10-2.人類SOS
窓枠に手を突いて創介ががっくりとうなだれた。
「親父……」
「おい、だからまだ分からない……だろ?――諦めるのは早いんじゃないかな。何とか逃げのびてるかも知れない」
「けど、ここで噛まれたんだとしたら親父もあの腐った死体どもの仲間入りじゃねえか!」
我を忘れたよう創介ががなり散らすが、セラはやはり落ち着いた表情のまま、ふっと一つばかりため息を吐いた。
「――だからってこんなところで立ち止まっていられるの?……そんな暇は無いでしょ」
「わ、……分かってるよ! 分かってっけど……唯一の親だったんだよ! 俺の」
「……」
もう一度ふーっと息を漏らせばセラのその綺麗に切りそろえられた前髪がふわっと少し浮き上がった。
「好きなだけ感傷に浸りたいだけ浸ればいいさ。でもそれで、事が解決するか?……とにかく、今は前へ進むしか無いんだろ。時間が勿体無い」
セラがまるで聞きわけの悪い子どもを諭すみたいにしてイヤに大人びた口調で言い放った。創介がぐずりながらもようやく立ち上がって、その涙を拭った。
立ち上がる創介の背中を眺めながらセラも屈めていた腰を上げる。
「……何か武器になりそうな物とか借りて行っても?」
創介は返事の代わりに軽く片手を持ち上げた。それはいいよ、の合図だろうか? 少々分かりにくかったがまあ了承を得たという事にしておいて、セラは台所へと向かった。
バッグを降ろして、何か包丁とかナイフのようなものが無いものか……と戸棚を開ける。こんなにデカイ家だ、切れ味のいいお洒落な調理ナイフなんかがありそうだ。ふと、水音が聞こえて来た。恐らく創介はシャワーにでも入ってるんだろう、こんな時に呑気な奴……と思ったがまあ入れるうちに入った方が得策かと思い直した。
同時に水はまだ通っているんだと僅かながら安堵する。やがて風呂から上がったのか創介が二階へと上がっていくような音がした。次いでセラは暖炉の傍にあった火かき棒を手に取った。今時暖炉なんて洒落たものがあるのにも驚きだが……とりあえず火かき棒を一振りする。
――武器としちゃあどうだろうか? それとももっと金属バットとか、振りやすくて重みのある方がいいか……
辺りをきょろきょろとしながらやがてセラは部屋を出て、創介が今しがた昇ったと思われる階段を上がった。水分もろくに拭かず上がったんだろう、階段がぐしょぐしょだった。
外から見ていて十分に分かった事だが、二階もひたすらに広いらしい。セラは何だか都会に出てきたばかりの田舎者よろしく、きょろきょろと辺りを見渡しつつ開けっ放しになり光の漏れた部屋があったのでそこに創介がいるんだろうとセラは部屋を覗きこんだ。
「おい、バットとか無い……」
セラがそこで言葉を切ったのには十分な理由があった。何故ならば振り向いたのは、創介じゃあなかった。
「――うわぁ!?」
いかに創介と比べて冷静な性格をしていると言えども、思いがけない事態の訪れにセラらしくもなく叫び声を上げた。
「な、ど、どうした!?」
その声は下で髪を拭いていた創介の耳にまで届くのだった。創介は思わず飛び出して、バスタオルを腰に巻くと階段を飛び上がるようにして、一段抜かしに跨いでいった。
「何だよ一体……」
「ゾンビが――っ」
セラが手にしていた火かき棒を構え直して叫んだ。創介が慌てふためいてそのゾンビを見ると、ゾンビの顎から下は綺麗に無かった。ゾンビは首の骨が折れているのか、半ば顔を傾き気味にこちらを見る。そしてゾンビの片脚には、足首が無かった――損傷の激しいそのゾンビを、創介はよく知っている。
今やヒビ割れた分厚い黒フレームの伊達眼鏡、ツンツンと立てていた髪は乱れてボサボサだ。
「よ、ヨシサキ……」
何か痛がっているような声で、創介が呻く。セラがちらっと一瞥するが、すぐにまたゾンビと化した創介のその友人へと向き直った。
「や、やめろっ……」
「誰か知らないけどこれはもう人じゃない!」
セラの言葉は非情なまでに残酷なものに響いた。知らない、とセラは言ったが彼自身も葛藤はあるのだろう。その首をぶんぶんと横に振り何かを振り切るように叫んだのだった。
「……うおあああっ!」
「やめっ……」
セラが火かき棒を手に、助走をつけて突っ込んだ。どっ、と鈍い音をさせて、そこから先は出来れば見ないようにしたかったのだが、創介はばっちりとかつての親友が、目に火かき棒を突き刺されているシーンを見てしまった。
ものの見事に割れた眼鏡のレンズを貫いて、アンテナのように伸びる金属の棒――まじまじと凝視して思わず顔をしかめてしまう。
――ああ、本当に何なのだこれは……
そういう思いが後から一緒くたになってやってきて、 眩暈と同時に吐き気がしてくるようだった。これまでにも嫌と言うほど吐きたくなったがこんなにも深い心神喪失に見舞われたのは初めてだ。
「……、」
叫びかけて開いた口と、伸ばしかけた手のポーズのまま創介はしばらくの間静止していた。
「僕を責めるのは止めてよ、こうしなくちゃ僕ら共倒れだったんだから」
顔に浴びせられた返り血を、モッズコートの袖でごしごしと拭いながらセラが言った。その声と、どこか冷徹さの感じられる瞳に
「……分かってる――」
もう何度口にした言葉だろうか、そうは言うものの創介はヨシサキの遺体によろよろと近づいた。屈みこんで、指先を伸ばしてみた。
一度目の死を迎えて、更には二度目の死を、彼は迎えたのだ。……どうしてこんなむごい真似を、神様はさせるのだろうか……これではあんまりだった。確かに自分達は都合のいい時ばかり神様神様、と縋るけれども――こんなに酷い仕打ちはちょっとないんではないのだろうか。
色んな思いが交差して、創介は伸ばしかけた手を引っ込めて、同じ様に出掛かった声を押し殺す。改めてその動かない死体を見つめた。過ごしてきた時間にしてみれば短い尺度の、そんな友達の死体を。
「……友達だったんだ」
「そうだろうね。でなきゃこんなところやって来ないと思う……」
どこか茫然とした口調で、セラが呟いた。しばらく何か考え込むように唇を引き結んでいた創介がやがて立ち上がり、意を決したように歩きだした。
「っと、どこへ……」
「まずは何か着る」
そりゃ確かに優先させねばならん問題だ、と心のうち密かに呟いてセラはその後を追う。
「あ――忘れるところだった。なあ、バットとか、もっと使い勝手のいい武器が欲しいんだけど……」
「バットか、俺の部屋にあると思うぜ。草野球に使ってるのが」
言いながら部屋の電気を点け、創介はクローゼットを開けた。
その後ろ、セラは一人用とはいえかなりの広さのあるその室内に圧倒されながらも部屋中を見渡していた。本当に不自由のない生活をしてきたんだろうな、自分と正反対に。
「しかし広い部屋だな、こんなんじゃ何か一つ探すだけでも一苦労……」
ぶつくさと独り言を言いながらセラがあちこちひっくり返している。
「隣の棚だ。確か」
「――ン? ああ、これか……」
言われた通りに開けると金属製のバットが確かに一本入っていた。創介は一通りの服を着て、仕上げに靴を履こうと箱に入ったまんまのそれを取り出した。
「準備が出来次第、すぐここから向かうからな。それと言ってた通り車も借りるよ……って何してるんだよ」
「何って着替えの準備」
「そ、そんなに詰めて何考えてるんだ! 邪魔なだけだよ……ったく旅行か何かと勘違いしてるんじゃないの!?」
「はあ!? 着替えねーとばっちいだろうが」
「あのねぇ……何かさぁ、すごい楽観視してない? その大荷物持ったままゾンビの群れから逃げるの? そこに更に水とかある程度保存の利く食料も入れるわけでしょ?」
「車に積むんだし別にいいじゃんか……」
「車移動中はね! 降りてからの事を考えてよ!」
早口にそう捲し立てられて創介はしゅんとしながら不承不承といった具合にそれを戻し始めた。
「――野性児と違って俺は繊細なんだよ」
「何、何か言った?」
「……イエ」
いらいらとした口調でセラが言い放つが創介は事を荒立てぬようにとりあえず引き下がっておいた。今は言い返す気もあまり起こらなかった。
キノピオって普段は凄い腰低くて、マリオさん! 姫を助けてください!
みたいなキャラの癖してマリオカートになると
豹変してヒャッハァアア〜!とか叫びまくるし
すっげえテンションが上がりまくるんだよな。
いるよね、こういう運転しだすと本性見せる人。
そしてマリオと言えば中学のときに
友達が持ってきたアニメのマリオのビデオが
未だに印象深い。
クッパ大王の声を和田アキ子がやってんの。