耐えない。泣かした女は数知れず、今日も何処かでそんな彼にひっかかってしまった哀れな女の叫びが……。

「……ちょっと創介っ、誰よその女!」

 で、言ってる傍からのコレである。

「ん? あ、あぁ、何だみのりちゃ……」
「ひっどい……みのりがあれだけ尽くしたのにこんな仕打ち!? 有り得ない――有り得ないわ……」

 姿を見せたのは、どちらかというと頭からっぽそうなこのピンクちゃんという女の子よりも随分と賢そうな印象を与える女の子だ。背も高くスラっとした身体つきの、ミス何たらとかにいそうな美人系女子である。

 怒りに打ち震えているのであろう彼女に一瞥を、ピンクちゃんはしれっとした様子で言うのだった。

「えー、何この女ぁ。超鬱陶しいんですけどぉ〜。テクならピンクの方が上だもーん、それにぃ、創介ってばーアフターケアまでばっちりだからさー、昨日もラブホのお風呂でずーっと一緒にいたんだからぁー。ねーっ」

 ピンクちゃんはその独特というか、舌っ足らずの喋り方ゆえにいわゆるブリッコだと呼ばれる類の女の子だ。顔はそれなりに可愛いのだがこの性格のせいで一部の女子生徒からは激しく嫌悪されている。なので女子達からは村八分、いわゆるハブられて一人でポツーンとしているのが印象的なんであった。

 いつもかも一人ぼっちでいてあまりにも可哀想だったので創介が声をかけてあげたところ、何とまあ懐かれてしまった。そこから仲が進展して、まぁ多少のアレでナニな事もしちゃうお友達になったわけだけど。……が、今はそんななれそめなんてどうでも良いだろう。

「ま、まあまあ。みのりちゃん、暴力と口論では何も解決しない……いいか、落ち着け。よし、和平的に解決するにはこうしよう! さんピ……」

 一方、みのりはピンクちゃんに煽りに煽られて、その端正な顔に青筋を浮かべてひくひくと頬を痙攣させたのだった。――まずい。創介の中で本能的な何かが鋭く動いた。これはまずい、逃げなくてはならぬ。

「こ……のゲス野郎がっ! 二度と浮気できないように去勢してやる、死ねッ!」

 知的そうな外観からは想像もつかぬ、下品な単語を口にしながらみのりはばっとスカートをまくりあげたかと思うと太股のベルトに差し込まれていたカッターナイフ(大型)を取り出して振り上げた。そんなもん隠し持つなんて君はどこの不二子ちゃんだ、これはイカンと創介が慌てて立ち上がった。

「ちょ、ちょっとみのりちゃん!? 落ち着いて! 落ち着いて話そう、ねっ!? 話せば分かるよぉおおお!」

 その突き付けられた刃を必死に白刃取りの姿勢で受け止めながら、創介がブチギレるみのりを説得する。

「きゃー! 創介すごーいっ、ジャッキー・チェンみたいだよーっ」
「ばばばば、馬鹿ー! はしゃいでないでちょっと何とかしてよ! 血ッ、血ぃいいッ!
 血が出て来たよ! ヤベエー、死ぬぅうう!」

 全く、ギャアギャアと朝っぱらからやかましいクラスである。真面目に授業を受けに来ている者達にとっては、迷惑なことこの上ない。

 皆じろじろとイヤそ〜うにその光景を横目で眺めてはいるが関わり合いになるのだけはゴメンなようで、誰もが止めはしない。いつもいつもこうだった。本日行われる小テストに向けて勉強している者達も、皆迷惑そうに顔をしかめてその光景を眺めていた……と。そんな騒がしい間に割って入る声が一つある。

「悪いんだけど……」

 声そのものの音量は小さかったものの、やけに威圧的で大人しく従いたくなるような印象がその声にはあった。誰だ、と創介が視線を持ち上げたらば、声の主と視線が直接ぶつかった。

「――痴話喧嘩ならよそでやってほしいんだけど」

 眉上くらいで綺麗に切り詰められた黒髪、何だか陰気そうな、されどもパッチリとしていて形そのものは大きくて可愛らしい感じのする目元……、そうだ。クラスメイトの世良(せら)だった。

 セラとは必要な時以外全く会話なんかしない生徒だった。全くタイプが異なるのもあるのだが、創介には別の理由があった。――まあそれに関しては追々話すとして……セラの顔を見た途端に創介は戦慄し、一つゴクリと唾を飲んだ。目に見えて怯えの色を見せる創介に対し、女子軍は強気そうだった。

「ハァ? 何なの。勝手に入ってくんなっての、超うざいん……」

 真っ先にピンクちゃんが食ってかかろうとする。みのりもカッターを一旦降ろしながら、セラを無言で睨みつけた。まさかその刃先が今度はそっちに向かうんじゃないだろうな……と怯えつつも。

「わ、分かった。すまん、すまなかった。な、静かにしよう、な?」

 と、非常に慌てた様子で創介が取り繕う。

「ね、二人ともちゃんと謝って。ごめんなさいは!?」

 両サイドの女達は顔を見合わせるが不承不承にそれぞれの言葉で謝罪を漏らした。それはまるで誠意のこもっていない上辺だけの言葉であったが、セラは小さく頷いてからその場を立ち去った。

「……何びびっちゃってんのぉ!?」

 ピンクちゃんからまず左端からひじ打ちを食らわされて創介はウッと短く呻いた。

「お、俺アイツ苦手だし……」
「どーしてー? 何かちょー弱そうじゃん。吹けば飛びそう」
「そーゆー問題じゃねえんすよ……まぁニガテなんすわ、ええ。色々なもんがね、うん」

 到底納得できる言い分とは言い難いものの創介の怯えぶりが中々普段はお目にかかることが出来ない様なものに見えたので、女子二人は訝りつつもそれでその場は引き下がった。


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