▼ 09-3.ふたりの再会
しかしまあ、そんな事を口に出すのはちょっと今はやめておくべきだろう。
「助け?」
聞き返す男に、ミイが小刻みに頷いてからもう一度口を開いた。
「何十体……いやそれ以上のゾンビでもたった一人でものの数分あれば片付けられるような、嘘みたいな奴らですよ」
「……信じていいの、そんなガキの空想みたいな話?」
赤ん坊を抱えた、まだ若そうなママが訝るようにな眼差しをぶつけてくる。その反応は当然のものだと思えたので、ミイもユウも反論はしない。
「さっきも言ったように強制はしないです、でも俺は――可能性があるのなら、最後までやってみたい。それと、死ぬのなら人間として死にたいんです。恥のないように」
ざわつく避難所内だったが、先程の逞しい身体つきの男とその仲間団体はミイの案に乗っかる、といった具合であった。快諾という表情は浮かべなかったが、それぞれ黙って武器に手を伸ばし始めた。
「おい、兄ちゃん。使い方教えろや」
それから武器を持った男に振られ、ミイが少しばかり笑顔を浮かべた。
「……外で俺の時間稼ぎに手を貸してくれる人間は集まってくれ、それから……中で避難する人間も常に動けるように準備だけは怠らないで――」
ふと、戦える人間を集めているその輪に向かって歩いてくる影が一人。
つかつかと向かってきたその人物は、スっと並べられた武器に手を伸ばしたのだった。それに気が付いたユウがはたと目をやれば、伸ばされた腕が雄々しい男のそれでは無くほっそりとした生白い華奢な腕だったので驚いた。
その腕が拾い上げるのは、身の丈がかなりある成人の男ですら使いこなすのが難しいとされるポンプアクション式のショットガンだったので二度驚いた。ショットガンを抱えながらうっすらとほほ笑むその女性と目が合った。女性は年齢だけなら結構いってそうにも見えるし見ようによっては若くも見える。童顔、というやつだ。
「――御機嫌よう」
「……あ、あなたは?」
女性が目配せするように再びユウを見て微笑んだ。女性はショットガンを脇腹に抱えて構える動作をしながらシミュレーションをしているようだった。人工的な色の入っていない黒髪は耳の下辺りで切り揃えられていて、その顔にはほとんど化粧っ気が無いように見える。やや太めではっきりとした眉毛、閉じているとどこか猫っぽい口元、日本人らしくちょっと低めの鼻筋と丸顔がより一層幼さを引き立てている。
美人というよりは可愛らしい感じのする女性だが、そんな事よりも彼女の素性は何だろうか。――女性の顔を見ながら、ユウもミイも石丸もヤブも、どこか既視感を覚えるその雰囲気に目を細めるばかりだった。
「元は、陸軍所属なの。今は結婚して隊の事務員をやっていたのだけれども……色々あったからね、上司にイヤミ言われつつも何〜とかして長期の有休もらって、少しはゆっくりできるかなって思っていた矢先にコレだもの。私、大殺界なのよ今年〜」
その間延びした喋り方といい、時々へにゃっと崩れる口元といい。……いやはや、どこかで見覚えがあった。
「あの……」
不思議そうにミイが尋ねるが、女性は構わず胸元の開いていたジャージのジッパーを上までキュっと上げた。ニコっと微笑んでから女性は再びその口を開いた。
「……今の名前はね、門倉っていうの。神居くんって貴方ね? いつも息子が、お世話になってるみたいで〜」
門倉……かどくら? その四文字をそれぞれ脳内で思い浮かべてから、ようやく気がついた。本名で呼ばれるとすぐ出てこないもので困ったものである――女性がその『息子』そっくりのウインクを一つパチッとして見せた。
そして、再びその口元がよく見慣れたあの口元そっくりにへにゃっと開いた。
「ノラの……お、お母さん!?」
「そっ。まさかこーんなところで会えるなんて〜。まぁ〜。そっちはユウくん、石丸くん、ヤブくんね。みーんな知ってるわよ。何でもいいコばっかみたいね、いっつも息子から話は聞いてるわー」
何とまあ、若々しい母親だろうか……思わず自分の親と比べてしまうほどだ。ノラのそのどこか脱力した様な笑顔といい喋り方といい、母譲りらしい。彼女は身長はそう高くは無いしごくごく平均的な女性の身体付きなのだが――失礼だが、本当に自衛隊の前線で活躍していたのだろうか? 事務員だと言っていたし内勤で過酷な事はしていないのだろうが……。
「うふふ。今、頼りないって思った?」
「い、いえ、とんでも……」
「あらーあ。間違いよ。人を見かけで判断するのは間違いよ。あたし、とっても強いんだから〜」
「し、しかしノラのお母さん……」
「むーっ。その呼び方は止めて頂戴、おばさんよりはいいけど何か嫌なのー。……そうだわぁ、ヒトミ。ヒトミ、でいいわよ!」
そう言ってノラのお母さん、ことヒトミはまたぱちっとウインクを決めて微笑んだ。
「あ……は、はぁ」
「少なくとも足手まといにはならないわよ? 驚いちゃうんだから〜」
「そ、それは勿論。期待してます」
ミイが会釈しながら返すとヒトミは納得したようにうんうんと頷いた。
「の、ノラの母ちゃん初めて見たけど若っけぇなオイ……」
ユウと石丸がこそこそと耳打ちをし始めた。
「う、うん……ていうか顔と喋り方があのまんまと言うか……」
何気に初めて見る彼の母親の顔に、驚きも隠せないがとにかくだ。ミイは脱線しそうになったがすぐに軌道修正させつつまた指示を出し始めた。
「――あっと……それと……小さな子、女性や老人、怪我人、病人は必ず固まって、パニックを起こさないように。ゾンビどもは上には率先的に昇ってこないとの情報もあるから子ども達から優先的に、上の階に避難させよう。誰か引率出来る人間が欲しい」
「だったら私が! 私はここ学校の教師です。内部の作りも分かっていますっ!」
「……よし」
言ってミイが頷く。
「こんな事は言いたくないけれど……、もし俺達がここを守り切れなかった時は」
ミイは拳銃一つとマガジンを取り出して教師と名乗る女性にそれを手渡した。
「子ども達や皆を連れて、脱出してくれ……何とか逃げ出せる時間が作れるくらいには、俺達もギリギリまで頑張るよ」
女性はそれを受け取って唇を噛み締めると、真剣なまなざしで頷いた。
「――よし……」
ミイは一旦そこで息継ぎをしてから、その手にあった刀の柄を強く握りしめた。
「みんな、少しだけだが聞いて欲しい!」
再びミイの方に皆の視線が注がれる。
「……生き残るんだ、何が何でも。諦めて悲観的にはなるな……絶対に助かる。少し持ちこたえるだけだ、難しく考える必要はない――只生き残るだけでいいんだよ。ほんの数分だけでいい!」
ミイは皆を落ち着けるようにそう叫ぶと、さっきまでは震えるばかりだった避難者達も連なるように立ち上がっていた。皆おめおめと殺されるばかりを待っていられるものか、という思いは同じなのだろう。それまではどこか引け腰気味にこの騒ぎを遠巻きに見ていた者達もいつしか集まってきているのが分かった。
ミイの叱咤に激励されたよう、大きく頷く者もいれば、その説得に感化されたのか熱意の篭った眼差しを向ける者もいる。――少なくとも、さっきまでの悲観的なムードはもうそこにはなかった。
「み、ミイ……!」
思わずユウが笑顔交じりに、ミイの横顔を見つめた。ミイはああ、とだけ小さく呟いて頷いた。
――ああ、ミイは、さ。男の俺から見ても、かっこいいよ……ほんとに……
それはユウの贔屓目に基づくものだったかもしれないがまあとにかくとして。ミイの、勇敢なその横顔を見つめてユウは強く思うのだった。
ノラママことヒトミちゃんは
池脇千鶴みたいな童顔ロリ声三十代希望。
でもおっぱいはでかいみたいな。
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