▼ 09-8.ふたりの再会
ヒロシが、無言で顔を上げた。ここまで見せておいてそれでもまだ極力泣き顔を見られたくないのかヒロシはレンズをちょいと持ち上げてしつこく両目を拭っている。
「……もう、いいのかい?」
果たしてこんな言葉でしめくくっていいものか……ノラが尋ねかけるとヒロシは眼鏡を掛け直してノラを見つめ返した。
「ええ。もう十分ですよ」
そう答えるヒロシはいつもの調子に戻っているようだった。ヒロシはそのまますっくと立ち上がるといずこかへと歩き出した。
――おいおい、ホントに大丈夫なのかよ
口には出さなかったがノラがそれを見守るようにして眺めた。ヒロシは歩き慣れたその自宅を迷うことなく進むと突き当たった壁に向かって手を伸ばしている。
「ヒロシちゃん……?」
ノラが近づくと、ヒロシは何やら壁に付いた操作盤のようなもの(タッチパネル式だ)をいじっている。
「やられっぱなしというのも、性に合わないのでね」
「うん?」
独り言のように言い、ヒロシが入力作業を終えたのか一旦壁から手を離す。
「――僕は負けず嫌いなんで」
そりゃ知ってるよ、とノラが笑いかけたところで何かが開く様な音がした。例の地下シェルターへ続く扉だ、ヒロシがそこへ降りていく。ノラもそれに連なるようについていくと、ヒロシはその間ずっと何かに義務付けられたように口を開く事無く、ただひたすらにその場所へ向かって歩いた。
辿り着いたのは武器貯蔵庫で、そこは荒らされた形跡も侵入された形跡もない。パスコードの掛けられた部屋だったから入り方が分からなかったのだろうか。幸いにも何の手もつけられていない様だった。
ヒロシはデイパックを降ろすとファスナーを全開にし、ありとあらゆる武器をその中に放り始めた。
「ヒロシちゃんさ」
そんなヒロシに向かってノラが高くもなく、それでいて低くもない独特のトーンで投げかける。
「クールになれよな……その、相応しい言葉か分かんないけど。怒りに駆られてちゃ前を見失うぜ」
ノラの目から見てヒロシは決して取り乱しているようには見えなかったのだが、まぁここから先の事を考えて警告するつもりでぼやいておいた。
ヒロシがどう反応するか気になりはしたもののヒロシは至って、いつものあのすかした調子であった。少なくとも表面上では。
「……貴方がそういう事を言うのも何だかおかしいですね」
「だろ? けど、熱くなり過ぎんのは良くない。マトモな判断ができなくなってしまうから……おっと」
語りかけたそれを抑制するようにヒロシが父の形見となってしまった、その銃――AK47を突き付けながら、言うのだった。
「最後まで僕についてきてくれますか……」
語尾の方が僅かに震えを帯びているのに気がついた。
「僕と戦ってくれるという約束は果たしてくれますか。最後まで一緒に−−」
けれどもこちらを射抜くように見つめている視線だけはしっかりとこちらへと、そして揺らぐ事無く向けられていて、ぼんやりと――このまま本当に射抜かれてしまえば気持ちよさそうだなんて馬鹿みたいな事をうっすらと思っていた。本当にこういうところ素直じゃないと言うか――ノラがふっと鼻の先でそんな彼の仕草を笑うように言った。
「勿論だよ。全身全霊をかけて君を支援する、それも君のお父さんと交わした約束のうちの一つさ」
「――……」
ねっ、と最後に付け足すように言ってからノラがまた星でも出そうなウインクで締めくくる。ヒロシがそっと銃口を降ろした。
「そうと決めたなら早く行こう。ユウくん達も待ってるよ」
「言われなくても……そうします」
マガジン、手榴弾を投げ入れてヒロシはバッグのファスナーを上げた。決戦の時が、迫っている。
猫が足元を潜りぬけて行った。動物特有の毛並みがフアッとくすぐってきてこそばゆかった。
「……おい、お前」
ハイドラが呼びかけると、千早は夢中になって鉛筆を走らせていたがようやくその顔を上げた。一瞬だけ目が合ったがすぐに逸らされた。
「はい。な・何」
「絵が好きなのか? 絵を描くの」
単なる緊張からなのか元からそういう性質なのか、千早はやはりたどたどしい調子で、忙しなく視線を動かしたり髪の毛を掻きむしりながらやっとの事のように頷いた。
頷いたというよりは過度の緊張で顎が引かれただけにも見て取れたが、千早は確かに肯定の仕草を見せた。
「――ふん。素人意見だから、まあ深く捉えず聞け。正直言って僕は芸術だの何だのとよく分からないが。この色ばかりで埋め尽くされた絵は何を意味するんだ? あるんだろ、何か込められたメッセージとか何かそんなの」
「あ、ある」
言いながら千早は震えた指先で壁に飾られた自分の作品を指差し始めた。
「こ、こ、これはお終いの日だ」
「おしまい?」
そう、と千早は首を縦に振る。
「はい。せせせ、世界の終りの日。世界の、終末……」
「世界の……?」
そう言われてみればまあ……その紙切れにぶつけられた色合いは明るく、綺麗なものとは思えなかった。どちらかと言うと濁っていて、赤みの強いその色合いは暴力的ですらあった。
「け、け、けど。お、終わりは終わりじゃなくて、無からの始まり。すなわち、再生」
千早は近くの猫を抱きあげると頭を撫でながらそう言った。
「……。あぁ〜、何か確かそんな神が、いたっけな。破壊と再生の神」
「……」
千早が猫から視線を上げた。
「全てを破壊しつくして、もう一度新しい世界を創造し直す……それって、いいアイディアだよなぁ、この腐りきった地上じゃもはやどれがどうなってんのか、区別がつかない。善人も悪人も、みなゴッチャゴチャさぁ〜」
オーバーリアクションを織り交ぜながらハイドラはわざとらしく笑い、背中からベッドに崩れ落ちた。
「――どいつもこいつも。悪い人間が多すぎて、もはや悪くなければ生きてはいけない様な有様じゃねえか? なあ?」
猫が返事でもするみたいに一つだけミャーオ、と鳴いた。
「俺」
千早が入りこむように呟いた。
「……俺、う、うまく言えないけど。わ、わ、悪い事する人間も、し、したくてやってる人ばかりじゃないのかなって」
「……」
「そ、そういう人たちだって生まれた時はみんな同じなのに、はい。何で、そうなっちゃうんだろう。か、悲しいな」
そう言って千早が猫の喉元をくすぐると、猫は片脚をひょいと持ち上げた。その時一瞬だけ猫の手の裏が見えた。その猫には肉球が無いようだった。
「そういう奴らに、僕は虐げられた」
「……?」
「ここにいる猫も一緒さ。ほんのひと時の暇つぶしの為に僕は道具みたいに、毎日毎日、来る日も来る日も」
腰にぶら下げている『ペット』の髪の毛を乱暴にひっつかんだ。忘れかけていた黒い衝動が再びふつふつと込み上げて来る。
「だーれも見向きしないんだ、自分は被害者になるのは嫌だからって。僕がいじめられているのを見て奴らみんな安心してるのさ、自分よりもずっと不幸な奴がいる! だから安心だ! ってね」
千早はそれも現実だと受け止めているのか少し悲しそうに猫を解放した。
「でも、」
喉の奥から絞り出すように言って千早が続ける。
「お・俺、そんな事で、ゆ、優越感覚えるような人間、なりたくない……。俺がそこにいたら、君の事、助けた」
「――うっ、嘘言うな」
「はい。嘘じゃない、助ける……」
言いながら首を振ったが、きっと千早は嘘なんかついていない。だってその証拠にこんなにも人を殺して、こんな世界にした自分を助けた。
他に理由は無いが、それだけでも十分だ。少なくとも彼は、今まで見て来たような他の傍観者達とは……違うのだ。
「はい。だから、これから、俺は君を、たた・助ける」
――これから? これからなんて無いよ。だって僕は人をたくさん殺して、弄んだのに。そんな僕が戻れる場所なんて無いんだよ……
だが、もう少し。あともう少しだけ早く、出会えていたら、ひょっとしたら自分はこうはなっていなかったのだろうか? 少し考えて……気分が悪くなったので、止めておいた。
AK47突きつけながらのヒロシ最大のデレ場面!!
素直じゃないよね〜!
ちょっといいなと思う相手が急にこうやって銃口突きつけつつ
さっさと僕と付き合えよ///みたいに甘えてきたら
そりゃあ嬉しくもなっちゃうよね☆
AK47といえばこれを書いている時
AKB48の総選挙真っ最中でした。
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