ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 04-1.死にたくない


「あたしはこんな油くどいもの食べれないんだよ。お医者さんから止められてるんだ。美津代ちゃん、さてはあたしを殺す気かね」

――うわ。まぁた始まったよ

 祖母の母いびりには毎度嫌になる。ユウは聞かないふりをしながらリビングの前を通り過ぎ、二階の自室へと向かう。

「毎晩おかずには刺し身を出してほしいって言っただろう。じいさんとの思い出の食事なんだよ……あれを毎日食べることがじいさんへの供養になるんだ……天国でじいさんも浮かばれないって悲しんでるよ……」

 あぁ本当に嫌になる、嫌になる……呪詛のようにぶつぶつと繰り返しながらユウは部屋の戸を開けた。こんな時、父は部屋の隅っこで小さくなるばかりで何の役にも立たない。
 実の親に何も言えないのだ、情けない――元々気弱だった父だが、浮気(これについての詳細はあまり知りたくなくて聞かなかったのだが)がばれていっそう貧弱になってしまった。もはや一家の大黒柱の威厳なんてものは霞んで見える。そして意地悪な祖母さんにあれこれ言われて何も言い返さない母も母だとユウは思う。
 ユウは部屋に入るなりベッドの上に寝転がり、音楽プレーヤーを再生し始める。再生回数の多い、お気に入りの音楽を聞きながらユウは読みかけの漫画を手に取った。


『走ってる時のユウってさ、カッコイイよね。凄い前向きな感じがしてさ』
『そうかなぁ?……って、それ以外はかっこよくないの?』
『あはは。……う〜ん、どうだろ。でもあたしは走ってる時のユウが好きかな!』


 そこまでを回想してユウはぎゅっと目を閉じる。


『だからさ、もう一度走ってよ』
『……考えとく』


――ああ、俺達ってずっとつかず離れずだったな。今思うと。記憶の中で、透子はいつまでも笑っている。お互い、異性として意識してるとかは全く無かったみたいだけど


――ああ、でも俺の方はちょっとだけ、ほんの少しだけど君に惚れていたよ……今更言ったって、遅いんだけどね。

 ユウはどこへ向けるでも無い虚ろな笑顔を口元に浮かべて、それからほんのちょっとだけ泣いた。ヘッドホンを外してユウはリビングへと降りる。祖母は先に夕食を済ませている。それから祖母は風呂に入って、大体九時前にはさっさと寝てしまう。

「おかえり、ユウ。……帰ったのなら、顔くらい見せなさい」

 父が新聞から顔を覗かせて小さな声で言った。返事はしないでユウは食卓の席に腰掛けた。

「ユウ、悪いんだけどおかず運ぶの手伝って」

 無言のままでユウは席を立ちあがると言われた通りに皿を運び始めた。

「ねえユウ、最近帰るの遅いわねーアンタ。部活辞めたのに。どうして?」

 母は悪気は決してないのだろうがその言い草に少しカチンと来てしまった。

「……辞めたくて辞めたわけじゃないし……」
「……? どうして怒るのよ。母さん悪い意味でそんな事言った訳じゃないのに……で、何で帰るの遅いの?」

 母には本当に悪気はなかったんだろうが、ユウは露骨にむっとしたままだった。ぶすくれたままでユウが不承不承、といった感じで答え始めた。

「ミイ達と遊んでるから」
「神居くん? あとは?」
「――何でそんな事聞くの?」
「何かあったら連絡しなくちゃいけないでしょう。誰と会っているのか把握しておかなきゃ」
「ノラとヤブと石丸」

 何故か苛々が収まらず、ユウはつっけんどんな言い方で返してしまう。

「ちょっと、何そんなに怒ってるの?」
「別に、怒って無いし」
「怒ってるじゃない……そんな言い方して」
「だから怒ってねえってば」

 つい語尾を荒げながら言うが、父はやはり新聞にばかり目を通しているだけで見て見ぬふりであった。我ながら情けない親父だ事……。

「まさか部活の事、言ったから?」

 母の何かを窺い見るようなその視線からその台詞に無数の意味を感じ取ってしまった。ユウは脳裏にふっと透子の笑顔がよぎってしまい、益々かっとなっていくのが分かる。

「関係ねえよ。別にさ。いい加減しつこいよ。もういい、ご飯いらないから」
「ちょっとユウ、あのねぇいらないって……」
「いらんもんはいらん!」

 自分でもここまで言う必要があるのか不思議なくらいに、ユウの怒りは収まらなかった。母親に当り散らしなどしても何の意味など無いのに……ユウはわざと音を立てながら椅子から立ち上がる。

「どこ行くの!?」
「どこだっていいじゃん! もういちいち干渉しないでくれよ……ほっといてくれ」

 ユウは顧みる事もせずにリビングから夢中で飛び出すと、ふと目に付いた祖母の部屋に向かって一度唾を吐いた。誰の目から見ても分かるが、それはもう完全な八つ当たりだった。それでちょっとだけムカつきは収まったが、今度は逆に虚しくなってきて、やっぱりその不満は堂々巡りなのであった。

――クソババア!

 幼稚な罵り言葉だったが、言わずにはいられなかった。勿論、それは心の中だけに留まっちゃいたのだが。そうやって心のうちで悪態をつきながら、ユウは手短な靴を履くと、それから玄関の戸を開けて外へと飛び出したのだった。

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