ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 03-2.悪意が来りて笛を吹く

 それが普通と明らかに違う事なんだと気付いたのは、小学校の頃、乱暴な上級生に絡まれたためにちょっと……いやいや、今思うとかなり手酷くやり返してしまった出来事からだった。その上級生は大柄で、怒ると大人でも手がつけられないくらいに暴れまわり、すぐに物を壊したり振り回したりして周囲を困らせていた。

 彼がヒロシに目をつけた理由というのは、運動会でヒロシが目立っていたためだと言う。個人走でも一位、騎馬戦でも一位、リレーでも一位……体育館裏にヒロシを呼びだした彼は、手にしていたバットでいきなり殴りかかってきたのだ。ほとんど一方的に、普通の人間、それも小学生くらいの無防備な子どもであれば一瞬のうちにその一撃の餌食となっていただろうに。

――が、『普通じゃない』ヒロシはそうはならなかった。

 ヒロシには簡単にその軌道が読めたので、当たる事は一度も無かった。しかしそれに腹を立てたのか顔を真っ赤にしながら彼は向かってきた。怒りによって我を見失っているせいで、その素振りはさっきまでのような『ちょっと脅してやる』レベルではなかった。ほとんど殺しにかかっている勢いだったのだが、まあそれも難なくかわせた……――純粋に驚いていた。
 同時に父の教えが自分の身体にしっかりと継がれている事に血が騒いだ。

「……泣かしてやる!」

 怒りのあまりに最後のタガも外れて、理性なんぞとうに吹き飛び……後先の事なんか考えずに彼はバットを振り下ろす。命中すれば病院行きは間逃れない。それどころか下手すればあの世行きだ……だがそんな次の瞬間にさえヒロシは笑っていた。心の底から、楽しくて仕方がないのだった。その明らかな殺意の(という言い方はやや大げさかもしれないが子どもならではの無邪気さはかくも恐ろしいものだ)込められたバットの一振りもスローモーションに映った。

「ええい、くそ!」

 悔しそうな叫び声を背後に受け、ヒロシは振り返る。向き直るや否やヒロシは彼のその膝裏めがけてつま先を伸ばした。完全に油断しきっていた彼は呆気なくバランスを崩し、半回転し、その場に尻餅をつく形で倒れた。

「この眼鏡やろ……」

 言いかけた彼の顎辺りめがけてヒロシは強烈な回し蹴りを食らわせたらしく、言葉になりきらないままで遮られてしまった。ゴツっと鈍い音と共に、鼻と、舌を噛んでしまったのであろう事で口から血を吹き出しながら地面にひれ伏した。……もはや快感だった。
 勝負は、実にあっさりとついてしまった。というよりも、ヒロシは完全にとどめを刺そうとしていた。ヒロシがバットを振り降ろそうとした矢先、教師陣達に止められてしまう形で終わったのだった。もちろんこっぴどく叱られた――そんな事をするために俺はお前を鍛えた訳じゃないんだと父に、今度は自分が死ぬほど殴られてしまった。それから、自分は大人しそうな顔をしているが切れると危ない奴……と認識されて友達らしい友達は出来なかった。そして、別にそれでも構わなかったのだけど。


 そこまでを思い返してヒロシはふっと現実に引き戻されたように、アーサーの方へ向き直った。

「やあ、ごめんよ。ちょっと考え事をしていたよ」
「いえいえ。……ところで坊ちゃん、もうそろそろ十八度目のお誕生日ですな。何か欲しいものはございませんか? と、お父様より伝言を授かっておりますが、いかがなものでしょう」

 ヒロシは壁に拳銃を戻した後、今度はあまり使った事の無いショットガンを手にしてみる。ポンプアクション式のショットガンで、あまり馴染みのない感触にヒロシは興味を示したようだった。

「……そうだな。そろそろ僕も真面目に将来を考えなきゃいけない歳だし、将来の伴侶探しにお洒落なスーツ、かな。シッカリとしたイタリア製のがいいな――あ、そうだ。靴と、お洒落なネクタイも欲しいな。……女の子はどうも足元まで見るらしいからね」

 ヒロシの言葉にアーサーは驚いたのか目を丸くしている。冷静沈着なアーサーが滅多には見せない驚きようだ。これにはヒロシもいよいよくすっと笑って見せた。

「冗談だよ、そんな事を僕が言うとでも思ったのかい? そうだなぁ、そろそろ僕専用に実用性の高いちゃんとした僕専用のアサルトライフルが一つ欲しいな。ハンドガンばかりは飽きてきたよ……と、するとベタだけどAK47辺りが理想的になるのかな、耐久性もあって火力もあるし。やっぱりここぞという時にきちんと作動してくれる相棒がいいね」

 いつもの調子に戻ってヒロシがそう言うとアーサーもようやく安堵した様な表情に戻って見せた。

「あぁ、何だ驚きました……何かおかしな物でも食べたのかと思いましたよ。まさか坊ちゃまの口から伴侶だなんて言葉が飛び出すとは……」
「失敬だな。僕だって一応男だよアーサー、ゆくゆくは好きな人の一人や二人くらいは出来たっておかしくないんじゃないかなぁ」
「……何年先の事でしょうねぇ」

 それぞれ武器を手にすると二人はトレーニングルームへと並んで歩いて行くのだった。

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