ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 07-6.虐殺ヒーロー


「ひひっ……イヒヒ」
「? 何ですかー、いきなり笑いだしてぇー」
 ルーシーが突然のように笑い声を上げ始める田所に尋ねる。

 笑うのを一旦止め、その瞳にちらと激しいものがかすめたかと思うと田所はずっとベレッタを水平に構える――逃げおおせるためにパニック状態になっている観客席めがけて、無言で発砲する。二、三発、乾いた音がして水平に構えられた銃から薬莢が飛ぶのが見えた。

「きゃあああああっ!」

 只でさえ騒がしくなっていた場内が益々混乱状態に陥る。脚を撃たれて苦痛の悲鳴を上げるのはこの争いには無関係の、市民のようである。

「ひひっ……これはお前らのせいだぞ、ルーシー・サルバトーレとやら。お前らのせいで流れた血だぞぉ〜。俺はもうだーれも信じない、教団だの、隊だの、知った事か。俺はもう辞める、ああ、辞める! 降りるぞ、降りるんだぞこんな事。そしてお前らもここにいる全員もぶっ殺して最終的にはお前らを雇ったあのガキと、教祖も殺す。おかしいか? おかしいだろ、おかしいよな」

 ヘラヘラと笑うその顔はまさに狂人と呼ぶに相応しいか……彼の自我は完全に失われた。いや、元より無かったと言うべきか、元々ねじ曲がっていた何かが一層ねじ曲がり、幾重にも重なって、ぐっっちゃぐちゃのドロドロに溶けた。

 彼を咎めていたものは今や無く、田所の中にあるのは復讐心のみだ。

「……いや全然」

 だが、ルーシーは顔色一つ変えずに彼の吹っ切れたそのザマを否定してしまうのでこれは余計に……。

「おかしいって言えよ! この! 笑いやがれボケぇッ!」

 撃たれるかと思ったが田所は再び逃げ惑う観客めがけて引き金を絞った。また一つ悲鳴が上がり、逃げ遅れていた市民が犠牲となる。撃たれた脚を抑えて民衆が悲痛な叫び声を上げている。

「ひひひ、ぜーんぶお前らのせいなんだ! いいかぁ、みんな死ぬぞ! 死ぬんだぞ! 全員ぶち殺す! だから必死に逃げまくれ! じゃなきゃ死ぬぞ、誰だか分からないくらいの状態になってから死ぬんだぞ〜! どうだっ、怖いかこのっ」
「――下衆な……」

 ルーシーが冷たく見下ろすような視線で囁くと手にしていた釵をバックスピンさせて柄を構え直した。

 背後から襲いかかってきた敵を、振り返ることすら無く裏拳でねじ伏せる。反対側から警棒を振りかざして来た奴も同じで、肘鉄を食らって沈んだ。もはや戦意喪失しているものもいた。壁の端に寄って身を縮ませながら情けない悲鳴を上げている者や尻餅姿勢のまま逃げる者、あるいは四つん這いで逃げる者。そんな彼らには目もくれずにルーシーは田所目がけて歩み始める。

 しかしそれを庇うように現れるのは、まだかろうじて戦う意志のある別の兵士たちだった。

「――どけ!」

 ルーシーは向かってきた連中の腹に膝蹴りを食らわせると、倒れた彼らの上を颯爽と跨いでいく。次いで向かってきたのは本物なのかそれとも安物のそれかは分からないが刀を構えた兵士が叫びながら特攻してくるが、それにもルーシーは大した応戦姿勢すら取らない。
 進路に立つ彼めがけて軽く右手の釵を振るうと、構えていた刃の部分が見事に真っ二つに割れて吹っ飛んだ。

「いいっ!?」

 刃の半分がへし折られた無残な刀を見つめて兵士が間抜けな声を出すがルーシーはそんな彼の肩を突き飛ばして田所を目指すのみである。何度殴られようと果敢にも立ち向かう兵士たちはいるものの、ルーシーに相手されている者など誰一人いないようであった……。

「グヒヒヒ! 恨むんならあいつを恨めっ!」

 田所が観客席で下卑た笑い声を上げながら暴れているのが見えた。田所は泣き叫ぶ女性の髪の毛を背後から引っ張って、そのこめかみに銃口をこれでもかと押しつけている。
 ルーシーは右手の釵を田所目がけてぶん投げた。距離はそれなりにあったのだが見事に彼の腕に命中したらしい。がいんっ、と鈍い音がして彼は手首を押さえてその場にうずくまった。
 

 女性が絶叫してその場から走り出していくのが見えた。田所は弾みで落したベレッタを探し、ようやく見つけたそれに手を伸ばす。が、その手を無慈悲に踏みつけるのはコスプレめいちゃいるが高級そうな素材のブーツだった。

「ふざけるのはそこまでにしてもらいましょうか、オジサン。いい加減不愉快なんだよね、こっちも。おちょくられてばかりだと」

 ルーシーが田所を見下ろしながら囁いた。躊躇いも無く踏みつけて来るその足に、更に力がこもるのが分かった。短く呻き声を残しつつ、田所はそれでもなけなしのプライドかせせら笑うような調子を見せている。

「は、ハハ……ヒー……ヒッ。見渡してみろよ〜、おめえのせいで怪我人がこんなに出たぞ。関係の無い一般市民の血が流れたぞ。お前さっきあの小僧が直接手を下したか聞いていたが、これで既成事実が出来たじゃないか。あの小僧のせいで今しがたそこで呻いている市民が巻き込まれたんだ……ブヒッ」

 ヨダレと鼻水で顔面をぐしゃぐしゃにしている田所の襟をひっつかんで立たせるとルーシーは先程の釵を拾い上げた。

「……なぁ〜、お前さ。年齢いくつなの?」
「な、何だいきなり! 何故そんな事答えてやる義務が……」
「いくつ? ねえ、いくつなんですか。それくらい教えてくれてもいいでしょう? 言わないなら勝手に決めちゃいますけど。――んーと、……四十八くらい? 面倒だから四捨五入して五十でいいですよね、もう」
「だからそれが一体何だってい……」
「はい、いーち」

 食ってかかろうとしたまさにその瞬間に、こめかみをガッ! と乱暴に掴まれたかと思うと、そのまま背後の壁に後頭部をぶつけられた。

「二、三……」

 続いてカウントダウンが読みあげられたかと思うと、繰り返し後頭部を殴打された。襲いかかってくる鈍い痛みと衝撃に思考が否応なしに停止させられてしまう。

「が、が……っ、き、貴様ぁ〜なななな何をしてくれ、」
「よーん」

 今度は両手で押さえ込まれて、ぶつけられた。どこかしら切ったのか生温かいものがドロっと滴ってくるのが分かった。歪む視界で正面のルーシーと目が合った。
 ルーシーは可笑しそうに笑いながら自分をいたぶっている。何がそんなに可笑しいんだ、俺は怪我してるんだぞ、貴様のせいで血が出たんだぞ! この代償は高くつくぞ――と、カッコ良く言いたいが声にならなかった。

「うぐ……ぐぐ、ほげ」
「五ッ! 六ッ! なな〜っ♪」

 頭を垂れていると、今度は歌うような調子と共に顔面を三発分殴られた。

「まだまだ終わらないよ。どう? 痛い? どんな気分? ほぉら八。八、八、八、八、八……はーちっ!」

 殴られるどころじゃ済まなかった。蹴られて踏まれて、またぶつけられて殴られて。田所は血まみれの顔面で、ルーシーを睨みつけた。

「ぐ……グソォ……ゆる、許さんぞぉぎざまっ、おんなじ目に合わせて……おぐぅ」
「フフ……許さなかったらどうするんです? 僕を殺します? どうぞどうぞ、やってみて下さい。さぁ、ほら」

 逃げ惑う群衆、交互に鳴り響くのは人々の悲鳴と銃声と、薬莢の落ちる音。キャメラマンは忙しなく走りまわり、パニックの場内を捉えている。ルーシー達の働きによってか戦意消失の末に武器を置いて降参のポーズをしている者、殴られて伸びている者でほとんど片付いたようであった。


「すげえ。あれだけの人数を……たったの……四人で」

 石丸が感嘆の声を上げた。

「何者だ、ありゃ?」
「ヒーローマン!!」

 見ていた子どもがいきなり立ち上がり、興奮気味に叫んだ。子どもの目はキラキラと輝いており、久しく見せていなかった笑顔すら浮かべている。

「ヒーローマンだよ! ヒーローマンが現れたんだ!! すっげーーーー!!! カッケー!!!!」
「何、それ?」

 石丸が目を丸くして尋ねると子どもがキラキラ仕様のカードを見せてくれた。どうも人気子供向けアニメのキャラクターだと言う事は分かった……。マントをはためかせるイケメンキャラがヒーローポーズを決めて写されているのだった。

 田所は常人ならば立っているのも苦痛なほどに暴行を受けたが、それでも意識を失わなかった。元より痛みには強い方であったしそれに……――そして、笑った。確かに田所の口元がにっと笑みの形を作ったのだ。さも意味ありげに。ルーシーもそれに気付かなかったわけではないが、どうでも良かった。

「……貴様、俺に盾突いたな。しし・死ぬぞ! この屈辱への代償はお前の命を持ってしても生温いんだぁ!」
「はい?」
「だから貴様は死ぬと言う!」

 田所が血まみれの顔で笑いながらルーシーを指差して叫んだ。

「お前は死ぬ! 俺をこんな目に合わせたお前は死ぬ! ここで死ぬ! ヒャハハハハ! 今更謝ろうと許さん、貴様は全身バランバランになって跡形も残らず消えるんだーッ! バッキャロー、訴えてやる! 民事じゃ済まさねー!」
「ん〜……と? よく分かりませんねえ……今まで気の触れた方は何人も見てきましたが、貴方みたいなのは何だか初めてかもしれません」

 ルーシーは小首を傾げながら不思議そうに呟いた。と、いきなり雄叫びを上げながら走ってくる影があった。そのまま影は覆いかぶさるようにルーシーの背後へと飛び付いた。

「!?」
「ひひ、暴れない方がいいぞ。そいつが自爆したらお前はそのままボン! だからな」
「ああ。そう言う事でした、か……」

 ルーシーはさして興味も無さそうに背中にしがみついた、自爆要員の姿をちら、と見て呟いた。

「ルーシー!!」

 ミツヒロが遠くから叫ぶが、近づこうにも近づけない。ミツヒロが少しでも迫ろうとするのを、手榴弾を抱えた爆弾男は目ざとく見つめた。

「……なーに冷静なフリしてやがんだよ。んひひ、怖いんだろ? ええ、おい」

 田所がにやつきながらその場から壁を背によろよろと立ち上がる。

「ちっとは震えて命乞いしろよ。ぶるぶるぶるぶる子羊みたいに震えて泣けよ。あ? おい。怖いか? どうだ? あと少しで全身砕け散って死ぬってのはどんな気分だ? ションベンちびりそうだろ〜」
「さぁねえ。僕は毎日死ぬ事を仮定して生きてますから、何とも」
「――強がってんじゃねえ! 粉微塵に吹き飛ぶんだよテメーは! 肉片くらいは後で回収しにきてやるよ! おい、そうだ、命乞いしてみろ。全力で俺に向かって命乞いをしてみろよ! この俺を敬え、ゆくゆくはこの世の支配者になる俺をな。泣きながら俺に媚びへつらうってんなら考えてやらなくもないぞ? ん?」

 さぞかし楽しそうに田所がルーシーに問いかけるが、ルーシーは自分の身の心配よりも爪の間に挟まったゴミを気にしているようだった。やがて面倒くさそうに顔を持ち上げてからルーシーが呟いた。

「……すいません、粉微塵に……の辺りから聞いてなかったんで初めっから言ってもらっていいですか?」

 田所の頬のあたりがひくひくと痙攣したがすぐに邪悪な笑顔を浮かべた。

「よし、殺せ。……おいヨシオカ、車の準備整ったな」
「はっ。いつでも発進準備可能です!」
「と、まあそういう訳だ。俺は今から逃げる。で、お前らの仕事は達成できなかったって訳だ。残念でした! おつかれちゃーんっ!」

 田所が勝ち誇ったように高らかに笑って見せた。
 ミツヒロが舌打ちしながらライフルを構えるが器用にかわして田所とヨシオカは背を向けて逃走を始めた。

「そ、そんな……」

 まりあが掠れた声を上げる。ミツヒロが眉間に皺を寄せて、爆弾を抱えた兵士に銃を向けるとたしなめるように呼びかけた。

「おい、お前! そこの爆弾男!……悪い事は言わねえ。お、お前だって死にたくないだろ……? ほら、あのアホはもう逃げた。もうあいつに従う必要なんて無い、だから」

 間違っても刺激しないように、極力落ち着けるような、優しい調子でミツヒロが言うのだが、ルーシーにしがみついたままの兵士は返事するよりもまず不気味に笑った。

「何言ってるんですかァ……私が命を捧げるのはあんな腰抜けの為じゃないですよ。偉大なるジークフリード様の為、ですから」
「だっ……だからそいつは単なる人殺しだ! 見ただろ、お前の仲間が利用された挙句使い捨てられていったのを……」
「それも全て必要な犠牲であったのだと私は思ってますしね。くく、そろそろ一緒に逝きましょうか、ルーシーさんとやら?」

 兵士が再び気味悪く笑むと、手にしていた手榴弾のピンに手を掛けた。その間にもルーシーは相変わらず無表情のまま、只静かにその運命を受け入れているかのようであった。暴れもしないし命乞いする事もしない――生に執着しないコイツの事だ。そんな事する筈もない……時が来たらその時は、抗う事無く消えればいい。ルーシーとはそんな男だ、ああだからこそ……ミツヒロは惹かれていたのだ、そんな彼に。

 こんな時だろうと死ぬのを恐れ、躊躇して、足がすくんで動けない自分は何てザマだ、ミツヒロは唇を噛み締めた。

「洸倫教ばんざーい! ジークフリード様に栄えあれー!」

 狂乱に満ち溢れたけたたましい笑い声と、絶叫と共にピンが引き抜かれる。

「……! ルーシー、伏せろぉおおおっ!」

 ミツヒロが叫ぶのとほぼ同時に、爆発が起きた。足元から煽られるかの様な爆風と共にガラスが粉微塵に吹き飛び、白煙が立ち上った。爆音のせいで、聴力が一時的に失われた。音の失われた世界が、そこには広がった。

「そんな! な、ナオちゃんが……うそでしょ」

 リオがテレビを見て絶句する。震える唇を両手で押さえながらリオはテレビの向こうの状況を唖然と見つめた。その爆音のせいか、むっくりと起き上がった修一が何事かと見渡してテレビを覗きこんだ。

「しゅ、修一! 大変、ナオが……ナオちゃんがっ!」
「へ? な、ナオが……」

 夢から醒めて間もないのか状況もよく掴み切れていないままに修一がテレビを覗きこんだ。その映像に、修一が再びその場で気絶する。

「あ、また倒れた!」
「……ほっとけ、また起きる」



寺山修司の『田園に死す』、
もう何度目かわかんないくらいに
レンタルしまくってるので買った方がいいかもしんねぇ
これ好きな人は強烈に好きだろうな
この何かあるぞあるぞと思わせて多分何もないっていうw
アートですね。アート。
謎のメイクに謎のファッションに
そして全編通して謎のテンション。
とりあえず電波だしまくりで素敵っす。


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