▼ 09-6.ふたりの再会
それでもノラは泣き笑いに近いような、どこか苦々しい顔をさせてから言った。
「……いい子だからさ。頼むよ、ホントに――言う事聞いてくれよ、俺だって本意じゃない」
語尾の方がほとんどもう掠れたような声になっているのが分かり、ヒロシもヒロシでやるせないような感情に苛まれてしまう。
「どうしても殺さなくちゃいけないのか?――そうだ、なあ……別の方法だってあるかもしれない。か、隔離するとか……」
「ヒロシ」
背後でアーサーの声がした。
「……駄目だ。駄目だよ、死んじゃ嫌だよ――父さん、まりあだって帰ってきた。やっとこれからみんなで暮らせるのに」
「ヒロシ、私は今までだって、お前にそういう教育を施してきた。お前だって、状況が違うだけで容赦なく色んな人間に引き金を引いて来たはずだ。違うか?」
「けど、」
逆さまになった砂時計に残っているのは、もうほとんどこびりついただけの砂粒。一刻の猶予も、残されてはいない――「だから頼む」とその視線が訴える。
「――ヒロシちゃん」
「うるさい……うるさい、うるさい! お前に、お前に何が分かるんだ……」
ヒロシは涙に声を涸らしながら何度も首を横に振った。
「分かるよ……全部分かってる」
ノラもノラで、泣きたいのを堪えているようだった。やりきれない、どうしようもない、そんなやるせない感情ばかりに打ちひしがれる様な顔をしてノラは眉間に皺を寄せる。
ヒロシは構えていたその銃口を、ようやくのように降ろした。振り切るようにしてその銃を横手に放り投げると、ジェリコ941が壁にぶつかって跳ねかえった。
「……ごめんよ」
それは一体誰に向けられた謝罪の言葉なのか分からなかったが、ノラは悲しそうに笑った。
「辛かったら外出ててもいいよ」
ノラの申し出をヒロシは一つ首を振って断った。
「一つだけ、いいでしょうか」
やはりまだ決めかねているのか歯切れの悪い言い方をしてヒロシが問い掛ける。
「いいかどうかは内容による……かな」
「僕に引き金を引かせてほしい」
さすがにそれは拒否するかな、と思ったがノラはあっさりそれを了承した。いいよ、とだけ言い、ノラはその銃をちょっとだけ笑顔を浮かべつつ差し出した。
「ありがとう、ございます」
ヒロシが少しだけ微笑んで見せ、ノラの手からそれを受け取る。グリップを握り締めると、ヒロシはアーサーの方へと、向き直った。
「――いい子だ」
その口調は親から子へと向ける、実に慈愛に満ちたものだった。それを受けてヒロシも無理して笑って見せた。いつも通り、彼がアーサーへと向けていた笑顔と何ら変わりの無いものだったがとても悲しい笑顔だった。背中を向けるノラに向かい、アーサーが続けた。
「……息子を頼むよ」
「……」
天井を仰ぎながらノラは背中を向けたままで何度か頷いた。誰に向けられたものとも分からぬアーサーの言葉が続いた。
「人は愚かだ。愚かだが愛おしい――だからこそ、私は人として死にたい」
もう、十分だった。少なくとも自分は一人で死ぬのではない……、何よりも愛する我が子に見守られながら逝けるのだから。その事実が何よりも、これから死にゆく自分をひどく安堵させていた。
ヒロシがそのトリガーにかけた指を引き絞るその瞬間にこそ、躊躇いはほとんど無かった。その時には涙も引いていて、ヒロシもまた安らかな面持ちでいた。そんな自分を冷酷だと思うのと同時にこれが強くなると言う事なのかもしれない、と割り切っている自分もいた。
――今しがた撃ったばかりの銃口からは白煙が立ちこめている。ヒロシは少しだけ上を向いてから、鼻を啜った。
「ヒロシちゃん」
ノラがぽつりと呟いた。
「……」
「俺の事……殴ってもいいよ」
「――何故に?」
「……多少は俺のせいだという自覚もあるから」
「……」
ややあってから、ヒロシは壁に手を突きながら答えた。
「何故そう思うんです?」
「俺が面倒な事に巻きこまなければ、ヒロシちゃんはもしかしたらもう少し早くここにいて、お父さんと戦えていたかもしれない、から……」
ノラががっくりと頭を垂れながらそう呟いた。
「馬鹿言わないで下さいよ。……いくら僕でもそこまで子どもみたいに屁理屈ごねたりはしません」
「そっか……」
ノラが立ち上がると、膝を突いたまま俯いているヒロシの傍にまで歩いた。
「ごめんよ」
項垂れたままのヒロシの首元に腕を滑り込ませると、ノラがそのまましっかりと抱きしめる。
「……ごめん、ほんっとごめん……ごめん、ごめん、ごめん」
「――」
唇を噛んでヒロシはまたさめざめと、声を上げずに泣き始めた。
初版ではもう少しうろたえてたヒロシだけど
まだプライドを捨て切れなくてちょっと
かっこつけたよーな崩れ方にしました。
ノラも酷い事言ってからのデレがでかくなったような?
アーサーも遺言っつーかちょっと喋るシーン増えたね。
ちょっと喋りすぎたかなーと思いつつ
もう少し情緒が欲しかったんだ……ウン
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