前半戦


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10-1.人類SOS



 創介とセラは、何とかゾンビ達の目を掻い潜りながら創介の自宅を目指していた。運が良かったというか何と言うかさっきのように大量のゾンビ達とは会う事も無く、またセラは流石野育ちというべきか裏道をよく知っている。多少、不潔なのを除けば実に安全な道だった。

「オェッ、ドブ臭いぃ〜……」
「我慢しろ、死ぬよりはマシだ」

 相変わらずクールにセラは一蹴する。足元を流れるこのきったない色した水は、直に肌で触れても大丈夫なのだろうか? 直接足を突っ込みながら創介は思う。踏み込む度にぐじゅぐじゅと足に何とも言えない感触が纏わりついてどうしようもない。

「もうヤダよぉ……、何で俺がこんな目に――」
「しっ。静かに歩け! あいつら物音に敏感なんだから」

 それにしても、どうしてあんなに怯えていた相手……セラと自分は一緒に行動を共にしているんだ? 今更のようにそれはやってきた疑問で、たちまち創介は昔のあの出来事を思い返した。

 セラのあの冷たい目つき。転がった生首。返り血。思い出すだけでもぶるっと身震いがする。あれは一体何だったのか、出来る事ならば確かめておきたいが今はそんな場合じゃないのは分かっている……そんな風にぼんやりしていた時だ。

「おいっ」

 セラに呼ばれて創介がはっとなった。長いようで短い、回想の終わり。創介はゴミ箱の蓋で股間を隠しながら小走りに近づいた。

「は、な、何でしょうか」
「……大通りに出る。ここからの道案内は頼む約束でしょ」

 壁を背にしながらセラが顎先でしゃくった。

「へい……」

 創介がひょこっと身を乗り出しかけたがすぐに押し戻された。

「ばか! もっと注意深く!」

 叱られてしまった。何だか叱られてばっかりだ、カッコ悪いなぁなんて思いながら創介は言われた通りそーっと顔を覗かせて辺りを見渡した。

「大丈夫、静まり返ってて何もいない」
「……それは生きてる人間が? それとも、そうでない方が?」
「――どっちもだ」

 悪趣味なやり取りだな、と思いながらも創介は苦笑混じりに答えてやる。この辺りの住民はみんな避難を終えたんだろうか? 何だかいやに静まり返ったその街は……普段なら点いているはずの民家の灯りも無く、人の話声すら聞こえない。

 不気味な程の静寂があたりを包みこんでいる。

 夜空の月明かりだけが唯一のともし火のようで、寒々とした十一月の気候をより一層寒く感じさせた。ここまで全力疾走する場面が多かったせいか、創介は素っ裸にも関わらずそれなりに体温が上がっている事に少々驚いた。

「見ろよ」
「? 何だ」

 創介が背後を振り返りつつセラに言った。

「お月さまが真っ赤だ。それにあんなにおっきいし……なんか気持ち悪いなーって……」
「――別に怖がるもんじゃない、自然現象の一環に過ぎないよ……大気の影響で、夕日が赤く見えるのと同じ理屈だ。地平線に近いとあんな風に目の錯覚でそう見えるだけ、だったかな」
「でも不気味だぜ……、状況が状況だけにさ」

 さっきまではあんなにも喧騒にまみれていたのに、それがこの辺り一帯はどう言う事だ。場所によって違いがあるのか――創介は歩き慣れたその道を難なく走り抜けて、自宅へと辿り着いた。

 遠回りしたせいで到着が随分遅れてしまった、一体今何時なんだろうか……。立派な外観の家は無防備にも鍵を開け晒した状態で(逆に有り難かったのだが)そこに佇んでいた。

 今日、自宅を出る前と何ら変わりが無い様に見えるのだが……家の中へと足を踏み入れるなりに創介が叫ぶ。

「親父!」

 返事は無い。もう避難したんだろうか……? セラは不安がる創介をよそにずかずかと家へと入り込み、リビングのテレビを点けた。――生憎の砂嵐だ。

「駄目か……。参ったな、少しでも状況を知りたいのに」
「親父!? おーいっ!」

 その馬鹿みたいに広いリビングの中を、創介が叫びながら歩いて回る。

「あ――」

 ふと、目に入ったのは……ああ、信じ難かった。思わずへなへなと、創介はその場に座り込んだ。

「お父さん、いたのか?」
「あ……、あぁ、嘘だろ――」
「……?」

 セラがしゃがみこむ創介の背中越しに床を覗きこむと、点々と血の跡と、包帯の切れはしが残されていた。

「そんな……」
「――。いや、まだ分からないよ。見ろよ、血が点々と続いてる。きっと親父さんはそこの窓から逃げたんだろう?」
「でも、親父は今全身怪我をしててとても長くは動ける状態じゃないんだ。襲われたりでもしたら……」

 言いながら恐ろしくなっていた。創介は血の跡を追いかけて、開け放されたままの窓へと向かう。血によって作られた道しるべはそこで途切れていて、後はもう分からなかった。


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