ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 10-1.死ぬのはボクらだ!?


 一歩、また一歩――ジリジリとその包囲の輪が狭くなっていく中。獣のような唸り声と、むせ返るほどの強烈な腐臭、血臭……ともすれば鼻がもげてしまいそうで、緊張のあまりか自然と浅くなっていく呼吸の中でユウは大きく息を吸い込むのを躊躇った。

 固唾を飲み武器を構える、何の訓練も受けていない(ごくごく一部を除いて……)一般市民達。構えた武器が緊張と恐れからカチカチと震えるのが分かった。

「まだだ……ギリギリまで引き付けろ……」

 ミイが自身も刀を中段で構えつつその機を待った――が、その時であった。

「――いけないっ!」

 はっ、と息を吐き出しつつヒトミが叫びながら何かを止めさせようとしていた。ユウもミイもそれに連なるように視線を上げた。迫り来るゾンビを前に恐怖を抑え切れなくなった者がその引き金を絞ったのだと、鳴り響いた銃声でようやくのよに理解が追いついた。

「あああああああっ!」

 恐慌をきたしたよう、中年の男性が両手で持ったオートマチックの拳銃をでたらめに撃った。

 それまでの陣形から一人飛び出し、男性は無闇やたらとそれを発砲しまくった。弾丸は外れて、傍にあった木へと命中し木屑を巻き上げた。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、とはまさにこの事でいくつかの弾はゾンビの心臓やら腕に当たったようだが、のけぞるばかりで活動を停止させる事はままならなかった。

「……や、やめろっ!」

 ミイが叫んだものの、乱れた空気は収まりそうもなかった。

――ああ……っ!

 そんなミイと、にわかにパニックへと陥り始めた一同を見比べつつユウが泣きそうな顔をさせた。

――どうしよう、どうすれば……

「参ったわね。一度下がる?……と言っても同じ事なんだけど……」

 苦笑交じりにヒトミが呟くと、手にした拳銃を撃ちながら乱れた陣形のアシストへと周り始めたみたいだった。

「い、いや……! このまま行くぞ、ここで時間稼ぎをしなくちゃいけない!」

 ミイの声に、ユウも自らの頬をバシンと叩いた。慌てるな、慌てたら最後だ。

「ひっ……ひぃい〜、やっぱり俺には無理だぁあ!」

 覚悟を固めたユウの傍を、泣き叫びながら通過していく若者が一人いたがすぐにゾンビにとっ捕まってしまったらしい。パーカーのフードを二人がかりでひっぱられ、アスファルトへと倒されたかと思うと集まってきたゾンビの団体に揉みくちゃにされてしまう。

 ユウが慌てて手にした拳銃を構えようとしたが、彼がもう助からないのは聞こえてきた悲鳴と、引きずり出された大腸と大量の血で分かった。一瞬のうちに戦場と化したその場所は、もはや見慣れていた街並みとは全く違う景色に映っていた。

「畜生、こいつら、倒しても倒してもキリがねえ!」
「……頭だ、頭を確実に狙え! 頭を潰せば立ち上がらないッ」

 振り向きざまにミイが叫ぶとすぐに体勢を立て直し、目の前のゾンビを一体始末する。返り血がミイの白いシャツに真っ赤なペンキでもぶちまけたような跡を残す。

「思ってたよりもすんごく頑張るのね、キミ達!」 

 緊張と恐怖とで今にも小便くらいは漏らしそうな中で、ヒトミが振り返りながら激励を送ってくる。

「あたしも負けてられないみたいね!」

 言いながらヒトミは手にした二丁の拳銃をすいと構える。水平に構えながらヒトミは横手に飛び、一列に並んだ腐った死体連中どもの頭を捉えて行く。その銃さばきは半ば不可能と言えるほど正確に、だが目にも止まらぬ速さで確実に相手を翻弄している……。

 ヒトミは着地する時も、只では起き上がらなかった。着地するのとほぼ同時にアスファルトの上に置かれていたマガジンを装填させながら受け身を取りつつ、且つすぐに射撃姿勢を取る。正面を見据えるその鋭い二つの眼差しは、先程まで見せていた温和な母の目では無い。既に、戦場の兵士そのものだ。

「……すっげええ! あのオバチャンすげーよ! うぉおおお!」
「ここ、こら! 危ないから覗いちゃ駄目!」

 避難所で身を潜めていた子ども達だったが、大人達に黙って覗きに来る始末であった。

「ミセス・ローゼスだ!」
「……は?」
「ヒーローマンの手助けをするオバサンなんだ! ピストルの達人で、すっげー強いんだぜ!」

 子どもは強いものが大好きだ。とにかく、最強と名のつくものに目がない。戦いにしろ勉強にしろスポーツにしろ、先程のルーシーの活躍から始まり今度はヒトミがその的のようである。

「ほ、褒めるのはいいけどオバサンは余計だと思うよ……うん」

 ヤブが鼻息荒く覗きこもうとする子どもを背後から引っ張りながら連れ戻すのだった。

「ヒッ……」

 噛みつかれかけた青年が、あわやというところでヒトミの援護射撃に救われる。崩れ落ちるゾンビの背後で、白煙を上げる銃口を掲げつつニッコリとほほ笑むヒトミが現れた。

 その笑みは何か、自分達を勝利へ導く女神のような勇ましさに溢れていて神々しささえ感じられるのであった……。

「大丈夫だったかしら?」
「え……ええ、はい、あ、ありがとうございます」
「さぁってと、次よ次!」

 呟くヒトミの顔はまたもや天真爛漫な少女のものへと戻っているのだから、一同も驚きを隠せない……。ヒトミは二挺拳銃をしまうと、次はショットガンに持ち替えていた。そしてどこか楽しそうにショットガンを発砲しながら、ゾンビの攻撃を軽く掻い潜っている。

 バーゲンセールという戦場で培われた反射神経が活きているのか、ヒトミの身のこなしは実に軽々としていて見ほれてしまうくらいだ。

「いつだったかノラが言ってたんだが、俺んちの家族喧嘩はスパルタンXみたいだとか何とか……あれ、ホントだったんだな……」

 そんなヒトミの勇姿を称えながら、石丸がぽそりと呟いた。ノラはいつだって冗談とも本音とも取れぬ事を平気で言う様なヤツなので皆はいはい、って感じでその時は笑って聞き流していたのだが……。

 ショットガンを腰に据え派手に射撃をかますがやはり反動は大きいのか、多少ふらついてはいるもののそれでも随分と堂に入った構えだ。その姿に負けていられないといわんばかりに他一同も奮い立たされたようである。ミイも刀を逆手に持ちかえながら目の前のゾンビに特攻する。ユウは相変わらずへっぴり腰のまま逃げ惑うばかりであったが……。

「あううっ……く、くそぉ、お、俺だって……やればできる子……、うううッ」

 そうは言うもののやっぱりヘタレはヘタレなのである。

「うがぁああああ〜〜〜っ!」

 叫んだのは一体のゾンビに足首の腱ごと食いちぎられ、もう一体に顔半分を食われる男性だった。

「いでぇええええ、ちきしょう、ぢぎじょう゛ぅ゛う゛〜〜〜〜っ」

 断末魔の絶叫を上げる男性に、ミイが一瞥をくれながら下唇を噛んだ。




この辺りもすっげぇ加筆してます。
最初のものではここ、誰も死ななかったんですよ。
その方が後味がいいかな、と思ってたんですが
やっぱりゾンビものの良さと言えば道徳の授業やり直せ!
ってくらいに命を粗末にして人がぽんぽん死ぬとことか
とにかくこっちが絶望感に叩き落されて、
ああもうこの世界は救いがねぇんだ…! と視聴者が
悲観にくれてナンボじゃねえのかこのゾンビ童貞が! と
反省しなおし、少しえぐめにしました。
その方がミイの葛藤も増える。


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