ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 09-5.ふたりの再会


 ヒロシが、涙を堪えて、精いっぱい強いて作ったように笑顔を浮かべた。

「アーサーが、僕の本当の父さんなんでしょ?」
「……どうして」
「確信は無かったけれど、ずっと前から……思ってたんだ。きっと、この人が本当の父さんなんじゃないかって。気付き始めた理由はどれもくだらない事ばかりだ、両親以外には教えていない筈の僕の好き嫌いを知っていたり、とか、幼い頃父さんが僕を抱き締めるのと同じように抱きしめてくれた気がしたり――とか……」

 言いながらなけなしの笑顔を取り繕うヒロシに、アーサーはしばし言葉を失ったようだった。

「つまらない理由だろ?……でも。でも、僕にとってはそうじゃなかった……」
「――……」

 アーサーの目尻に刻まれた皺を伝い、涙がとめどなく溢れて来るのが分かった。刻一刻と最期の時の迫るその身体は奇妙になくらいに指先までもが冷たく、だが同時に不思議と熱っぽくもあった。それでアーサーは、自分の身体から意識そのものが離れていこうとしているのを十分に悟った。

 このまま何も告げずに、静かに消える事を選んでいた筈の心の隙間に、音もなく入り込む感情があった。ヒロシのその言葉が、急速に沈みかけていた自分の意識にもう少しだけ時間を与えてくれる。ならばせめて、その時間が許す限りに……どうしても、謝りたかった。

 アーサーは自身の手を掴んでいるヒロシの手を強く、残る力で握り返した。

「すまない。私は、お前たちを守る為にと、何一つとして……お前達二人に何もしてやれなかった。何も……」
「ううん。アーサーは、父さんは……ずっと傍にいてくれたじゃないか……? それだけで十分だったんだ、僕は」
「……」
「毎年僕の誕生日だって覚えていてくれただろう……それも嬉しかったよ」

 不思議だった、自分は死にかけているのに何故だか幸福な気持ちになった。ヒロシは伏せていた視線を少し持ち上げると、祈りを捧げる様に小さな声で呟いた。

「せめて、最後くらいは名前で呼んでほしいんだ。僕の事」

 残る力を総動員させて、ああ、とアーサーが囁くように呟いた。

「お、大きくなったな、ヒロシ」

――駄目な父親で許してくれ、幼い頃からずっと寂しい思いばかりさせてきて。お前だけじゃ無い、まりあだってそうさ。そして、無理を言って離縁した妻にも同じ思いをさせた。他にも謝罪したい事はそれはそれはたくさんあるのだが――、とアーサーはぎゅっと目をつむる。
――だけどもヒロシ、自分勝手かもしれないがお前がそうやって私に笑顔を向けてくれるたび、私は少しだけ救われていたんだよ。そしてお前の成長を少しずつ、見守って行けるのが本当に嬉しかった。

 最後まで見届けられないのが残念だが、こんなにも立派になった我が子に父と呼ばれるだけでも、胸が震える思いがした。

「――ヒロシ。少しだけでいい、抱き締め、させてくれ」
「……うん」

 本当に僅かな、短い間だけの抱擁だった。二人が初めて交わす、親子としての、そして家族としての最初の抱擁だった。……そしてそれは同時に最後でもあった。
 
 ふと、そんな場面を静かに見守っていたノラだったが……アーサーの右腕をちら、と見つめた。その視線と表情を汲み取ったようにアーサーがそんなノラを見た。

「……」
「や、あ、ノラくん。息子を、――どうも」
「――ああ」

 アーサーが途切れ途切れの言葉で挨拶するとすぐさま言葉を紡いだ。

「早速、で、悪い。君の思っている、通りだ。約束通りに……私の頭を撃て」

 脈絡なく発されたその言葉に、流れていた涙も思わず引っ込んでしまう。

「……な……」

 言葉を詰まらせて、ヒロシはレンズの向こう側で目を丸くさせた。続いて振り返ると、ノラがオートマチック式の拳銃を抜きだして両手で構えて照準を合わせている。……自分の記憶が正しければ、確かこの拳銃は自害用だと言っていなかったか? つまり、それは、それが意味する事は――。

「ま、待ってくれ! どういう事だよ……っ、それ」

 悲痛なヒロシの叫びに躊躇なくその銃口を向けていたノラの表情にちらと感傷めいたものが走った。が、すぐに持ち直したようにその銃口を再び向ける。

「――すまないな、ヒロシ。さっき、押し入ってきた連中に、うっかり頭部を取り損ねたのがいて、な。私とした事が、右腕を、噛まれた」

 たどたどしく吐き出された言葉に、アーサーの命はもうほとんど砂粒くらいにしか残されていないのだと感じた。アーサーは弱弱しく笑い、噛まれたのであろうその腕の傷をそっと見せた。

「……このままでは私もあの歩き回る死体になる。それだけはごめんだから、な、」
「だからって……だ、駄目だ、駄目だ――おい止めろ、撃つなッ!」

 慌てた様子で腰を上げたヒロシが、すかさずアーサーの前に庇うようにして立つ。珍しく取り乱したその姿にノラも少々驚きはしたものの、すぐさま戦場での彼の顔つきに戻って照準を向けた。

「……いくらヒロシちゃんの頼みでもそれはちと聞けないかな。だってそういう約束だったんだもの。……ヒロシちゃん、当たると痛いよこの弾。例え君が盾代わりになろうと、貫通してお父さんに当たるワケだけど?」

 半ば冷酷とも言える言い草に聞こえたが、得てしてその冷酷さが無ければ立派な戦士にはなれない。何とも残酷なものである……ヒロシは奥歯を噛み締めると、負けじと感情的に叫んだのであった。

「――ふざけろ! だったら僕はお前を撃つ、お前が引き金を引く前に!」

 泣き叫びながらヒロシは自分も拳銃をノラに向ける。




この辺りも結構違うなぁ。
ノラが割りとこう酷いというか無理して酷い感じというか。
そういう意味ではノラ君って戦士向きだよね。
あんまり躊躇がないです


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