ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 04-2.美しい世界で


 石丸が双眼鏡片手と、ボロッボロのガラケー(恐らく地図代わりだろう)を片手に見比べながら遠くを見渡している。ヤブはヤブで携帯のテレビで状況がどうなっているのかを見ているらしかった。そんな二人から少しばかり離れた場所で、ユウは先程替えそびれたガーゼを交換してやっている。

「そんな泣きそうな顔、しなくても。別に平気だってのに」

 ミイが白い歯を覗かせながら、いつもの軽い調子で笑った。こんな程度の怪我、大した事ないんだとばかりにその目が訴えている。そうは言ったって心配なのは変わらないし罪悪感でいっぱいだ。ユウが唇を噛み締めながらガーゼと包帯を手に取る。

「あの……ミイ、ごめん。ガーゼ替えたいんだけど、いいかな」
「ん? あぁ、そっか。頼むよ」

 そう言ってミイが躊躇なくシャツを脱いで傷跡を見せた。その痛々しさを物語る傷跡よりも抵抗なく晒された上半身の方に気がいって仕方が無いのはここだけの話にしておこう、とユウが内心苦笑する。

「どうしたんだよ」
「あ……う、うん」

 こんなに緊張しまくって、まるで好きな男を前にした女の子にでもなったみたいだ、とユウは耳元辺りを中心に熱くなるのを感じて目を逸らす。……平静を取り繕いながらユウは何でも無い様な顔をする。

 そんなユウの戸惑いなんかは当たり前だが露知らずにミイが尋ね返してくる。

「おい、早くしてくれよ。……何か恥ずかしいじゃんか、そんなじろじろ見られると」
「い、い、痛そうだなぁーって思って面食らって……ごめん」

 今のは我ながら自然な口実じゃないか、とユウが思う。失礼しまぁす、と小声で呟いてからユウが屈みこんでミイの傷跡に手を伸ばした。自然と距離が近くなって、自分がさも意識していない様なふりをしている演技がばれるんじゃないかと内心ハラハラとした。

 傷跡に触れるとミイが微かに声を洩らしてから強張って見せた。

「ご、ごめん……痛かった?」
「いや――平気」

 ミイが首を振ってから笑う。嘘だ、平気じゃ無くても平気って言うのが癖になってるんだよ――ユウが唇を噛み締める。ヤブから預かった消毒液を傷跡に塗ると、やはりミイの呼吸が僅かにだが乱れるのが分かった。

 躊躇してユウがその手を引っ込めようとするとミイに手を掴まれた。

「俺は平気だからさ、続けて」
「へあ!? あっ、あ、うん」

 声が思わずひっくり返ってしまった。

――おっかしいなぁ、妙にドキドキする……

 自分は何に対して浮ついているのか分かっているようで、分かるのが恐ろしかった。だってそれってつまり、自分の友達(それも同性の……)に対して意識してるって事だし?――ユウはとんでもない、とぶんぶん首を振った。それで何か違う事を考えようと思った。

「あ、のさぁミイ」

 思わず声がひっくり返ったものの、ユウは極めて自然な調子を崩さないように続けた。普段、彼と話す時と何ら変わらない様な具合に。

「ん?」
「気になってたんだけど。……ミイ、煙草吸ってたじゃん。ついこの前」

 白々しいかな、とは思いつつユウはほとんどこの場とは関係の無い話題をあえて振ってみた。

「あれ、もう止めたの?」

 明るい調子を取り繕いながらユウが聞くとミイが言い淀む。

「ああ……」
「吸ってないじゃん。あれから、全然」
「――あんなのフカシに決まってんじゃん」
「ふかし?」

 少し照れ臭そうにミイが頭を掻いた。

「……は、肺に入れてねえよ。ホントに吸ってないんだ」
「えぇっ? な、何でそんな事……」
「う……何で、って聞かれてもなあ」

 困惑しているのはこちらなのだが何故かミイの方が困っているように見えた。

「……只何となくって言うか。何かいつもいつも優等生ってレッテル貼られるの何か嫌になったんだよ。実際、俺そんな優等生じゃないしさ……」
「なっ、なーにそれ! 何だよぉ……俺てっきりミイが不良にでもなっちゃったのかと思ってヒヤヒヤしたよ……石丸の影響で」

 石丸には幸いにも聞こえていないようだ。

「――でも安心した、何か。ミイらしくないもんなぁ、そんなの」

 そう言ってユウがへへっと笑った。つられたようにミイも少し肩を竦めて笑って見せた――「俺らしい、って何だよ」。苦笑交じりに、ミイが髪の毛を掻いた。そしてその顔はちょっとだけ不服げに見えた。

「じゃ、俺が将来煙草吸うようになってもお前同じ事言うのか?」
「え? あ、うーん……それはどうだろ」
「ばか」

 また馬鹿と言われた、ユウが言い返そうとすると頬を軽い調子で叩かれた。この時ばかりはついつい忘れそうになってしまったが――そうだ、今、事態は緊迫しているのだった。

 それまで石丸と共に状況を探るべく、大人しく携帯でテレビを見ていたヤブが突然のように騒ぎ始めたのが分かった。小柄な身体をコレでもかというくらいにバタつかせ、ヤブは何だかそういう類のオモチャのように飛んだり跳ねたりを繰り返し状況の悪化を訴えているようだった。

 そんなヤブがちょっとだけ面白いと思いつつ、次から発された言葉にはユウもミイも面白がっている場合ではないと思い知らされてしまう。

「たっ・大変だよお! ヒロシくんがあと少しでしょしょしょしょしょ処刑にされるって……」

 ヤブは大きな目を潤ませながら、何とも信じがたい単語を叫んだ。――何だって、処刑? ミイとユウが顔を見合わせた後、急いでヤブの元へと近づく。

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