前半戦


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08-3.ここは悪夢街一丁目



 夢中で逃げるあまり創介は見知らぬ路地裏へと入り込んでしまった。こんな狭い小路、ゾンビに集団で襲われれば一溜まりも無い……が、もうどうでもよかった。

「よ、シサキぃ……あ、ああっ」

 見捨ててしまった。そう、見捨てた。友達を。俺は、見捨てた、のだ。……いやいや、仕方なかった。あんな状態で助けろってのがムリだろ? そう言いきかせながら創介は壁を背に崩れ落ちた。声が漏れないように、静かに泣いた。

「ごめん、ヨシサキごめん、ほんとごめん……ちきしょぉ、俺の馬鹿ぁ……」

 正直、こんな事をしている暇は無いのだが……ふと、すぐ傍で物音が響いた。

 びくっと身を丸め、創介は音のした方へと向き直る。後ずさって、逃げる体勢に入っていた。だが……暗がりから現れたのは、ゾンビでは無かった。

 が、ゾンビの方がある意味マシだったかもしれない……と、ばかりに創介は慄いた。叫んだ。

「う、うわあああッ!」
「? な、何だ。やぶからぼうにっ……」

 言うまでも無く、それは――そうだ、創介がこの世で最も苦手とする存在……セラだった。

 そういえば無意識的に、足が彼の住処と噂される公園辺りを走っていた。つまりこの辺りはセラの庭というわけか……しかしまぁこんな時にまで引き合せてくれるなんて、全く運命めいたものを感じてしまって仕方ないよ神様。

 本当なら生きた人間に会えた事を喜ぶべきなのだろうが、色々な事が重なるあまりか、創介はもう何を恐怖の対象にすればいいのか判別がつかなくなっていた。

「ああ! ひひっ、人殺し! 人殺しィイ〜〜っ!」
「人殺し?……ど、どこに!?」

 セラは慌ててきょろきょろしている。

「おまえー! てめェーだよてめェーッッ!」
「は、はあ!? 何言ってるんだ、人聞きの悪いっ……とりあえず落ち着いてくれ、叫び声でゾンビを引き寄せられたら困る」

 人差し指を唇にあてがいながらセラが声を潜めた。

「……ゾンビっ!」

 その言葉で創介が再び火でもつけられたみたいに暴れ出した。

「ぞぞっ、ぞんび!? ゾンビ! あぁあ、ゾンビ……」
「分かった、……分かったからとりあえず落ち着くんだ」
「あっ、うああああ、あっ……」

 なだめられてようやく、創介は呼吸が整い始めるのを感じた。

「ほら、深呼吸……深く吸って。ゆっくり鼻から吐く」

 言われた通り創介は一旦呼吸する。肺いっぱいに酸素を吸い込み、そして吐き出した。

「――よし」

 それを見届けるとセラが頷いた。

「っ……、何、だよぉ、コレ。も、何がどうなってんのか……うぐっ、ひぐぅうっ……」
「僕にだってそれは分からないけど……とりあえず、何らかの原因で立ち上がった死者たちが、生きた人間の肉を求めて齧りつく。噛まれた人間も、そいつらの仲間入りをする。……こんなことぐらいしか」

 なすすべなし、と言った表情である。静かにセラが首を横に振った。

「てっ、テレビとか、ラジオではなんてゆってんの……?」
「回線経路そのものがイカれてて無理だ。……とにかく、ただ事じゃ無い」

 彼も多少は焦ってはいるのだろうが、セラは自分と比べてひどく冷静に見えた――それもあってなのか創介も徐々にだが落ち着きを取り戻してくるのが分かった。

「うっ、うう……お、俺達どうすりゃいいんだろう?」
「――分からない。僕はとりあえず、この街を出るつもりでいる。それで……独自でこの原因について探るつもりだよ」
「げ、原因?」

 そう、とセラが肯定の仕草を取る。

「どーゆーコト? お前やっぱ、何か絡んでるの?」
「……。やっぱ、って一体それどういう意味……」

 訝る様にセラがその視線をすいと持ち上げた矢先、ガシャンと背後で音がした。それで創介がひっと声を漏らして背後へとずった。

「来たな……」

 セラの顔に幾分か緊張が走ったようだったが、やはりすぐに冷静さを取り戻して立ち上がった。背後を流れるドブ、その上の排水溝の蓋が外れていた――中から現れたのは今まで見て来たような比較的綺麗なヤツではなく、ぐずぐずに腐りかけた、見るからにばっちそうな汚いヤツだった。ご丁寧に強烈な腐臭まで漂わせている。

 そういえばこの辺は治安が悪いから、よく不良同士のケンカとかで人が死んでそのまま捨てられるなんて噂も尽きないが――ここのドブにでも捨てられていた死体が蘇ったんだろうか……? 想像するのも吐き気がして、創介はがちがちと唇を震わせながら涙で曇るその視界の先を、意識だけは失わぬように何とか捉えていた。

――これ、気絶したら速攻で食われるパターンだ!

 ウジまみれのゾンビは狭そうにそこから抜けだそうともがいている。が、セラはその瞬間には走りだしている。ゾンビが窮屈そうにその身体を全て出し切ると、ドブにドボンと落ちた。セラはゾンビが立ち上がりざま、足元にあったゴミ箱を思いっきり蹴り上げるとゾンビの顔へと食らわせた。

 のけぞったゾンビめがけてセラは腰に差してあったオートマチック式の拳銃を抜き出すとすかさず撃てる状態にまで操作させて、それから頭部めがけて一発撃った。ぐちゃっとした何かが(言うまでもなく脳味噌やら脳漿なのだろうが)飛び散って腐り果てたそいつはどさっと倒れたのだった。

「うわぁ、すげ……」

 創介が思わず感心していると、セラは振り向きざま叫んだ。

「! うえっ!」

 へ、と創介がおろおろと振り返ると上の金網から二体のゾンビがこちらへ向かって手を差し伸べていた。

「んぐああああっ!? まじ、まじかよぉ!」

 創介が座ったまま後ずさると、何かにぶつかった。え、と創介が冷や汗を垂らしつつ振り返れば更にはもう二体。ゴスロリ服の女ゾンビとごく普通の私服姿のまだ若そうな男が、それぞれ血まみれで手を伸ばしているのが分かった。

「たたたた、助けてセラちゃんんんんっ!」
「ッ……!」

 セラが慌てて構えを取ろうとした矢先に、ゾンビが金網を越えて二体、降ってくる。一人は中々の運動神経を持っているのかそのまま上手に着地を決めるとすぐさま起き上がっていた。しかも一体が――いやはやとにかくデカイ。パワータイプ丸出しの、ぶくぶくに肥えた見るからにバカでっかいのがいるじゃないか……。

 途端に怖気づくセラだったが、背後で創介の空気を劈くような悲鳴が響き渡った。

「ぎゃああああ、無理だ! リームーだぁああ! あっちいけこの〜!」

 女の子走りで情けなく逃げ惑い、挙句開チン状態でなりふり構わずに叫び散らす創介だったが長くは持ちそうにもない。セラは再び、正面に迫る脅威をはっと見据えた。

――やばい……

 両手をこちらへ向けてウーウーと唸り声を漏らす巨体に、セラがごくりと息を飲んだ。銃を使うべきなのか? しかし弾はもうほとんど……。ここぞという時の為に極力弾は温存してはおきたいが、しかしどうしよう。これがここぞという時なのかもしれない。


 その時、ふとセラの視界に今朝の出来事が浮かんだ。

 響くミットを叩く音。
 蹴りを繰り出す小柄な女子。
 指導するもみあげと胸毛の濃い先輩。


『良いかぁ、蹴り技は君のような小柄な女性には特に必要とされる技術なのだ。うま〜く当てれば、でかい相手にも一発で効かせられるぞっ!』


 ぐわんぐわんと歪む視界、がんがんと響く先輩自慢のセクシーボイス。それからセラは後ろ足をざっ、と下げた。息を吐いた。腰を少し落とし、後ろから持ってきた手刀を胸の前でサッと構えた――右手を胸の前、左手の指先は立てたままで敵の前へと。そして、鼻からもう一度息を吸い込む。

 今朝イメージトレーニングした蹴りのあの感じと、それから女子生徒の動き、そしてあらゆる格闘技の映像を交差させるように思い浮かべながらセラはモミアゲの先輩の台詞を繰り返した。

「……軸足を返しながら――足刀で……」

 巨漢ゾンビの影が、目前にまでにじり寄る。自分の呼吸する音が最大にまで聞こえてきて、セラは足先に全ての集中力を注いだのだった。

 おでぶちゃんゾンビの背丈自体はそこまでではない。こちらのハイキックが十分に届く高さだ――セラは覚悟と、そして全力を込めた右脚で足場を蹴った。



「打つべしッッッ!!」


 声を出していなきゃ連戦ではスタミナが途切れる、という話を聞いた事がある。

 武術の試合なんかで叫んでいる人は相手を威圧するというのもあるのだろうが、声を出す事で体力をセーブしているのだろう。セラはこれまでの中で一番いい上段蹴りを、そいつにぶち当てた。おでぶちゃんはそれで、自分で濡らした水のせいもあるのか派手にずっこけてしまった。



デブゾンビ死亡
セラちゃんの活躍大増量。キャーセラチャーン!!!
というわけで見かけによらず男らしいセラ△ェなシーンです。
ていうか体力のあるデブって最強だと思う。



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