前半戦


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01-1.リターン・オブ・ナイトメア



 一年ほど前に実際に起きた、悪夢のような未曾有の大惨事。関東方面を中心にしてその嘘みたいなバカみたいな、されどマジもんの出来事は発生した――筋書きは至って簡単である。

 突如として命を喪っていた筈の死者たちがムックリと蘇り、生きとし生ける者たちの肉を求めて食らいついたのだ。歩く死者、リビングデッド……いわゆるゾンビ達の大・大・大発生である。

 常識では測りえないこの事態に、よもや二十一世紀にもなってそんな事が起こりうるだなんて信じられないようなこの状況に、国は勢力を上げて挑む。……が、何分こんな出来事後にも先にも起きた事がない。そしてそんなこちらをまるで嘲笑うかのように、死者たちの群れはその数を爆発的に増やしていきたったの一日で事態は深刻化して行く。
 人類に希望は無いかに思われていたが、それを救ったのはたった六人の少年達と……それとかろうじて残された人々の良心と言えるかもしれない。それはまさにパンドラの箱にまつわる神話になぞらえるならば、奥底に残されていた『希望』のようでもあった。時間にしてみればそれは僅か一週間にも満たない尺度での出来事であったのだが、この絶望的な悪夢的状況がようやく取り去られ、恐怖に耐えていた人々は元通りの平和を取り戻したのだった。

 そしてその六人の少年達の名はその歴史に刻まれる事は無かったが、人々は確かに彼らの事を覚えている。同時にあの時の悪夢の事も忘れ去ることは出来ないだろう。その時間の尺度にしてみればほんの一瞬なのかもしれない悪夢を、人々は『ナイトメア・シティ事件』と呼び、犠牲者たちへの弔いと、人類たちへの戒めとして風化させないためにも今もなお語り続けている……、らしい。




「きゃあぁあっ!」

 未だに封鎖されたその地域には暴徒達が溢れていると言う――民家には無慈悲に火炎瓶が次々と投げ込まれ、その中からは傷だらけの男が足を引っ張られて引き摺り出されてきた。

 それぞれ口元にバンダナをし、頭には深くニット帽やキャップを被った若者たちの集団が金属バットやバールのようなもの片手に引き摺り出した男に対し暴行を加えた。燃え盛る炎の中からまだ幼い子を抱えた若妻が後頭部にリボルバーの銃口を突き付けられながら現れた。

「や、やめて……その人に乱暴しないで、お願いしますから……」

 泣き喚く我が子をその胸に抱きながら、女性が座り込んで涙ながらの懇願をする。が、彼女達を襲った若者どもはそれを大人しく聞き入れる気配等は全くなさそうな集団であった。

「――頼むっ、妻と子には手を出さないでくれ! お、俺はどうなったっていいんだ、……だから……ッ」

 叫ぶ男の腹を、バットを肩に担いでいた少年が容赦なく蹴り飛ばした。

「大勢の人間から金ふんだくって随分な言い草じゃねえのぉ、洸倫教の元支部長さんよー……ご立派に命乞いなんかしてんじゃねーよこンのぶぁ〜〜〜か」
「……っ」

 少年はちゃっと懐に忍ばせていたバタフライナイフを振り出して見せ、倒れ込む男の目の前に突き付けた。そして、その刃には自分の怯える顔がしっかりと映されていた。

「そんな人間達にとっちゃあ俺らはいわば正義の味方よォ。……あんたンとこの教祖様のせいで一体何人が死んだと思ってる? あんた、自分と自分の好きな奴以外の命なんざどうでもいいってか? あー?」

 男の髪を鷲掴みにして持ち上げると、少年は固く目を瞑ったままでいる男の眼前でその刃先をちらつかせる

「俺の兄貴はよォ〜〜、馬鹿正直にもアンタんとこの教祖様に仕えて挙句使い捨てにされて死んだんだ。信じられるか? えー、おい?」
「わ、悪かった……俺には教祖を止める権限なんて無く……」

 言い訳しようとする男に少年は更にナイフを押し付けたのだった。ほとんど頬へと食い込んでしまっているそれは、しっかりと皮膚と肉を薄く裂いていた。

「俺だけじゃねえゾ。ここにいる奴らがみーんなそうだ……なあ、何でお前だけがのうのうと生き残ってるんだ? ん? お前にはその価値があるからか。生き残るだけの、そんな上等な価値が。なぁ?」
「……あ、あなた……」

 少年二人にしっかりと拘束された妻の弱々しい声がした――赤ん坊は……その傍らにいる大きめサイズの少年の腕にしかと抱かれてた。まだ泣き声が聞こえている事に強く安堵しつつ、男はぎゅっと目をつぶり、何かの痛みに耐える様に喉の奥から声を絞り出したようだった。

「すまな、かった――謝る事くらいしか、俺には出来ない。俺を殺してお前達の恨みが晴れるならそうしてくれていい。だが、妻と子供には……」

 ぎゃーっ、と赤ちゃんの一層強い泣き声が響き渡った。まだ右も左も分からぬ生まれて間もない赤ん坊だ、母親から無理やり引き離されてその恐怖は一入だったに違いない。我が子の気持ちを思うと、強烈な痛みが身体に沁みいる心地がした。

 死んでしまうかもしれない、と本能的に感じる恐怖。赤ん坊にだって分かる恐ろしさを――男は一年前の事件で奪われていった多くの命達の事を思う……ああ、同じ気持ちでみんないなくなった。喪われた。何もかも。

 封鎖されたこの街は、確かにその死者たちはいなくなったが、今度は生きた人間達の怨念が渦巻いている。第七地区、と呼ばれるここはもはや隔離された無法地帯であった。

「……下手すっとゾンビ菌がまだ残ってるかもしれねえよなぁ。ここの宗教、何か生物実験とかやってたらしいし。焼却消毒しちまうか?」
「あんまり派手な暴れ方すると面倒だぞ、やめとけ」

 そこだけまるで時でも止められてしまったかのような――事実、あの事件以来この場所は、ずっとずっとこんな調子で前へと踏む出すという事を知らない。希望という言葉は、もうとうに忘れてしまって思い出せない。

 あの日に受けた傷をそのままにしたままで、それ以上時を刻む事もないのだろう。まさしく神に見放された場所。地獄の釜の底の底。歩く死者立ちによる悪夢が無くなろうとも、人々の憎悪は断ち切れず。

 我々は永遠にこの悪夢から覚める事はないのだろう――そうだ。ここはまさに悪夢の街、その名前に偽りなしの『ナイトメア・シティ』だった。

「……お願いだやめて」

 自然と零れ落ちたその懇願を遮るようにしてパンッ、パンッと銃声がいくつか轟いた。暗転、――そしてみなさん、サヨナラ・サヨナラ・サヨナラ……合掌。





このサヨナラサヨナラ、って
映画解説者の淀川さんが元ネタなんだけど
淀川さんの解説って面白かったよね。
子どもの頃は結構飛ばしてたけど今見ると奥が深いな。
スペースバンパイアっていう美女エイリアンが
オッパイ丸出しでスケベ男どもの精気を吸い取りまくるという
とんでもないホラー映画の解説はひたすら
おっぱいについて真摯に語っていて面白かった。
でもなぁ、あれは卑怯だよね。
マチルダ・メイ美しすぎるし、しかも裸で
迫られて拒めるそんな武士のような男がいるのかどうか
不思議になってしまう。



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