前半戦


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10-4.人類SOS



 一先ず狭い路地裏を抜け、ミミューは大通りに面した道に出る。人目に付くのは厄介だが、少女の安全を優先するのが今は先だろう。

 が、蓋を開けてみればといったところか。その道に出てミミューは絶句した。

「何だ……一体――これは」

 それは自分のよく知る街の喧騒とはまるで違っていた。泣き叫ぶ人々、逃げ惑う人々、あちこちで上がる火の手に銃声。かと思えばそんな状況でもスマートホンのカメラでパシャパシャと写真を撮っている不謹慎なヤツもちらほらといて、ミミューはこれにはちょっと顔をしかめた。

「……ぎゃぴぃっ!」

 だが呑気に火事の現場を撮っていた青年が喚いたかと思うと、突如その炎の中から現れた無数の手に捕まえられ、ものの数秒で火の中へと引きずりこまれて消えた。

「な……っ、」
「あ、あれぇ!」

 少女が叫んだ先にいたのは、こちらへその歯を剥き出しにして全速力で走ってくる太り気味の男性ゾンビ二人組だった。

 今しがた誰かに食らいついたばかりなのか、二人とも口元から真っ赤な鮮血を滴らせながら両目をぎらつかせている。

「僕の後ろに隠れて。絶対に傍を離れないでね、えっと……」
「エミリよ」

 やれやれ似ているのは見た目だけじゃなく名前までか……とどこかの誰かさんにやけに似ているその少女を降ろしてやった。

「……そう、エミリちゃん」

 少女――エミリは途中で靴を落としたのか片方はハイソックスのみだった。ミミューは背負っていた頼れる相棒、ショットガンを降ろして構えた。まさか本当にこれを使わなくてはいけなくなるなんて……正直、銃は脅しの為だけの道具のつもりだったんだけど。

 太った男のうちの一人が、その巨体からは想像もつかない軽やかな足取りでジャンプした。そのまま食らいつこうとでも言うのだろうが――ミミューは容赦しなかった。

「ちょーっとうるさいけど許してね」

 宣言通りにとてつもなくやかましい銃声がした。そのショットガンが赤い火を吹き、大口を開けていた男の中央、散弾が見事に命中したらしい。スイカ割りのスイカみたいに男の頭がまるごと弾け飛んでいた。ミミューはその銃をすいと泳がせると、迫るもう一方の巨漢も同じようにして葬ったのだった。

 背後でエミリは怯えきって耳を塞いでいる。少し離れた場所で、行儀の悪い食事をしていたゾンビがその音に気付いた様に顔を上げた。それでこちらへ走ってくるのにミミューがはっとする。

――音に反応したのか……銃を使ったのはまずかっただろうか?

 が、後悔しても遅い。もう手を休めてる暇は無い。

「エミリちゃんは物陰に隠れて!」
「は、はいっ……」

 言われた通りにエミリは小走りにすぐ後ろの木箱の裏へと腰を下げた。ミミューは襲いかかってくるOLさん風ゾンビにも容赦ない散弾を浴びせる。

「……」

 ふと、エミリが何かに気付いた様に背後を見た。

――気のせい?

 自分を呼ぶような声がした気がするのだが、見渡しても誰もいなかった。

 エミリはすぐにまた前へと向き直ろうとしたのだが、今度ははっきりとその耳に聞こえて来た。

「……エミリ……」
「!?」
 やっぱり、空耳なんかじゃなかった。
 エミリはゆっくりと立ち上がると辺りをきょろきょろと見渡した――。

 一方でミミューは連戦を終えた。二丁に繋げられたショットガンからは白煙が立ち込めている。一息突く暇なんか無いのだ、ミミューは背後のエミリの安否を確認すべく振り返った。

「エミリちゃん?」

 見ればエミリが立ち上がり、今来た路地裏へと引き返そうとしているものだから思わずミミューも走りだした。

「何やってるんだ!」

 何かに導かれるよう歩き出したエミリの腕を背後からぐっと掴むと、エミリは放心したようにミミューを振り返った。焦点の合わない空虚な目を向けられて、ミミューは怪訝そうにその手を離してしまった。

「あ、あたしを呼んでる声がしたの……誰? 誰よ、一体」

 それでエミリはやはり何かに取りつかれたよう、おぼつかない足取りで辺りを見渡しつつ歩いて周る。

 その暗がりからふらふらと現れたのは……、先程の彼氏と思しき少年だった。

「アツシ! 生きてたのね!」

 それまでは絶望ゆえかか細かったエミリの声に歓喜の色が混ざる。



 エミリはぼーっと佇んだままでいるアツシへと近づくが、ミミューが慌ててそれを抑制するように叫ぶ。

「エミリちゃん、何かおかしい。駄目だ……」
「何言ってるのよ。おかしくなんかないわ! ほら!」

 エミリはアツシに抱きつきながら、彼はなんともないと証明するかのようにあちこちに触れ、そして腰に手を回しつつその胸に顔をうずめた。

 やがて、その頬にそっと手を伸ばしした。かけがえのないその恋人の体温を懐かしむかのように、優しく触れてみる。

「ほら、いつもと変わらないアツシよ――アツシ、怖かったよね。置きざりにして逃げてごめんね、でもちゃんと生きてる……だって、こんなにあったかいもん」

 声を震わせながらエミリは確かに伝わってくるその温かさに嗚咽を漏らす。

 が、ミミューはショットガンにかけた指を決して放そうとはしなかった……依然、険しい表情のまま眉間に皺を寄せている。

「そうだよね。アツシ……、ほら、心臓の音だって」

 確かめるようにエミリは再び恋人の胸もとに耳を寄せた。途端、エミリの顔が不審げに曇った。

「……あ、れ? アツシ、どうしたの? 聞こえないよ、心臓のお、と――」

 半ば絶望、或いは恐怖心の入り混じった様な眼差しでエミリが彼氏を見上げた。そこにあるのはよく見慣れた、愛しい彼の顔だった。その筈、だが……。

「駄目だ! 伏せろ……」

 だがミミューが銃を構えるよりも早く、少年はエミリの顎を乱暴に鷲掴みにした。

 その頬に食い込んだ指が突き刺さっているのか血が滲んでいるのがはっきりと見えた。

「エミリちゃ……っ」

 叫ぼうが、もう遅いのだ。少年は、エミリの顎を鷲掴みにしたまま覆いかぶさるようにその唇へと貪りついた。ここから見ればそれは接吻でもしているようにしか見えないのだがそうでは無い証拠に、立ち呆けたままになっているエミリの足元に血がボトボトと落ちてくる。

 みるみるうちにそれは赤い水たまりを作ってゆく。

「――ッ……」

 正視しがたくなり視線を逸らすようミミューはショットガンを降ろした。撃つべきか迷ったが、すぐにまたゾンビの群れ達がこちら目指して駆け出してくるのを察知して弾の消費を止めた。なすすべもなく、踵を返して走った。

「クソッ! 何てことだ!」

 教会の事もあった。留守番しているエミの事も心配であったし、非情とは思いつつもミミューはエミリを、そのままにしてしまった。

――何が神に仕える者として君を許そう、だ、畜生!

 不甲斐ない我が身を呪いながら、ミミューはひたすらに走った。




片っ端から愛をブチ壊してゆく展開も
ゾンビものの良さ……というか
これはもう私の性格が腐っているからなのか。
ホラー映画の鉄則ですな。
脚本家はマジで精神に何かあるんだと思うよw



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