08-4.ここは悪夢街一丁目
すぐさまセラはもう一体の方にも向き直り、腰を落として構えを取った。抱きつき攻撃をもくろんでくるのはこちらはどちらかというと細身の、今のに比べれば非力そうだがそれでも油断はできない相手。
セラは顔面めがけて上段蹴りを一発かますと、ゾンビ頭部が下に垂れるのと共にその身体も沈みかけた。すかさずセラは今蹴ったのとは反対の脚で、伸ばそうとしていた腕にめがけて先手を打つよう回し蹴りを食らわせる。それであっという間に攻撃手段を防いでしまうのだった。
後ろに後ずさるゾンビの、最初よりずっと下がった頭部にトドメの蹴りを勇ましく叫びながら一発分当てた。
ピンチだというのに思わず見入ってしまい、創介はそんなセラの、ブルース・リーのような勇姿に唖然としていた――それまでのセラのクラスでのイメージと言えば大人しくて、もっと言えば陰気で暗くて、全然喋らないようなそんな野郎。なのに、これは何なのだ。自分よりずっとずっとたくましくて強くて、はっきり言ってヒーローだった。まさかこいつがジークンドーの使い手だったとは……!
セラは続けざまこちらへと向くと、両手でズボンを掴んで少しだけたくし上げた。やられたゾンビ仲間に何か哀悼の意でも表したよう、それまで創介を襲う気満々だったゾンビ二体はセラへとターゲットを変更したらしい。
創介は慌てて物陰にささささっ、と逃げ込んで壁の影からそっとその様子を覗き込んで見る。
ゴスロリ服を纏ったゾンビが、両手のそのネイルアートによるものであろう長く尖った黒い爪で顔めがけて引っかいてきた。セラは少しばかり屈んでそれを避け、すぐさま回り込んで女の膝裏めがけて蹴りを一発食らわせた。
膝カックン状態で前のめりに倒れるゾンビの顔めがけ、セラは反対の脚で二段蹴りを食らわせる。ゴスロリゾンビはぼさぼさのツインテールを振り乱しながら後ろにずっこけてしまった。そのまま崩れた瓦礫から飛び出す、太クギに思いっきり後頭部から右目を貫かれてしまった。
もう一体のゾンビも、襲いかかろうと腕をあげたのちにヨタヨタと歩いてくるが、セラはこれも難なくかわしてしまう。それから一歩後ろへ飛ぶようにして距離を開き、勢いをつけて気合の一声と共に前蹴りを食らわせた。
痛覚はなさそうだが衝撃でよろめくゾンビの、今度はその脆そうな脚めがけて内股からのキックである。
「す、すげぇ……ヒットガール……! いや男だけども……」
内側から壊されて膝を突くゾンビに、セラは最後の気合を込める。一撃に全てをぶつける、といった具合でセラは回し蹴りを食らわせると吹っ飛んだゾンビの頭が背後の壁に嫌な音と共にぶつかった。――しばしの、静寂。
セラは何とまあ己の肉体のみで二体ものゾンビを手際よく葬り去ってしまった。壁際に叩きつけられたゾンビの脳漿がこびりついている……急に現実に引き戻された。コレにはさすがにゲロっとなってしまって、創介が慄いた。
「――じゅ、銃を使わなくても何とかなった……」
流石のセラも緊張と恐怖から解放されたみたいに、どこか人間らしくぶはっと息を吐いた。戦闘中は冷静に見えていた彼も、冷や汗だらだらだったようである。セラは辺りを注意深く見渡し、ようやく構えを解いたのだった。
「うげっ、お、オェエエ」
創介が口からゲボッ、と嘔吐物を吹き出したのが分かりセラがのけぞる。
「わっ……こ、こっち向けて吐くんじゃないよ!」
いよいよ堪え切れなくなった創介がダバダバとその場に未消化のブツたちを吐き出し始めた。
もらいゲロしないように、セラが慌てて目をそむけた。苦しい呼吸の中で、創介が顔を上げた。
「……お、お前……凄いけど今のは……うへっ、はあはあ、ちきしょーまだ気分悪い……ぶえっ」
「昔にちょっとだけ教わったから、それで少しね――ここまでやるのは初めてだった……」
セラが静かにそう言って深く溜息を吐いた。明らかに『ちょっと教わった』というレベルじゃなかったが、創介は深くは探らないでおいて更に気になる部分へと触れた。
「じゅ、銃なんかどして持ってるの」
「……この辺でいつも取引してる怪しい連中から買ってあった。――けど失敗したな、粗悪なコピー品だと思う。すぐジャミングを起こしそうだ」
「じゃみんぐ?」
「弾詰まりだよ」
忌々しそうにセラが言って、その銃をしまったのだった。
実はここ加筆してあるせいで
微妙にミスが起きている。
当てた人は凄い。