前半戦


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01-2.リターン・オブ・ナイトメア



 世界が一つだの二つ三つだの、どういう意味なんだよ。
 今ここにいるのは自分ひとりだけなんだから、そんなの別にどうだっていいじゃないか――……


「……うぅわ、また何か変な夢見た……」


 自分が今いる世界が果たして本当に正しいのか――時々そんな風に考えてしまうのは、それもこれも、この脈絡なしに見てしまう悪夢なのかそうでないのか分からない夢が原因だと思うのだ。
 夢の内容はほとんど覚えていないし、只漠然とした不安ばかりが起きた後に嫌な余韻として残るばかりである。計らずもそんな夢を運悪く見てしまった日は、一日中ずっと気が滅入ったままで過ごさねばならないので非常に迷惑なのであった。

 こうやってテロの如く襲ってくるのは勘弁だなぁ、とベッドの上で身を起こしながら夢で見た『何か』を思い出そうとしてみるのだが無理というもので、結局後味の悪い何かを残すばかりなのだ……。
 



「ね〜ぇ〜、今日ユズちゃんいないのぉ?」

 ゴージャスなそのソファーを我が物顔で占領しているのはまだ若い、というか、多少大人びてはいるがまだどこかあどけなさの抜け落ちない高校生の青年である。更にそいつと来たら大胆な事に高校の制服姿のままなのだから、店の人間も気が気では無い。

 ガキんちょは席に着いてから、すぐさまに運ばれてきたその上等そうなフルーツの盛り合わせにニコニコ顔で手を伸ばした。

「も、申し訳ございません、ユズ嬢は本日お休みでして……」

 二人いるうち、一人のまだペーペーのボーイがそう言いかけたがもう一人が軽やかに肘鉄を食らわせて制止させた。

「坊ちゃまのお望みとあらばすぐにでもユズを出勤させましょうかッ」
「あーあー、いいよいいよ。せっかく休んでるのにさ、それは可哀想だしー。ユズちゃんがんばり屋さんだもんなー、うんうん。たまには休めばいいよ、思いっきり」

 で、制服姿の青年は気さくに笑いながら切り分けられたグレープフルーツを齧っている。時々酸っぱそうに顔を歪めながら。

 気が利かないペーペーボーイを見兼ねた様に、ベテランのボーイが手拭を持って来るとその青年にサッ! と洗練された動きで差し出したのだった。

「ありがと、ありがと。……んじゃあ未愛ちゃんは? あの子、なーんかいいんだよね〜っ! あの笑顔に悩殺されたね俺は!」

 青年が口を拭きながら、軽快に指をパチンッと鳴らしてボーイに尋ねる。が、ボーイはこれにも申し訳なさそうにそれでいてばつが悪そうに返したのであった。

「み、未愛は只今別のお客様の……」
「未愛をご指名でしょうかっ!? でしたらこちらへ呼び戻す事も可能ですがッ!」
「え、あー、そうなの?……ほんとだ、ざーんねん。いや〜、いいよいいよ、そう言う事ならさ」

 それから彼は、んべっと舌を出すと綺麗に結ばれたサクランボの茎を見せ付けてきた。それはそれは嬉しそうに、百点満点のテストでも親に見せているような子どもみたいな笑顔で。

「ほれ二重結び。すごくね、すごくね〜?」

 これが出来る人はキスが上手だ、というがそれはまあ打っちゃって……構ってやるべきなのかそれとも話を進めるべきなのか悩み、ベテランボーイがまず一歩踏み出した。

「創介お坊ちゃま! 坊ちゃまさえ良ければ今すぐにも、最っっっ高〜〜にして極上のとびっきりの美女をご用意させて頂きますがいかが致しましょうか?」
「はー美女かー。そいつは興味あるけどなぁー……んーと、まあ今日のとこはやめとくよ。俺の心はユズちゃんと未愛ちゃんに捧げるって決めたんで……」

 そう言って豪華なソファーから創介と呼ばれた青年は立ち上がると、胸の辺りをトントンとドヤ顔で指差している。

「また二人がいる時に来るよ。邪魔したね〜、ごちそうさまーっと」
「さ、左様でございましたか……力添え出来ずに大変――」
「いいのいいの。果物美味しかったよん。……はいっ、支払いはいつも通りコレで」

 慰めるようにボーイの肩をトントン叩きながら創介はおもむろに、実にそつのない仕草で二つ折りの財布を取り出した。それがまた有名な高級ブランドのものであろう事は財布にさりげな〜く付属している『H』を象ったシルバーの金具が主張している。

 それを見つめながら二人のボーイが思うのは、大体似たり寄ったりの感想なのであった。

(……高校生の持つ財布じゃねえぞ)
(それ、三十万近くすんだぞ? おい)

 チラチラと失礼にならない程度にその財布を覗き見しながらボーイ二人組みが半ば引きつった笑いを浮かべるばかりである。ほとんどゴマすりみたいに両手を摩りながらベテランボーイの方が慌ててそれを止めさせた。

「めっ! めめ、滅相もございません! こちらがご厚意で用意したものでしたのでお代などお受け取り出来ません!」
「いーっていーって。その代わりまたよろしくって事で〜」

 こちらの制止も無視して開かれたその財布には、外側の値段にも負けず劣らずの諭吉が、もう数えるのも面倒なくらいに窮屈そうに身を潜めているのがチラっと見えた。

(中身も中身で高校生の持ち歩く金額じゃねぇってば!)
(……うわぁ……)

 目のやり場に困り果てていると創介はそこからスッ、と諭吉さんを数枚ほど取り出したのであった。ベテランボーイが慌てた様子でそれをしまう様に促すが、創介も創介で負けじと突き付けて来る。

「いやいや。なーに言ってんの、俺の顔を立てるつもりで受け取ってよ? ホラホラ」
「こここここんなにしません、こんなにしません!」

 押し問答の末、ボーイたちは結局仕方がなしにその現金を受け取った。別に欲しくて貰ったわけではない、受け取らなければ帰りそうも無い勢いだったからだ。こんな現場をうっかり押さえられでもしたら営業存続の危機になりかねない……とりあえずこのエマージェンシーすぎる状況を終わらせたいという思いから……。

「あっ! 先輩、今さっきの金ネコババしようとした!」
「してへんよ。……チッ」

 創介坊ちゃまが満足そうに店から出て行くのを見届けた後、二人いたうちの一人が小声で囁いた。

「……先ぱぁい。何者なんすか、アレは……先輩よりか全然若造、むしろ高校の制服着てやがりましたよ? いくら金持ってるからって何そんなヘコヘコしてんすか。つーか入店させちゃマズイ……」
「馬鹿やろっ! 口を慎め、このペーペーが。――いいか、お前はまだここに配属されて日が浅いからそんな事をのたまおうが許されるかもしれんが……店長や上の人がいる前では絶対にンな事言うなよ。取引先の息子さんでしかもとんでもない太客様なんだから、丁重におもてなししろよ。多少の無茶も応えられる限りはきっちり応えたれっ! な!?」

 押し迫るように言われてペーペーボーイは圧倒された様に詰まった声を洩らした。

「お前も知ってるだろ。あの会員制のリゾートホテル。アトランティスっていう、超セレブな客しか会員になれんっつう」
「ああ〜、あの胡散臭いちょっと黒い噂のありそうな……」
「コラさっきから失言が多いぞ全く!……とにかくすっげぇいいトコの坊ちゃんだから適度に美味しいもん出しておいていい気分にさせておきゃ頼まなくともポンポン金置いてってくれんの。この店にとっちゃまさに金ヅル! ガッチリ掴んで離しちゃならないのよ、あの人はッ!」

 そう言ってボーイは握り拳を作ってぼんやりとしたままのペーペーボーイの眼前につきつけた。戸惑いながら後輩ボーイがその握り拳と先輩の顔とを見比べつつ、ぽか〜んとした顔のままで口を開いた。

「……し、失言が多いのはどっちっすか。かー、顔も良くて金もあって背も高い、とくりゃあ同じ男として嫉妬せずにはいられませんわ……あれは」

 口々に言い合いながらボーイ達はテーブルの片付けを始める。

「多分、女優みたいに綺麗な女とっかえひっかえしてんだろうな〜。いいよなぁ。金もあるんならこうやってせっせと働く必要もなし! まだ学生だっつうのに、若いうちから努力もする必要なし!!……ああいうヤツっているとこにはいるのなぁ、羨ましいよ」

 一人がテーブルを拭きながらぶつくさと愚痴をこぼし始めた。

「そうッスよね。俺らの娯楽といやぁ、週末に安い酒煽って、愚痴って、んで給料入ったらムリしてそこそこの飯とか食って……変な店とかも多少行ったりしてたまにハズレに出くわし、て、……あっ、なんか泣けて来た」

 もう一人が比較的安めなボトルを握り締めながらそれはそれは忌々しそ〜うに呟いた。

「――はー。せめて金がありゃなぁ。金があれば大して冴えなくても女ぐらいは寄って来るし。いくらいい女がいても金を持ってなくちゃ抱けないんだぜ。結局顔か金、このどっちかだわ世の中ってヤツは全く……」

 言うだけはタダだろう、といった口調でボーイが呟いた。何か嫌な事でもあったのだろうか、少し年配めのボーイ達がホールの掃除をしながら彼らの会話に耳を澄ませつつ、内心で「何て辛気臭い若者だ」と考えているのだった。

「けど小金持ちくらいじゃあ、破産した時が怖いっすよ? 女の手のひら返しの怖さと言ったら……やっぱ保険としてあれぐらい顔も良くなけりゃ駄目なんすよねー。……ん〜、でもよくよく考えりゃあそれはそれでめんどくさそうっす。絶対そのうち刺されるか轢かれるか……ま、何かしらのしっぺ返しに巻き込まれるような」
「それも俺からすりゃ結構羨ましいけどねぇ……」

 そんな男二人による愚痴は仕事終わりまでずーーーっと続いたと言う――……。 



冒頭ちょっと増えてますね。
インテグラルやらに繋がる伏線というのか……
最近こういう平行世界ネタが増えてるから頻発するのも
どうかと思いつつ頼ってしまう。
パラレルワールド、タイムリープという甘え。



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