02-1.ミミュー神父の罪
人々の信仰心や何かを敬う気持ち等、もうほとんどと言っていいほど薄れかけたこの世界であろうがこの街に教会と言うものは存在していた。
たった一つだけ、街のはずれにその簡素なつくりの教会はぽつりと聳え立っていた。何度か取り壊しの話しもあったそうだが――まあ、何だかんだとこの街の人々はここを利用することが多かった為か取り壊される事も無く現在に至るまで無事に変わらず教会はそこにあった。
「神父様、もう貴方だけが頼みなのです。どうか、お助け下さい。お医者様には一頻りお話しましたが、頭のおかしい人を見る様な目で見つめられました……」
そう言って女はさめざめと泣き腫らした。女は大体三十代半ばごろか……心身ともに疲れきっているのか、着飾るのを諦めたような女は化粧もせず、髪も適当に後ろで束ねただけ、服装も地味な色合いのものを着ていた。
まだ若き神父、ミミューはゆっくりと静かに頷き、女性の話に耳を傾けていた。ミミューは泣き伏せる女性の背中に優しく声をかけるのだった。
「可哀想に。私は、そんな風に貴女を否定したりはしません。親身になって、話を聞きましょう。――ですから……」
ミミューは一旦そこで言い置いてから、女性のその手を優しく取りつつ持ち前のその甘いマスクで微笑んだ。
「――何も恐れずに、全てを話して下さい。この私に……」
背後でチっと盛大に舌打ちするのが聞こえたが、まあ気にならなかった。ミミューは顔を持ち上げた女性に向かってもう一度その極上の笑顔でニッコリと笑って見せる。
「神父さま……」
「ええ。どうぞ、貴女をそんなにまで悩ませる原因が何なのかを教えてください」
「――……。中学生になる、娘の事でして」
なるほど、子どもの事か……、とミミューが頷いて先を促す。
「名前は美月といい、本当に可愛らしくて、気立てのいい娘です。小学校の時はクラスで委員長を任される事もしばしばありました。それに――ピアノが得意で、合唱コンクールではいつも演奏をしていました」
涙を拭いながらやつれた印象の女性はぽつぽつと話し始めた。
こういった相談は今までも何度かあったし決して少なくは無かった。しっかり者だった娘あるいは息子がある日突然のように非行に走る、心を閉ざしたように部屋から出て来なくなる、学校へ行かなくなってしまう……。そういった類の相談事は結構聞いて来た。
女性は鼻を啜りながら先を話し始めた。
「本当にしっかりとした子で……成績も、それなりでしたし友達だっていました。いじめられているという話は聞いたことがありません――いや、今思うと私が気付けなかっただけなのかもしれませんが……とにかく」
ええ、とミミューは只黙ってその話を聞いていた。
「親が見る限りでは何の問題も無かったんです。その日も、いつも通り元気に学校へ行っていたんです。帰って来てから、突然のようにあの子の様子がおかしくなりました」
「……おかしく?」
はい、と女性が頷いた。
女性はややあってから、少々声を潜めて……意を決したように話始めた。
「突然、白目を剥いたかと思うと全身を痙攣させ、泡を吹きその場に倒れたんです! 私達は勿論慌ててすぐさま救急車を呼ぼうと思いました。ですが……娘は何事も無かったようにすぐにその場に立ち上がりました!」
「し、白目を……」
「私達は驚いて美月を見つめました!……美月は、はっきりとその足で立っています。そして、美月もまた私達を……見つめていました。とてもとても冷たい目でした。その日からです、娘の様子が目に見えておかしくなっていったのは――」
随分奇妙な話ではあるが女性が嘘を言っているとは言い難かったし、ミミューは否定せずに女性の話の続きを待った。
「次の日娘は普通に学校へ行きましたが……帰ってきた時、娘は返ってきたテストの結果が良くなかった事にひどく気を落しているようでした。そのテストを見てみたら確かに酷い点数で……私は昨日の一件もあり気が立っていたせいで思わず美月を叱りつけました。そしたら……」
それまでは身振り手振りを交えて饒舌に話していた彼女であったがそこで行き詰ったように口をつぐんでしまった。
「? そしたら……?」
不思議に思いミミューが目配せをしつつ尋ねると女性は言いにくそうに少しだけ声を潜めてから言った。
「、それまで美月の口から聞いた事も無い様な、ひ、卑猥な言葉を吐いたんです」
「ひ、卑猥……ですか」
女性が苦笑を浮かべながら小刻みに何度か顎を引く。
「――ちなみにそれは何と? 近頃の中学生はインターネットやテレビですぐに汚い言葉を覚えますし」
フォローのつもりか軽快に笑いながらそう言うが、女性の顔は浮かないままだ。
「……と」
「へ?」
女性が小さな声で何か呟くがよく聞きとれなかった。ミミューは女性に尋ね返す。
「……から……と」
やはり女性はボソボソと喋り完璧にそれを聞きとることが叶わない、ミミューは失礼かなと思いながらも、女性の口元に耳を近づけつつもう一度だけすまなそうに聞き返した。
「あ、あのすみませんが、何と言ってるのかよく……」
おずおずとミミューが口を挟んだ。
「ですからオマ○コ野郎と言ったんですッッッッ!!」 業を煮やしたように女性が今度はハッキリと、それはもう教会内にまで響き渡るくらいの大音量で叫びながら立ち上がった。
「……。あ、ああ……そうでしたか」
女性は辺りを見渡しながら恥ずかしそうに着席した。耳元まで真っ赤にして。……当たり前だ。
「……た、大変失礼しました、はい」
「い、いえ私の方こそ大きな声で……お恥ずかしい」
「それで娘さんは……今もそんな状態で?」
はい、と女性が力無く頷いた。
「お医者様に……ええ、精神科医にも相談しましたよ。ですが思春期にはよくある、一時的に精神状態が不安定なだけだと言って相手にしてもらえませんでした」
「お可哀そうに。辛かったでしょうね」
「はい。しかし……娘は一体何だといのでしょう? お医者様にも分からないと言われては最後の頼みはもはや神様だけなのです……」
「――ええ。分かりました。一度、お嬢様を私に見せていただくと言う事は可能でしょうか?」
女性はミミューの頼みを二つ返事で了承し、そこからは実にトントン拍子に話が進んで行ったようだった。ミミューは女性を教会の出入り口まで送って行くと、その扉を閉めた。
「ふぅ……。いやあ、これまたおかしな話だったね。エミちゃん、どう思った?」
礼拝堂をせっせと掃除していた修道女がその手を止めて呟いた。
「……そりゃあ、やっぱストレスとかじゃないんですか。優等生だったってんなら尚更でしょ? 凡人には無いストレスやら何やらできっといっぱいなのよ」
この教会唯一の修道女であるエミは枝毛一つ無いそのサラサラの髪をなびかせながらどこかコケティッシュに笑って見せた。ミミューはうーん、と首を傾けながら眉間に皺を寄せている。
「けど、真面目な子が果たしてそんな言葉知ってるのかねえ……だってまだ純朴な中学生だよ?」
「知ってるっしょー、最近の子はマセてるんですから。私だって小学生くらいでもっと酷い言葉遣いで注意なんかしょっちゅうされてた気がするわ」
「……そりゃエミちゃんと比べるからいけないんだよ……まぁ、何にせよ小さな子が苦しんでいるのはいたたまれない。何とか力になってあげたいなぁー」
言いながらミミューはエミの横をすり抜けて行く。そんなミミューに向かって、組んでいた腕をほどきつつエミが一言。
「って……今晩もやる気ですか? あれ」
「そうだよ。街のヒーローは平和と秩序を守る為に一日も休んでいられないからね」
ミミューは銀色のアタッシュケースを取りだすと中身を早速開いた。
「どこまでが本心なんですかねえ、神父の場合……神父様の笑顔は胡散臭くて信用しきれません、さっきだって馴れ馴れしく女の人の手なんか握っちゃって」
「う〜ん、それって何か僕がスケコマシみたいな言い方ですねえ。エミちゃんもご存知の通り僕は女性はそういう対象じゃないので心配しなくとも大丈夫ですよ」
「でしょうね。こうやっていつも若い独身の男女が二人きりでいるにも関わらず、神父様ってば口説く気配さえありませんものぉ、オホホ」
「あら、それって僕に口説かれるのを待ってるのかなエミちゃんは?」
「ないない、それはない。無理」
そこだけはキッパリハッキリと否定するエミを尻目にして、ミミューはケースの中に入っていたオートマグを取りだすとそれと共に仕舞われていたクリーニングブラシ、オイル、ウエス(汚れた布)、フランネルのパッチ等手入れ用の道具を取りだして並べ始めた。
「残念だなあ、エミちゃんがその気だったら僕も頑張ったのに」
「あ、お食事の誘いはいつでもお待ちしてまーす。人の金で食う肉はうまい」
「……そうやってまた僕を財布に使う気だね? おぉ〜、怖い……っ」
そんなエミはイメージと相違のない大酒飲みな為、一度ばかし親睦を深めるべく夕食に誘ったところどエライ目に遭ってしまった。ある意味で期待を裏切らないが……しかしまあ彼女をご飯に誘う時はあれこれ要注意という事だけはよーく分かった。
それで、ミミューはせっせとそのオートマチックの拳銃のメンテナンスを始めたのだった。何ともまあ物騒なものがひぃ、ふぅ、みぃ……そこには教会にはとてもとても似つかわしくない人を殺める為の道具がいくつも広げられている。人殺しの道具――その言葉の持つ破壊力に一瞬現実を忘れて呆けそうになりそうだが、とにかくまあそれらは全て命を奪うためのものに他ならないのだった。
その中の一丁を手に取りつつ、ミミューは訳知り顔で口を開いた。
「射撃後のお手入れは重要ですからね、特にこの自動式拳銃というのはマメなクリーニングが肝心! 銃口、薬室、スライドの内側に付着した火薬カスなんかを取り除いてやらないとすぐに故障の原因になるんですよ。エミちゃん、了解した?」
「はいはい……うっせーな。で、あたしは何してりゃいいんです? また留守中の守り?」
「ええ。宜しくお願いしますね、エミちゃん」
に、っこり。まるで邪気の無い営業スマイルは彼のその本性を知らない者が見ればぐっとくる(特に女性ならば無条件で嬉しくなってしまいそうである)代物であろうが、常に傍にいるエミにとってはムカついて仕方がない。男でも女でもこういう人間は得だ、どことなく憎めないようなこの感じ。
なけなしの抵抗心をかき集めつつ、エミが舌打ちと共にぼそっと呟いた。
「あー、サッサと結婚してマジ辞めてえ。このクソ職場」
エミがドスの利いた口調で言ってのけるがミミューはもうすっかり自分の世界に入りきっているようだ。ニコニコ顔で(これまた女性ならば無条件で許して……以下略)オモチャと戯れる子どものような顔で拳銃を眺め始めた。
はしゃぎまわる彼をよそに、エミは思いっきりため息を吐いたがそれは誰にも拾われる事はなく教会の中へと落ちるばかりだ。
未解決事件の記事をスマホで読んでる時に
メール届くとマジでびっくりしてベッドから
滑り落ちそうになるからマジでやめてくれ!!!!
ミユキ カアイソウ カアイソウ
おっカアモカアイソウ お父もカアイソウ
↑この怪文書書いた人、本当に頭いかれとるとしか思えない。
狙ってこういうのって書けないもん。
誤字脱字含めてマジで気色が悪い。
と思ってたけど喧嘩稼業でネタにされてて笑って
トラウマ帳消しになった。