ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 10-2.死ぬのはボクらだ!?

 何をすれば良いのやら、ユウは腰を低くしながら頭を抱えて右へ左へと走りまわるばかりだ。火災の避難訓練じゃあるまいし、ユウは口元を押さえながら完全にパニックに陥っている。

「いてっ!」

 で、やはり案の定というべきかユウが足元に蹴躓いてその場に転ぶ。

「……くっそ〜……そ、そんな場合じゃないのに」

 ぶつかった障害物が何かを見つめるとぐずぐずに腐ってウジの沸いた……そう、ゾンビの身体だった。頭は吹っ飛んでいて既に無い。だからこそ、もう動かないわけだが。

「ひっ……ま、まじかよまたこういう役回り……!?」

 慌ててウジがついてないか全身をごしごししていると頭のてっぺんから何かばしゃっと浴びせられた。イヤな予感がして顔に付いたそれを拭った。ねっとりと糸を引く赤黒い血液がべしゃっと付着しているようだった。傍で頭を潰されたゾンビのものだと分かり、思わずゲッとなってしまう――き、気持ちが悪い……やっぱり慣れない、絶対に慣れる事なんかない――。

「うわわわぁあっ、ひえっ」

 間抜けな声を出して起き上がろうとしたのだがすっかりビビってしまって腰が抜けたのか、上手に立ち上がる事ができない。何てザマだ、足手まといになる前に逃げる事も出来ない。どうすればいいんだ……、ふと混乱しかけたユウの耳元に悲鳴が届いた。

「ちょ、タンマ! タンマだって……うおわぁあ! マジ!」
「い、石丸……」

 ユウが砂利を握り締めながら石丸の姿を必死に探した。

――どこだ、どこにいる!?

 乱戦状態のさなか、ようやく石丸の姿を見つけた。石丸は今にも噛みつこうとしているゾンビの攻撃を、必死そのものといった様子でその捻じ曲がりかけたべこべこの金属バットで何とか受け止めている。

「マジ!? マジマジマジマジマジマジで!? ちょっと勘弁……、勘弁ですってばぁあっ! や、やめろー、やめてってホント! ちょ、やめ……うわあああ近い! 近い近い、キモイ!」
「石丸……っ」

 ユウはミイを見たが、ミイはもはや目前の敵を退けるのに必死でそんな石丸になど気付く余地もない。助けに行ってやってくれ、なんてとても言えそうにもない。

「ひ、ヒトミさん……」

 縋るように彼女を見たが同じだった。ヒトミもその連戦に、少しばかり疲弊しているようであった。

――どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……っ!

 ユウはもう一度、石丸を見た。石丸はゾンビの腹を蹴り飛ばすが、それもほんの一瞬の悪あがきにしかならないようであった。大した時間稼ぎにもならず、ゾンビはすぐにまたその口を開けて襲いかかる。

「い、石丸……石丸が――」

 ガチガチと唇を震わせながらユウは只友人の危機を眺めている。只指を咥えて……ユウはぎゅっと目をつぶった。

――母さん……透子……みんな

 もう逃げないって何度も何度も誓ってきたじゃないか? いつか変われる、いつかこんな自分じゃなくなる。そんな事って多分一生、無い。自分が動かない限り、きっと一生このまんまなんだ。そう、自分が変わろうと動かない限り――ユウは足元に転がる適当な大きさの石を見つけるとすぐさま掴んだ。

 ゾンビの頭部に向かって投げつける、見事に命中してくれたようだ。

「お、おい!」

 威勢よく呼びかけると、ゾンビがゆっくりとこちらを向いた。想像していた以上に凶悪そうな顔をしていて、これは百戦錬磨の石丸が子どもみたいに泣き叫ぶのも無理は無いな……と思った。石を投げた事に軽く後悔したくらいだった。
 ゾンビは腐りかけた口元からヨダレを垂らしながらその隙間だらけの歯と、黄色く濁った眼玉をぎょろりとこちらへ向けた。

 ユウは腰に力の入って無い、只の格好だけのファイティングポーズらしきものを取ると、続けざまに挑発して見せる。

「く、く、腐ったノロマ野郎! く、食いたいんならお、俺から食った方がいいと思うぜ! な、なんたって、そそそ、そっ、そいつはタバコばっかりで多分マズイからさ! やや、野菜がメインの俺の方が美味いと思う……」

 ゾンビは獣みたいにシューと喉を鳴らしながらゆっくりとこちらへと振り返った――やっぱ怖いです、お母さん……

「な、何だよ……お前あれか、ノロマな奴かあ!? つ、つつ、つまんねえなぁ〜! 俺が初めに会った奴はもっとすばしっこくて追いかけっこしたら楽しかったぜ!? おおおお俺の言ってる意味分かるか? 脳味噌まで腐ってるから、無理か!? えー、おいっ!」

 しかし無理をしているのかやっぱり声が震えてしまっている。自分でも分かるくらい、なっさけない声だ。膝なんかガクガク震えていて今にも崩れ落ちてしまいそうだ、ここで倒れれば一生立ち上がれなさそうだ。だから、振り絞るしか無い。

 ユウはもう一度息を大きく吸い込むと実にへっぴり腰のままでもう一度両手を広げて挑発のポージングをする。

「お、おらっ……こ、来いよ!」

 ゾンビにユウの挑発が理解できたのかどうかは分からないが……、ゾンビはターゲットを石丸からユウへと変えたのは確かだ。ゆっくりとだが確実に振り返るゾンビに萎縮しつつも、ユウは引き下がったりするような気配はない。

「ユ、ユウ……」

 果たしてユウに何かいい策でもあるのだろうか……と石丸は息を飲む。ユウはすぐさま踵を返すと陸上部のエースらしいスタートダッシュを見せる。しばらく走るのを止めていたとはいえ、やはり中々のもので石丸は思わずその指先まで伸びた綺麗なフォームに魅入ってしまった程だった。で、ゾンビは咆哮を上げるとユウに負けないくらいの速さで走りだすのだから、更に驚いてしまった。

――……あ、あんなの逃げ切れるかぁあ?

 ぽかんとする石丸だったが、突いていた尻を何とか持ち上げると気の抜けるような声が漏れた。

「え、えらいこっちゃ……た・助けに行かにゃ……っ!」

 慌ててベッコンベコンになったバットを拾い上げると、石丸は既に遠く見えなくなってしまった韋駄天の如き足を持つ二人を追いかけた。腰を抜かしていたせいできちんと脚が動作してくれるのにも時間がかかったが、ともかくだ。

 今は自分を庇ってくれた大切な友人を、追いかけなくてはなるまい。



――よし、そのまま来い!

 ユウはゾンビがしっかりと自分をマークして追いかけてきているのを知ると、射程距離に入らないよう全力でとにかく疾走した。……何だよ、楽勝じゃん、俺だって出来ない事もないんだ――そうだ、あの頃、何も怖いものなんて無かったじゃないか。

 早く走れば走るほど、一人で違う世界へ行ける気がした。けど、いつからかそれが苦痛になり始めたのっていつだっただろうか?――そんな風にユウは回想する。否、苦痛というよりも、只自分ががむしゃらに走っているのは何かから逃げたいのではないかと。無心で駆け抜けていれば、何も考えずに済む。辛いこと、嫌なこと、痛いことも。ユウは大切な人の顔を交互に思い浮かべて行く。

――ミイも、ノラも、石丸も、ヤブも、ヒロシくんも。母さん、父さん(……息子びいきに見ても駄目な男だけど)、ばあちゃん(ムカついて仕方ないけどやっぱ大切な家族だ)、透子……次々に浮かんではこれまで自分が救われてきた事を思い出した。

 じゃあ次は、自分が何かを救うべきだ。そして今度は逃げるために走るのではない、救うために走る!――なんてかっこいいじゃないか、そりゃあヒロシのようにあんな大それた事が出来るわけではないかもしれないが……

prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -