ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 04-2.死にたくない

 夜空がとても綺麗な日だ。ユウはこんな気分じゃない時にこの空を仰ぎたかった、と心底思うのだった。

「あーーーーっ、もう!」

自然と叫んでいた。ユウは行くアテも決めずにふらふらと歩き始めた。それと、こんな風にもやもやした時は決まって公園に向かう。何と言うか昔からの癖みたいなものだ。公園のブランコでユウはしばらくぼんやりと夜の空を楽しんでいた。星座なんて全然詳しくは無いが、とりあえずまあ、綺麗だった。

「ユウ?」
「あ……」

 顔を上げると、そこにはミイがいた。偶然公園の前を通りがかったミイだったが、こういう偶然は今までにも結構あったりする。ミイは家の手伝いの途中なのだろう、自転車を漕ぎながら彼は片手に岡持ちを持った状態である。相変わらず器用だなぁー、とユウはこっそり心のうちで感心しておいた。

「仕事中?」
「いんや、もう届け終えた」

 そう言ってミイは自転車を止めてユウの横までやってくる。それから隣のブランコに腰掛けると、ミイは大きくため息を吐いた。それで何をするのかと思えば、次に彼の起こした行動にユウは呆気に取られてしまう。

「え……っと、それ」
「ん? ああ……」

 ユウが驚いたのはミイのズボンから取り出された煙草だった。銘柄は『ラッキーストライク』で、それは確か石丸が吸っているのと同じものであった。その上、妙にミイは慣れた手つきで箱から煙草を一本取り出すと次いで火を点ける。火の点いたそれを吸い、ミイはふっと紫煙を吐き出した……似つかわしくない、似つかわしくなさ過ぎて……。

 唖然とその一連の動作を見守るユウへと視線を戻して、ミイがにっといたずらっぽく笑う。

「内緒な」
「い、いつから吸ってたんだよ?」
「結構最近……、だなぁ。石丸から一本もらったら、お、結構イケるなって」
「や、やめろよ早死にするぞッ! ていうか、優等生のスポーツマンが止せよなぁ! そんなのもしバレたりしたらお前っっ」

 焦った様子でユウがミイの腕を掴むとミイは煙を吐き出しながら愉快そうに笑った。

「ユウってお前ほんっと……あははっ。……まーまー、落ち着けって」
「け、けど……」

 ミイはまだおかしいのか笑いを堪え切れずにひとたび笑った。

「――あー、笑った。いやあ、俺もさ。一時は剣道部きっての天才なんていわれて剣聖とか何とか変なあだ名で呼ばれる事もあったけどさ。……何つうか、もう俺も限界かなーって」
「? スランプ?」
「まあ、うん。……それに、転校生。今日来たあいつ……俺、あいつ知ってんだ」
「え……嘘。ほんとに?」
「あいつ、有名なんだぜ。……俺が中学ん時かな? 俺と同じ一年なのに、今まで無名で突然のように予選勝ち上がってきた馬鹿みたいに強い奴がいるって騒ぎになっててさ……。俺も若かったからねー、それ聞いてどんな奴か顔拝んでみたくなって。んで、絶対に勝ってやるって意気込んでたんだけどさ」

 昔を懐かしむようにミイは少し笑いつつ遠くを見つめるような目をした。
 ユウは黙ってその続きに耳を傾けている。

「奴を探して会場内をうろうろしてたわけよ。で、その途中でトイレがしたくなって。たまたまフラフラっと近くにあったトイレに入ったらさ、何かスゲーのに揉めてる声がしたんだよ。何かなってそっと覗きこんだら、あいつがいたんだ」
「あの転校生……ぇえっと、九十九君、が?」
「そ。で、上級生たちに絡まれてたんだ。それもとびっきりガラの悪いのに。背丈も体格もごつーいの。大体五、六人はいたよ……そいつらに囲まれる形でさ。話を聞いてて、絡んでるのはどうも奴に負かされた相手校の先輩みたくてな。今思い返したらめちゃくちゃな因縁つけてたよ、どうせ反則したんだろとか、一服盛ったんだろ、みたいにさ」

 乾いた笑いを含ませながらミイが続けた。

「……でもアイツ、怯みもしなかった。俺なんてさ、全然当事者じゃないのにその迫力に気圧されてたんだぜ。びびって誰かを呼びに行くのも出来なかったし……。でも奴はたじろぐ事無く、襲ってきた連中をあっという間に返り討ちさ。その時の光景ったらもう、無かったぜ」

 当時を思い返しているのかミイがそこでぶるっと一つ身震いをさせたのが分かった。

「そんであいつは当然出場停止くらってたよ、それでも平然としてたみたいけどな。……あいつをボコろとした相手は全員病院送りだったみたいでさ。俺は呆然とその光景を只見つめてたっけ……いや止めるなんて出来なかった。無理だよあんなの、おっかない」
「……」
「その時あいつと目が合ってさ。あいつ、目撃された事も何も感じてないみたいだった、まるでロボットみたいだったぜ? あん時のあいつの顔ったら。……思い出してもゾっとするんだ」

 そこまでを話し終えて、ミイはようやく何かから解放されでもしたみたいにまた大きくため息を吐いた。前髪に手をやりながら、そして何とも神経質そうにその髪の毛を掻いた。ユウはそんなミイに、ひとたび笑いかけた。

「な〜に、それ。怖いもの知らずのミイらしくないなぁー。そんなの」

 ミイの肩にそっと手を置きながらユウが励ますようにそう言った――そこで、ようやくのようにミイの顔にいつもの彼らしい屈託の無い笑顔が戻るのであった。ミイはにっと微笑みながらユウの手を掴み返して見せる。

「……そうだな。俺達、最強のユーミーコンビ、だもんな?」

 それを言われるとユウは何故か複雑そうに、うん、とだけ答えた。どこか浮かない彼の様子に、ミイはすぐに察知したよう付け加えた。

「ああ、ユウ。お前が陸上やめちまったからって俺はどうこう言わないよ。お前と俺はずっと最強のペア。……だろ?」

 少し照れ臭そうにミイが言ってのけるとユウも絆された様に、僅かに笑みを浮かべて見せた。今しがたユウの顔がどことなく沈んでいたのも、多分、そこに集約されてるんだろうなとミイはぼんやりと考えていた。

「……うん……、そうだね。ありがとう、ミイ。俺達いつまでも二人で一つ! だな。……あれ、何かちょっとクサイね」
「おいおい、なら励ました俺の立場はどうなるんだよ」
「あ、それもそーか」

 そこで二人の間に、自然と笑いが起きた。いつでも、どんな時であっても、二人はこんな調子で会話が進む。二人がハイタッチを交わし、それからしばらくの間夜空を観測し続けていた。




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