ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 05-2.奪還かくれんぼ


「へー、戦闘服って動きやすく作られてるのね〜」

 変装用に用意された自衛隊の制服を着ながらまりあが感動の声を洩らしている。

「あーあ、あたしがもうちょっと背が伸びたらこれもかっこよく着こなせる女の人になれるのに! ねー、フジナミくん。もうちょっと待てばいいのかな?」
「あいー」

 フジナミの返事は何を意図しているものか分からなかったがまりあはこれを肯定されたものと受け取ったらしい。

「……どうあがいても貧乳の癖に」
「うっさいなー、寸足らず」

 寸足らずの言葉にピンと来なかったのかミツヒロは「あ?」と顔をしかめている。

「おちびさんって事ですよ」

 ルーシーが付け足すように言ってミツヒロの額をつんと軽い調子でつついた。

「うしし。ちっちゃいちっちゃーい! かわいいねぇ、かわいいねぇ」

 フジナミが囃し立てて来るのでミツヒロも流石にカチンと来て、その怒りの矛先は何故かまりあでなくフジナミへと向くのだった。胸倉を掴まれて揺さぶられても、当のフジナミはきゃっきゃと楽しそうにしている。

「さーてと。僕、生まれて初めて眼鏡をかけるよ」
「わー! 隊長、兄上の足元にも及びませんけどその髪型もとてもお似合いですっ! 年齢的に無理があるかと思いましたけど男子学生の服装も何とかギリギリのラインで着こなせてますよ」
「ありがとう、褒め言葉として受け取っておきます。……っと、これはまた……」

 初めての眼鏡に戸惑いを隠しきれないのかルーシーは端正な顔を歪めて不可解そうにしている。……度は入っていない筈なのだが、レンズ越しに見る世界というものに若干の違和感を覚えているのだろうか。

「どうでしょう? 似合いますか?」
「うわーっ! とても素敵です隊長、兄上には毛ほども適わないですけど!」
「しかし僕はこの学生服というものを着るのは人生において初めてなのですが……何とも窮屈な服装ですねえ、この詰襟というのがまた……」

 そう言ってルーシーは襟から始まって袖口や裾までを見つめ始めた。そういえば彼は学校へ通っていない為か教養に乏しい筈だが、難しい言葉をよく知っている――ミツヒロもミツヒロでろくすっぽ学校へ通っていないわけなのだが、ルーシーはそうではなく色々と事情があり入学さえした事がない。

「? どうかしましたか、ミツヒロ君」
「え?」
「何だかさっきから、神妙な顔つきしてません? 違う?」
「いや……」

 そう言ってミツヒロはちょっと気まずそうに鼻の下を掻いた。

「何かあるなら今のうち告げておけばいいと思いますけど。それともここでは言えない事?」
「――まあな」

 そう、とルーシーはそれ以上深追いはしない。肩を竦めながら武器の点検を始めたが、今度はあえてミツヒロの方から口を開いた。

「あの、ルーシー……」
「はい?」

 ルーシーはこちらを向かずに並べた武器を手に取っている。今手にしているのは振り出し式のナイフのようだ。刃を振り出しながらルーシーは器用にそれを手の平でハンドスピンさせている。

 ミツヒロはやや口ごもってから、そしてため息を一つ吐いた。

「……江藤、って奴さ、覚えてる?」

 どうせ覚えちゃいないんだろうな、なんて思いながら口にしたのだが意外な返事があった。ルーシーはナイフをしまいながら返事する。

「ええ。覚えてますけど。君がイジメの果てに殺した同級生?」

 おまけに細部までルーシーは記憶していたらしかった。ミツヒロに限ってでは無くここにいる連中は皆、互いの過去とかそういうのを語りたがらない。それゆえにお互い過去とか触れられたくない暗部については干渉もし合わない。――その話は、つまり、ミツヒロの過去に該当する部分に当たる話なわけで。

 まりあもフジナミも、初めて聞かされるその話に思わず手が止まった。……何となくにだが、聞いた事はあった。ミツヒロが学生時代に、何やらトンデモナイ事をやらかしたという話は。江藤君、というのは今しがたルーシーが言った通りにミツヒロの同級生、だったのだとか。それで何があったのか知らないが仲違いして、もはやイジメなんて領域を飛び越えてほとんど暴行沙汰だったらしいと当時のニュースでは大騒ぎだった。
 未だにその事件を風化させまいとして、ネットや週刊誌では思い出したように話題にされる事もしばしばであった。

「そうだ。……何だぁ、しっかり覚えてんじゃねえか」
「それで? その江藤くんが何?」

 ミツヒロがややあってから再び口を開く。

「あいつの両親、変な宗教にはまっててさー」

 ルーシーは黙ったままその先を待っているようだ。ミツヒロは続けた。

「その、なんつうんだっけ。洸倫教? 今からぶっ飛ばす奴ら。因果なのか何なのか、俺はまたそいつらを殺らなきゃ駄目って事なんだよな。はは、人殺しって罵られるのは慣れたけど。……まさかまた巡り合うなんてな〜って」

 笑い交じりに、ミツヒロはちょっと力なく呟いた。やるせなさの感じられる遠い目で、ミツヒロは誰でもなく只何もない空間をぼーっと見つめていた。

「……いいのかな。その、今日いるのは信仰心なんて欠片も無い、金で集められただけの兵隊かもしれないけどそれでも何つうか――。俺はまたアイツの……家族っていうか、仲間を殺しちゃうわけだろ……」

 フジナミもまりあも、口を挟むでもなく黙ってそれを聞いているようだった。いつもだったらまりあ辺りが悪口交じりに絡んできそうなものだが、まりあは何も言わないでいる。……訪れた沈黙を一番に破ったのはルーシーのいっそ豪快なまでのため息だった。

「なーーーーーーーに言ってるんですか。君は? 頭、大丈夫ですか」
「……」
「殺す? その必要は無いよ。だって殺しちゃったらゾンビになって襲いかかって来るんでしょう。おー、怖い怖い。だから気絶させる、もしくは、僕らに手出しできないように叩き伏せるだ・け・ですよ。……勘違いしちゃ駄目ですよ、攻撃の手段を奪うだけです。腕をへし折るか目ん玉潰してやるか立ち上がれないように脚をやるかは何だっていいですが、殺しちゃ駄目です。面倒です」

 で、ルーシーから投げられたのはやっぱりこんな調子の、ちょっと斜め上の変化球である。何か慰めの言葉でももらえないだろうかと僅かに期待していたミツヒロの思惑は見事にあっさりとブチ壊されてしまい、外道も外道なルーシーの言葉は更に続けられる。

「あ、でもどうしても殺すというなら小脳ぶっ潰すまでやってくれないと後から面倒ですよ。でもそんな時間を割いてやるほど余裕がありませんのでね、抵抗する術を奪うくらいに留めておくのがいいかと……オッケー?」
「……はぁ」

 ミツヒロが大袈裟にため息をついた。呆れたような顔色をしてはいたが、やがて腹の底から盛大な笑いが出て来た。というかもうほとんど、開き直りに近いような。やっぱりルーシーはいつでもこうだ、自分には到底真似られない――一生かけても真似る事が出来ないだろうな。今更のようつくづく感心してしまった。生まれ持った天性の才、というヤツなのか。


 努力の秀才では生まれつきの天才には勝てないと思うし、適わないともミツヒロは思っていた。だからこそ、自分はこいつに一生を捧げようと思ったんだが。

「くくっ……」

 傑作だった。何て傑作な奴だろう、もう今すぐにでもバシバシとルーシーの肩やら背中を叩いてげらげらと笑いたいぐらいだった。初めは苦しい笑いを噛み殺していたが、それも出来なくなりいよいよミツヒロは吹き出していた。

「ははっ、ぶっはは、あはは!……はぁあー……、やっぱアンタすげぇやー。俺には一生かかってもアンタみたいにはなれそうにもない。まさしく狂気的だ、ルーシー。その名前はテメー様によぉ〜〜〜っくお似合いだよ! あつらえたようにな! あー、お腹痛い!」
「あ、そうですか。それはどうも」

 それには多少、ミツヒロなりの皮肉も込めつつ呟いたのだが、ルーシーはそんなの意に介していないのかそれともやっぱり興味が無いのか……いやにあっさりと、いつものアルカイックなスマイルで返して来た。

「それにしても僕の変装、ばれないんですかねえ〜。こう、俯き気味に歩いていれば大丈夫でしょうか……。ああ、不安です……」

 ルーシーは本当にそう思っているのやら、いつものマイペースっぷりで処刑場の見取り図を眺め始めた。



この辺も新規に入られた方には「?」な部分。
ミツヒロ君とルーシーの長い付き合いの
ルーツはその部分にあるんですな。
また過去の長編も書き直して上げたいでごんす。
ナイトメアにつながってる部分もばんばんあるので。


prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -