前半戦


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06-1.父ひとり、子ひとり



「創介、ちょっと座りなさい」

――あ、これは……

 何となく今日あたり、雷が来るんじゃないかなと薄々思ってはいたのだが……嫌な予感が見事に的中してしまったらしい。そういえば今日の星占い、順位があんまりよろしくなかったような。これはひょっとするとひょっとして厄日の始まりかのう? と、創介は渋々そこに正座したのであった。

「ハイ」

 至って淡々とした受け答えで、下手な動揺は決してせずに創介は同じく正面に正座する父を見据えた。

 が、内心は結構ビクビクしているのが本音であった。すぐにその視線は下へ下へと降りて行き、父の膝辺りにようやく落ち着いた。

「ちゃんとお父さんを見なさい」
「……ハイ」
「見ると言ったら見る! 子どもか貴様はッ」

 怒鳴られたので思わずビクっとして創介はおずおずとその視線を上げた――……目が合ってようやく「よろしい」、と父が頷いた。

 この親父、小太り(程よい脂肪、と言い換えないとメッチャ怒る)にスキンヘッド、更にはちょび髭まで生やして風貌としてはかなり怪しい。これで凄まれるとそりゃあもう誰もが竦みあがってしまいそうなものだ。もう本当におっかない、ヤクザそのものでしかない。

 見た目だけで『虎殺し』の異名を取る理由がよーく分かる、その射るような眼差しだけで下手したらおしっこチビりそうだもの――心臓がいくつあっても足りない、と創介は縮み上がりそうな全身を抑えこむのに必死になるのであった。

「――で、どう思う」
「い、痛々しいお姿ですね……?」

 痛々しいお姿。そうなのだ、父は何と仕事中に屋根から足を滑らせてしまったらしい。増築や改装の話をする際に登っていたそうなのだが、もう歳も歳なんだしきちんと若くないという自覚を持って仕事してほしい――とは息子ながらに思う事だ。が、それを偉そうに指摘できる身分では無い事も創介は同時に理解している。

 父は三日ほど入院しただけで今は自宅療養中なのだが、ギプスで固定された腕やら包帯でぐるぐる巻きの頭部や、しっかりと器具で固定された首元なんかを見る限り、まだ働ける状態じゃないのは火を見るより明らかなのだ。

「うん、それで?」
「は、早く治って、事業が再開出来たらいいですね……」
「……」
「……」

 そしてこの沈黙が一番の苦痛である。……創介は恐れをなしたようにほとんど反射的に、ごくんと唾を飲み込んだ。

「お前、いつからちゃんと『落ち着く』気だ」

 その言葉にはありとあらゆる意味が込められているのだろう。

 いつになったらちゃんと学校へ真面目に通い、女遊びを止めて、勉学に励んで、あと父の跡を継ぐための準備をして、とにかくまぁ今のような好き勝手状態をやめて、心を入れ替えるのはいつなのかと。

 創介は悩んだ末に、うやむやな返事を寄越す。

「お、俺が真面目にならなくってもこの家にはお金がタンマリあるじゃない」

 それはいつか酔っ払った父親が言っていた台詞そのままであった。が、当の父親は覚えていないのかそれを聞いて思いっきり顔をしかめた。

 まずい、と創介が慌てて責任転嫁の方向へと持って行く事に決める。

「……って、母ちゃんが言ってなかったデスカ?」

 肉親相手と言えども、罪の意識やら何よりこの虎殺し相手にはちょっとの悪あがきさえ通じないオーラがある。敬語になりながらしどろもどろに創介が付け加えると、父は益々渋い顔になった。……言った。

「お前は何を言っているんだ?」
「……」
「あんな女、の言う事を信じる気か。余裕があるって言ってもお前が真面目に心入れ替えてくれない限り今後の不安は尽きないんだよ。それにお前、学生の身分でキャバクラだのクルーザーだの、アホか。毎月の請求額が三ケタ超えてるんだぞ」

 三本の指を立てながら鬼気迫る表情で父が言い放った。それに圧倒されて忘れかけたが、創介は冒頭に父がぼやいた『あんな女』の部分を聞き逃さなかった。逃さなかったけど、あえて口を噤んだ。

「……だ、だってぇ……うちは金があるのが自慢だっていっつも父ちゃん言ってるじゃな〜い……」
「で、いつから更生する気だ」

 情けない顔と声、すっかり逃げ腰、戦意喪失――創介選手、もはや試合続行不能。そんな創介にも、父選手は容赦なく詰め寄ってくる。完全にトドメを刺す気だ。これはまずい。

「……今は肌寒いから落ち着いたら」
「よし、じゃあ春か。来年からだな? しかしこのままだと留年だぞ、来年一年は一つ下の連中と肩を並べるわけだがそれでも構わんという事か」
「えー……は、春は変な人多いからちょっとなぁ〜と……。あと花粉も飛んでそうだし、何かやだ」
「じゃあ夏なら平気だな。花粉は飛んでないぞ」
「夏かー……夏は暑くて倒れそうだしなー……」
「いい加減にしろ!」

 冷静さを保っていた父も、当然だがいよいよ堪忍袋の緒が切れた。むしろここまでよく耐えていたと言うべきか。

「父さんだってなあ、お前みたいに好き勝手遊び歩いてたわけじゃないぞ! 初めはちゃーんとこつこつ働いて……」

 あぁ、始まってしまった……父の長い説教が。恐怖と威圧で磨り減った神経にこの長い説教話、このフルコンボがとても応える。そりゃあ父には苦労してきた分だけの、長い長いここに至るまでの話がある。

 勿論、息子としてそんな父を尊敬しないわけじゃないしむしろ立派だとは思うのだ。理屈では凄く理解できる。できるのだけど……けど……。

「――ったく! お前は一体誰に似てそう、嫌な事からすぐ逃げ出して楽な方へと行くような男になったんだ!? 創介、明日からはお前のその電話を解約するからな。それがあるとお前はどこへ行くやら分からん。……カタギの娘さんに手を出して、何やらおかしな騒ぎにでもなられたら困るからな」
「ぇはっ!? けけ、携帯ナシってそれマジなの!? スマホのない高校生なんて今時そんなの見た事ないんですけどッ」
「当たり前だ、このアホウがッ!……それと今更のようだがお前に小遣いはもうやらん、金なんかがあるからおかしな連中が寄って来るし変な遊びに走るんだな。うんうん。全く何でそんな基本的な事に気付けなかったんだ、俺は」

 ぶつぶつと父親がぼやきながら独り言のように言った。

「え、えーっ!? そんなぁあ……俺、今週末にも約束とか色々とあるんだけど!」
「知るか! そもそも自分で招いた結果だ、猛省しろ! 親がいつまでも親の顔をしていると思うなよ、ったく。お前はこうやって誰かに尻を叩かれなきゃ何もせん。荒療治かもしれないが毎日をそうやって無駄に眠ったように過ごされるよりはこの方が絶対にお前の為だ! いい加減にそろそろ目覚めろ、もっと地に足つけて生きろこのタワケ!」

 いつの時代でも親というのは本当に正しいもので……全くだ、グウの音も出ない。よーく我が子の性分を分かっている。説教される度に何か言い返したくなるのだが親の言う事は一つも間違っていなくて、だからこそ悔しくてしょっちゅう泣かされてしまうばかりである、が。

「……父ちゃん、母ちゃんの事はなーんも言わない癖に何で俺にはそうなの?」
「は?」

 何だよ。ムキんなっちゃって、俺と言う男は何てみっともない……思いつつも創介は言い返すのを止めなかった。

「だってそうじゃん。母ちゃんは好き勝手してて家の金勝手に持ち出して若い男漁りまわってる癖にさー。何で俺は駄目なの?」
「……そんな言い方はやめろ」
「ま、まだスキなんだろ、母ちゃんの事――だから離婚もしないし黙って大人しく金渡してんだよな? あんな女〜とか言う割に甘やかしてさ、おまけに見栄張ってこれ見よがしに婚約指輪つけちゃって」

 すぐに父の顔が何か言いたげなものに切り替わったが冷静さを強いているのか、やがて口を噤んだようだった。創介は立ち上がって、更にそんな父を容赦なく追いたてた。

「――言っとくけど母ちゃんの指にはもう付いてないからね!? 婚約指輪。だって俺、見たもん」
「やめろ創介!」

 怒鳴りながら父が自由の利く方の手で創介の胸倉を掴んだ。その勢いで制服のシャツのボタンが一つ弾け飛んだ。それに戸惑っていると、父は今度はその手を握り拳に変えて殴りかかってきた。ドッ、という鈍い音と共に創介はリビングの床に投げ出された。

 父は息子を殴った事を後悔しているのか、それとも殴るほど頭に血の昇った自分に後悔しているのか、それらの感情が入り混じった様な何とも言えない表情で床に尻餅を突いたまま顔を上げない創介を見つめた。

「……何で」

 創介の低い声がした。顔を上げた。

「昔っからさぁ、親父は俺の事なんかぜーんぜん構ってくれなかったじゃん! 金と物だけ与えといてさあ、今更それは無いでしょ!?」
「……」
「――そんなんだから母ちゃんだって愛想尽かして別の男に走るんだよ」

 吐き捨てる様に言いながら創介は傍らの椅子に手をかけながら立ち上がった。父親に背を向けると、部屋から出て行った。

「お、おい創介……」

 半ば一方的に会話を終わらせるようにして、創介はその場から走り去ったのだった。




創介の父ちゃんはあれなんですよ、
ゴッドファーザーのドンコルレオーネみたいな
マフィアのボスみたいな感じ。
プラス愚地独歩。
とりあえず見た目はこわい。
私も未だに親に叱られると何も言えないw



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