前半戦


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08-5.ここは悪夢街一丁目



 それからセラは手にしていた荷物を担ぐとどこかへと行こうとするので思わず服の裾を引っ張って創介が叫んだ。

「お、おい! どこ行くんだよ!」
「言ったでしょ、この街を出るんだって」

 そう言ってあっさりと、セラは踵を返してスタスタと歩き出してしまう。思わず縋るように近づいて、カーキ色のそのモッズコートの裾を引っ張ったらば思いっきり嫌な顔をされた。

「――おお、ッ、俺を置いてく気かよ!?」
「はぁ!?……知らないよ、君だって帰る場所はあるんでしょう?」
「や、やだ! ぜぇええったいにヤダッ。だって俺一人じゃ家までたどり着けないし! 頼むよ、俺と一緒についてきてくれよ!」
「は、はぁあ〜〜ッ!? 何言ってるんだよ意味の分からない奴だな。大体、僕と君は目的が違うんじゃ……」

 創介はその整った面立ちも涙と鼻水、挙句はヨダレとあらゆる体液でぐしゃぐしゃにさせて、目の前にいるのがあの恐怖の対象であるセラである事すら忘れてしがみついた。

「い、イヤだ! 置いていかないでくれよぉ……っ、怖いんだよォ、途中まででいいから一緒に来てくれよぉおお!」
「そ・そんなの僕だって自分の身を守るので精いっぱいだッ! パートナーを探すなら悪いけど他を当たってくれる?」
「そんな!……お、お前っ! みみみ、見捨てる気か、見捨てる気なのかつい昨日まで肩を並べて勉強していたクラスメイトを!」 

 勉強、とはまたとんだお笑い種である……ほとんど学校にも来ないようなお前がいけしゃあしゃあと言っていい台詞ではなかろうに。――創介がいよいよ泣き喚き始めるのでセラはひとつ、チッと舌打ちをした。

「あのなァ……、大して親しくも無いんだぞ、僕ら。それに君、今まで僕の事避けてたクセに自分の身可愛さにここへ来て急に友達面?」

 その指摘に創介がぎくっと肩を竦めた。

「――ほら、図星ってカオしてるじゃない」
「う……う、あ、あれはちゃんとした……正当な理由があってですねぇ……」

 言い淀む創介を無視したようにセラはすっくと立ち上がる――「とにかく」。

「もう一度言うけど、他を当たってくれるかな。その方が、君の為でもあると思う」
「う……う、ぁ、う〜うう」

 突き刺すかのような一言に、創介がまた泣きそうな顔をし始めた。……と。

「!?」

 セラがぴくんと何かに気がついたような感じで立ち止まった。息を潜めて、周囲を見渡し始めた。

「な、何……?」
「たくさんの気配……」

 何かを察知したよう、セラの視線が鋭くなった。その言葉に創介が今度こそはびくんと立ち上がった。しかしながら創介にはまったくその大勢の気配とやらが感じられないが、セラは研ぎ澄まされた本能ゆえかいち早く気付いているのだろう。

 さすが野育ちだ、野生の勘というやつが働いているに違いなかった。

「走るぞ!」
「えっ!?」

 セラが合図と共に駆け出すので創介も従うほかない、それまでのイメージで何となくセラは陰気でインドアで、運動なんか全然駄目なんだと決めつけていただけにその足の速さにまず驚かされてしまった。

 一応、運動神経はそこそこな筈でモテる為にとジムに通っているし肺活量もあるはずの創介もちょっと遅れを取ったくらいだ。

「ね、ねえ一体何がっ……」
「黙って走れ! 舌噛んでも知らないぞ!」

 一瞬騙されてるのでは。なんて考えたがすぐに、その疑問への答えはやってきた。たくさんの足音、呻き声――振り向くのも恐ろしかった。奴らはいる、すぐそこに。

「ちっ……」

 セラが可愛い顔立ちにそぐわない下品な舌打ちをしてから横手に逸れた。

「こっちだ!」

 道を外れて、狭いその裏道へとセラは駆け込んでそして創介を呼んだ。ダンボールやらドラム缶の積み重ねられた、何だか汚い場所だ。ドブ臭いし、こんなところに素肌で直接行くのは――と躊躇ったが命には代えられぬ。たちどころ覚悟を決めた後、創介はセラに従ってその不衛生な場所へと飛び込んだ。

 セラがせっせとドラム缶やダンボールを積み上げている。これを物陰にして身を隠そうというのだろう、ゾンビが視覚で生存者を見分けているのならその手段は有効だろうがもし嗅覚とかだったら意味は無いのでは……などと思ってぼーっと眺めていた。

「手伝え、馬鹿!」

 叱られてしまった。創介は言われた通りにその荷物を幾重にも重ねた。奴らの足音が段々と近づいて、セラは手を止めてしゃがみこんだ。創介にもそうする様、アイコンタクトを促した。慌てて腰を低くさせ、創介はその汚い足場にしゃがみこんだ。ケツの辺りにぬるっとした感触があってうげっとなった。

 セラが息を飲み、ちょっとだけ視線を覗かせる。創介も同じように物影の向こうを覗いた。大量の……数にしてみれば二十人から三十人弱ほどのゾンビの群れが全力疾走し、駆け抜けて行った。思わず叫びかけたがすぐさま飲み込んで、創介はその群れが走り去っていくのを見届けた。

「――……っ」

 やがて気配が無くなると同時にセラが息を吐きその場に背を預けた。

「はぁっ……もう、正気の沙汰じゃないよ」
「な、なぁ……お前ほんとにこんな中一人で行くのかよ」
「まだ言う気? 僕は君の面倒までは――」
「ちげーよッ! 俺自身も心配だけどお前のコトも心配なんだよ!」

 それで少しセラが驚いたように肩を竦めた。

「べ、別に君に心配されるようなコトは」
「でも絶対協力者ってのはいると思うぜ! ほら、高い場所とか行くのに二人いた方が便利だろ。あと俺、自慢じゃないけど車運転できるぞ! 無免許ですが!」
「ほ、誇らしげに言う事じゃないだろうが!……しかしまぁ……車、か」

 うーん――とセラが考え込む様な仕草を見せた。

「この状況じゃバスだの電車だのがまともに動く筈もねえ、車で移動するのが一番いいに決まってるだろ」
「……。まあ、それは確かにそうかも」
「だろ。だったら俺が何とか手配して……うっ」

 起き上がりかけて創介が何か痛みでもするのか再びその場に膝を突いた。

「何だよ?」

 セラが覗きこむと、創介の背中にはいくつかのガラス片が刺さっている。

 そこまで大きなものじゃないが、全身切り傷と擦り傷だらけだったし、下手すりゃ失血騒ぎだろうしそんな身体でよくここまで走ってきたものだとセラは感心してしまう。

「どうしたんだよ、これ……ガラスじゃないか」
「あ、夢中で忘れてた……イタタ。初めに襲われた時に、ちょっとな」

 ふう、とセラがため息交じりに担いでいたバッグを降ろした。

「……そんなすっぽんぽんだと危ないよ。何か服、着たらどう? 極力見ないようにはしてたけどさ、さっきからチラチラと視界の端に入って気持ちが悪いんだけど……」
「な、無いから困ってるんでしょうが! それにねー、気持ち悪いってお前! お前にもついてんでしょーが、えぇ! 馬鹿にしないでちょうだいッ」

 そう吹っ掛けるのは無視して、セラが傷口を見せる様に顎でしゃくった。言われた通り、創介が渋々とその背中を向ける。

「ちょっとチクってするよ」
「え、え!? 抜く時抜くって言って……あ、か、カウントダウンよろしく」

 ビビリまくった創介がそんな事を言うがセラは聞いちゃいないようだった。

「ほれ」
「いでぇっ! カウントダウンしてってばぁ〜っ!」

 容赦なく引っこ抜くと、セラはバッグから出した消毒液とガーゼで手際よく治療を始めた。

「それで。どこへ行きたいんだい、君は」
「えっと……とりあえず家に行って色々と準備したいかなぁ、と。親父の安否も気になるし、それと車の調達も――」
「分かった、あと君がピンチになったら僕は容赦なく捨て置くからね? 自分で自分の身くらいは何とか守ってよ」
「わ、わーってるよそんぐらいはよ!」

 背中をばしんっと勢い良く叩かれた。手当てが済んだ、という合図だろう。

「それと。これが一番重要だ」

 セラがその男にしちゃやや長いめの睫毛を伏せながら、深刻そうな声で呟いた。

 やがてセラは腰に下げてあった、その粗悪品だと称した拳銃を手に取った。銃口をこちらへ向けた。

「噛まれたら、容赦なく撃つからね」
「――……っ」

 やけに殺気立った顔で言われてしまい、その迫力に根負けしたように創介は息を飲んだ。その恐ろしく冷たい目元は、あの時、幼少期に見たセラの顔そのままのようだった。

「わ、かってる。それも」
「それと、僕の事も撃て。僕は死んでからもその後があるなんてゴメンだ」

 満足したのかセラはその銃をようやく下げた。

「あ、ねえねえ……ものは相談だけど」
「何?」
「その銃、俺が使っちゃ駄目?」
「――何でだよ」
「だって、お前にはカッコイイ体術があるんじゃねーかよ! 俺はなんも武器も無いしそれに文字通り丸裸だぜ!? あとコピー品だとか何とか言ってぶつくさ文句こぼしてたじゃねえか」

 セラはしばらく黙って怪訝そうな顔をしていたが、ため息交じりにそれを差し出して来た。

「……分かったよ。ただし僕を撃つのは止してくれよな」
「何でそんなコトするんだよ! しねーから」

 二人は立ち上がると辺りを見渡した。

「うう、さっびぃ……」
「当たり前だ、今何月だと思ってる」
「オイ、途中まででいいからお前の上着貸してくれよ。そのあったかそうなヤツ」

 あったかそうなヤツ、というのはボアフードのついたモッズコートだった。深いカーキ色の、中々に渋いヤツである。ちょっとかっちょいい。

「なっ……、駄目だ。僕はこの服しか持ってないんだからな」
「下にも着てんだからいいじゃねえかよ!」
「――駄目だってば! この下は半袖なんだぞ。今すぐ服が欲しいならその辺りの死体から奪え!」

 創介の手を跳ねのけてセラが触るなと言わんばかりの目つきで睨み据えて来た。威嚇オーラびんびんだ、野生の野良猫を思わせる警戒っぷりである。

「わ、悪かったよ……」
「全く! 銃が欲しいと言ったり今度は服が欲しいと言ったり!」

 ぶつくさとこぼしながらセラが影から飛び出した。しばらく寒いが、我慢せねばならない。


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