ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 06-5.敗者、完全復活戦


 ヒロシは彼が倒れ切るのを見届けてから、構えを解いた。

「――ちょっとだけ寝ててもらいますよ。軽い脳震盪だけで後は何もありませんから……」

 ヒロシは青年をトイレの個室へ引きずって隠しきると、彼の纏っていた制服を引っぺがした。さすがに何の罪も無い彼から全部を奪うのは可哀想だし上着と下と……ヘルメットも頂いておいた方が良さそうだ。
 奪い取った上着を羽織りかけた時、肩を掴まれた。

――まさに、今しがた自分がやったのと同じ状況じゃないか。そして何だって僕は個室の扉を閉め忘れた……不覚を取った

 自分自身の不覚に舌打ちしながらヒロシは肩に置かれた手を掴み返す、そのまま捻じり上げて背負い投げしてやろうと思ったのだが主の声によってそれは制止された。

「ちょちょちょ、ちょっ! タンマ! ターンマ! 痛いよ! 痛いってばヒロシちゃ……」
「あ」
「イテテテ……ッ、ほんっと容赦無いんだから……お〜。痛」

 緩んだヒロシの手から離れて行きながらノラが頭の上でホールドアップのポージングを決めている。

「あなたは……」
「迎えに来たよ、ヒロシちゃん。どおっ? 王子様っぽい登場?」

 そう言って白い歯を覗かせながらノラがにかっと笑った。

「……どこが」
「うわー、また派手にやって。しかし幸せそうな顔してんなコイツ、まさか顎打ち決めたか」
「ええ。延髄を狙うと、下手すると後遺症なんかが残りますからね。……首は大事な部分ですから」(※何にせよ良い子は真似しちゃいけません)
「おーこえこえっ。俺もやられねえよう気をつけなきゃな〜」

 そう言ってノラが大袈裟に身を竦ませながら言った。どことなく楽しそうに見えるのは、いつもの事なのであまり触れない。

「しかしまあヒロシちゃん、やらかしてくれるねえ君ってば」
「……僕の動きは完璧だった」
「あっそう。でもまあ、婦女暴行は良くないよヒロシちゃん。そーんなに溜まってたんなら俺が手伝ってあげたのに……って、うおおっ! あっぶねえ!」

 危うくのところで避けたが、ノラのすぐ後ろの壁が綺麗にへこんで潰れている。ヒロシは潰した壁から拳を戻すとまた殴るぞ、の構えを取る。目がめちゃくちゃ殺気立っていて、本気だ。超ガチだ。

「う、嘘嘘……なんちゃって冗談で〜す……や、ヤダなー、もう。冗談なのに!」
「次は外しませんよ」
「だからさあ、ジョークだってば! あぁッ、そんな事よりね、脱出! 脱出しようよ。うん、そうしよう」
「――それもそうですね。じゃあ、早速行きましょうか」
「ちょっと行くってそっちは……」
「外でしょう? ベランダを伝って行った方が安全だって先に言ったのは貴方でしょうに」

 そう言って悪びれる事も無くヒロシは背後の窓枠を指差した。これもまた冗談では無く、ガチ。いつでも本気の彼らしい発言だが。

「マジかよ……そりゃ無いぜぇ、ヒロシちゃん」
「大丈夫ですよ。それにここから例の車が駐車してあるスペースがすぐ見えるんです。こちらのほうが手間もかからなくていいかと」

 ヒロシが悪魔めいた笑みを浮かべている……ように見えた。何だか日頃の仕返しにあったような気がして、ノラが適わないなぁとばかりに苦笑しながら、その頭を抱えた。

「あ、そういえば。借りっぱなしでしたね、失礼」

 突如ヒロシが振り返ったかと思うと借りていた拳銃を取り出して突き返した。

「ありがとうございました」

 付け加えるように言ってから手にした銃を回転させて銃把の方を向ける。ノラがそれを受け取りながら尋ね返してきた。

「あ……それね。――使った?」
「? いえ。発砲していたらもっと大騒ぎになっているでしょう」
「そっか。それもそうだよね、んー。ごめん!」

 そう言ってへらっと破顔させながらノラはオートマ式の銃を受け取った。

「……。何故? 確かに貴方、その銃一度も使用してませんが。まあ必要が無いだけなのかもしれませんけれど手持無沙汰なのでは?」
「最終手段だよ、この銃は。基本最後まで使わない為のものだ。最悪の緊急事態まではな」

 ベルトに差し込んでからノラが身振り手振りを交えながら答える。

「最悪の事態になったらたった一丁の拳銃ではどうにもならない事の方が多いと思いますがね。それよりも消費を気にしなくて済む武器でも所持したほうがよっぽどいいかと思うんですけど」
「……そっちの状況よりもっと最悪な状況があんだろぉ。ほらぁっ」

 悟れよ、とでも言いたげな顔つきでノラに見つめられてヒロシはしばしの間眉根をひそめていたがすぐに彼が何を言いたいか分かった。

「自害用……ですか?」
「そ。……脳みそ撃ち抜かなきゃイカンのでしょ? だったらほら、ね。つうワケで自分で引き金ひくつもりではいるけどもし出来なかったらそん時はヒロシちゃんの手でひと思いに頼んだよ」
「縁起でもない。そんな事は実際になってから仰ってください」
「ははは。そりゃそーだ。けどいつ噛まれてもおかしくはないんだし早めに言っておいて越したことは無いでしょ? あ、逆にヒロシちゃんが噛まれても俺は容赦なく撃ってあげるからね。ヒロシちゃんがゾンビにでもなったら流石の俺の腕をもってしても手がつけられないもの〜」

 そう言って大げさに笑って見せながらノラがヒロシの肩を馴れ馴れしい感じで抱きしめた。ヒロシはいささか迷惑そうに、そのニヤニヤしたツラめがけて呟く。

「……Fuck you」

 恐らく完璧な発音だったように思う。吐き捨てるようにそう言われても、ノラはやっぱりどこ吹く風である。むしろ何だか嬉しそうにさえ見えるのは気のせいだろうか。

「おぉっとぉ。痺れるねえ、その言い方。えっ、なあに? ファックしたいのかな? 俺はいっつでも大歓迎よ〜、今からでも準備万端ですが。ってヒロシちゃんの初体験はトイレかー、それは酷い!」
「……ほざけ……。――今はいい、それよりもさっさと行きましょう」

 すぐに呆れたような返答が返って来た。今はいい、の部分にちょっと食いつきたくなったがノラはあえてか口に出さずにちょっとにやっとだけしておいた。それまでフレンドリーに組まれていた肩を突き飛ばすようにヒロシはさっさと窓に手をかけ始めた。


こんな高校生嫌だよねぇ(今更……)


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