▼ 07-5.虐殺ヒーロー
が、こいつがとにかく不愉快な、反吐にも劣る下衆野郎という事実だけはまりあ達にもよーく分かった。こんな奴に人権等存在しない。まりあはルーシー仕込みのマーシャルアーツで応戦の構えを見せる。男がひひっとしゃくりあげるように笑いまたナイフをべろんと舐めた。
キャラ作りの為なのかそれとも本心からなのか、男はきっと自分を偉大な存在だと勘違いでもしているに違いないのは確かだ。
いきなり、容赦なく襲ってきた男のナイフをまりあがさっと横にかわす。持ち前の運動神経の良さで、まりあはそのくらい屁でもなさそうであった。すぐさま、まりあの鮮やかな金髪が翻って揺れた。長いツインテールだったがゆえに、ナイフの切っ先が風を切るのと同時に彼女の金髪も少しだけ切ったみたいであったが――問題ではない。
男の不機嫌そうな舌打ちが聞こえて、まりあは勝ち誇ったように笑った。
「あんた、どぉせ抵抗できない相手にしかそんな事しないんでしょ? 鍛え方も考えてる事も違うのよ。それじゃあ私には一生勝てっこないんだから!」
にっこりとほほ笑むその笑顔の何たる愛らしい事か――美少女アイドル顔負けの、愛くるしいその微笑み。ここが争いの場じゃなければこんな風にほほ笑まれて不快に思う人間などいるものか。惜しまれるのはその状況だけだったろう。
だがこの状況において、男にはそれが挑発としか受け取れなかったらしい。実際まりあにとってはそうだったので異論は無いが。
「……お、女の分際で生意気抜かすな! 不愉快だ!」
そしてそんなまりあの挑発にあっさりと乗った男が、顔を真っ赤にして飛びかかる。ふっ、とまりあが余裕たっぷりの笑みで返した後、ルーシーから教わった後ろ回し蹴り決めてやろうと思い立つ。
小柄な相手が大きな相手を沈めるには、一発逆転を狙って後ろ回し蹴りだとルーシーは言っていた――翻る金色の典雅の舞、しなやかに円弧を描いてその「白い」を通り越して「青白い」とすら称される脚が加速と回転とを帯び、走ってきた男の腹めがけて、どすん! とめり込んだ。
会心のフィニッシュブローである。
「むんぎゅぅ」
派手に後ろに飛んだ男の身体は壁にぶつかってようやく止まった。だがまりあは容赦しない。
「……武器って言うのは力を持たない人間を傷つけるもんじゃないわ。これは兄上がよぉーく教えてくれた事なの」
まりあが腰に手を当てながら気絶寸前の男にずんずんと迫る。
男は目を白黒させ、酸素を欲する魚の如く口をぱくぱくさせながらぶつかったはずみで落したナイフを探して手をばたばたさせている。ようやく掴みかけたナイフだったがまりあのローファーの先に、あっさりと軽く蹴っ飛ばされてしまった。
「力を持たない人間を守り、助ける道具よ。おわかり? お兄さん」
「あふっ……ふんぐぐ」
「ばいばーい」
今度は顎に膝蹴りを食らわされた。ガスン、と重たい音ともに男の意識は事切れた。
――こ、こええ……
少し離れながらその様子を見守っていたミツヒロがマガジンを交換しながら恐れおののいていた。こっちの心配をよそに自分が出ていく必要などこれっぽちもいらなかったらしい。
「く、くそぉ待て! こンのガキちょこまかと……っ」
フジナミはフジナミでいつもの如くガキみたいに走りまわっている。何故こいつはいつも流れ弾に当たらないのか、全く不思議なものである……フジナミは消火器を撒き散らしてはしゃぎまわっているらしい。
でもルーシーのやっている事も
暴力でねじ伏せているのと一緒なので
あんまり正義とはいえないのね。
そこんところは強調すべき部分。
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