▼ 02-7.その強さがあれば
ユウ達の部屋の中に颯爽と現れたのは石丸だった。それも、石丸はやけに興奮したような様子だった。
「ん、石丸?」
「何だよ……慌てて」
「俺はやったぜ……! やっちまったぜ!」
それだけ言うと石丸は胸元に抱えていたバッグをどさっとその場に置いた。ヤブも何事かと聞きつけて、その場へと近づいてくる。
「これ……」
「そう。あの乗ってきた車に積んであったありったけの武器、取りに走ってきた。ゾンビの目を掻い潜りながらな。リアルステルスアクションゲームを一丁してきたぜ!」
誇らしげに言う石丸のその声に、一同の脳内には無限バンダナを頭に巻き、ダンボールを被りながら移動する石丸の姿が思い浮かんだ。続いてダンボールを脱ぎ捨てながら、想像の中の石丸が『待たせたな!』と叫ぶ姿が――
「って、そうじゃなくて!」
その想像を打ち砕くのはミイの叫び声だった。
「一人でか!? あ、危ない事するなよ! 距離にしてみれば大したもんじゃないかもしれないけど……」
「いっや〜。スリルあったよ。でもな、案外行けたぞ」
「い、石丸くん! 煙草吸ってついでにウンコしてくるとかいってそんなとこ行ってたわけ!? どーりで長いと思って心配したよ! もう!」
「そうそう。ごめんなヤブ、騙しちゃってぇ。んふっ」
何事も無かったからいいようなものの……、とまだまだ言い足りない事はあれやこれやあったものの、結果論で一同が顔を見合わせる。
「それで……ええっと、これは……?」
「決まってんだろォ、こいつ持って助けに行くんだろ。あの転校生を!」
「石丸……」
先ずはユウが顔を上げた。
「んー……さっきはナーバスんなっちまったけどさ。やっぱ後味悪いし、あれで終わりってのは。それにノラの事だってあんだしー?」
どこか照れ臭そうに言いながら石丸が頬を掻いた。
「しかし――相手が悪すぎる、と何度言わせるんだ……。あいつらの言う事の真似じゃないが、確かにこれはほとんど『ごっこ』に近かった。いいか、俺達はド素人なんだぞ」
「け・ど」
石丸がバッグのファスナーを全開にする。目に付いたポンプ式のショットガンを、ろくな使い方もよく分からずにとりあえず手にした。格好だけならば一丁前にも見えたが……。
「人間ってのはよう、二種類いるんだぜ」
「は……?」
「窮地に追いやられても立ち上がる奴と、立ち上がれない奴」
「だから! 相手も状況も最悪だと、俺は……」
ミイが反論しようとするのを石丸が再び制する。
「知ってるか? 出来る人間ってのはよ、壁にぶつかった時にまず思うのがその壁をどうやれば取り除けるのかっていう考えだ」
「……」
「じゃあ出来ない奴が壁にぶつかったらどうなると思う? 壁を取り除くよりもまずその壁から逃れる口実、理由ばかりを考えるのに必死になるんだぜ」
「はぁ!?」
「だからミイ。俺から言わせてみればお前はつまり、出来ない方の人間にカテゴライズされちゃうわけだ」
石丸がショットガンの弾を確認する。
「ば、馬鹿野郎! あのなあ石丸、そうじゃないぞ。これは生きるか死ぬかの……」
「石丸、俺も行く」
当然ユウだった。ああこいつはもう……、と言った様子でミイが苦々しい表情と共に仰々しく額に手を当てる。
「よし、流石はユウだ!」
石丸とユウがハイタッチを決める。呑気なものだ、ミイは二人の間に割って入るようにしながら口を挟んだ。
「お前ら、死ぬかもしれないんだぞ? 軽く考えちゃいるかもしれないが、死ぬってな……そういうドラマとか映画で見るようなのとは違うんだ」
「それはもう、最初からそうだっただろ」
「……最初の時より難易度が大幅に上がったんだ。なんせ、転校生とノラがいないんだからな」
「それももう散ッ々話した。正直、聞き飽きたね!」
石丸は頑として譲る気配が無い。
「つか、ミイが行かないって言うんなら行かなきゃいいだけの話だ」
「石丸!」
ミイが怒鳴るも石丸は当然のように引かない。
「違うか?」
向かい合うミイの視線を見つめ返しながら石丸が問い掛ける。
「……確かにそうかもしれん。が、俺は、これ以上犠牲者を増やすのはごめんだ」
そこで一旦言い置いてからミイがふっと息を吐いた。
「――お前らが馬鹿な判断をして、もし何かあるのは一番嫌だ。そんなの、後味が悪すぎる」
「じゃ、じゃあ……」
ユウが目を輝かせながらミイを覗きこむ。
「……ついていってやるよ。だけど、危険になったら何が何でも撤退するぞ。意地でも下がらせてやるからな」
「そ〜〜れでこそ男・ミイだぜ! おうよ、そんなのあったりめぇだろ。俺らだって死ぬのは勘弁だっての!」
石丸の顔がみるみるうちに破顔していき、ミイの肩に手を回して喜んだ。
「ミイ! ありがとう!」
「それに……よくよく考えてみたら俺にはまだ果たせてない約束があったからさ」
呟いてミイが制服のズボンのポケットに手を入れた。取りだしたのはシワシワになった、折れ曲がったバースデーカードだ。ところどころ、血液の付着した。さっきまでは赤々としていたそれも、時間の経過によってか随分と黒っぽく変色していたのだが。
「あ……」
「これ、渡してやらなきゃな。――全部片付いたら届けてやるんだ、この子のところに」
そう言ってミイは少しばかり悲しげな微笑を浮かべた。それから、幾分か名残惜しそうな調子で再びカードを制服のズボンにしまいこんだ。
「それで、ヤブはどうすんだ?」
石丸がバッグのファスナーを閉じながら問い掛ける。ヤブは下唇を噛みながら何とも言えない顔をさせていた。その表情は何だか選択肢なんかないだろ、聞くまでもない……とでも訴えたそうだったが。
「ううう……、行かないって言ったって一人じゃ戻れないよ。だからついて行くよ……行けばいいんでしょ……」
「いよっしゃぁ、決まりッ!」
石丸が叫ぶとその場に立ち上がった。
「そりゃあ俺らだけじゃあたかが知れてるかも知れんが……アレだ、追い詰められたネズミがあーだこーだ! 以下略!」
「……『窮鼠猫を噛む』か?」
ミイが苦笑を浮かべつつ代弁すると石丸が「そう、それ!」と指差し笑った。
「とにかく! 一国民を代表して俺ぁ死ぬ覚悟で立ち上がるぜ! いつまでもこんなビクビクしてられっかってんだ、バカヤロウ! 追い詰められた平民の本気を見せる時よッ」
石丸が自分を奮い立たせるように叫ぶ。半ば無理しているようにも見えるが一同それに連なるように立ち上がるのだった。
「――そろそろ来るかな、あいつら」
ノラが呟いて壁の時計をちらっ、と見た。
「もう少しの辛抱ね、ヒロシちゃん」
「あいつら、とは……」
まあ答えは分かっているのだが。ノラの呟いた通り外で犬の吠える声がした。来たな、と呟いてノラが立ち上がる。
「まあちょっと待っててよ」
「あの――それって僕も立ち会うんですか?」
「そうだよ〜。だってヒロシちゃんに会わせたい人もいるからさ」
「……僕に会わせたい人?」
怪訝そうにヒロシが見つめ返す。
「そ。ま、楽しみにしててよ」
そう言ってノラがまたいつものウインクを決めて一旦部屋を後にする。色々と疑問は残ったが、とりあえずヒロシは椅子に再び腰掛けたのであった。
一同を出迎えたのはけたたましい犬の鳴き声だった。
「どうしたんですかぁ、そんなに吠えて……僕はちっとも怪しく無いお兄さんだよ〜、ワ
ンちゃん」
「怪しいだろうが、どう見てもよ。特にそのマントとか」
ルーシーはその声を聞いていないのだろう、敵意剥き出しの犬に夢中だ。一緒になって覗きこんでいるのはフジナミだった。
「わんこ、わんこー」
舌っ足らずな喋り方でフジナミが犬の頭を撫でている。ルーシーは基本的に動物や子どもと仲良くなるのが下手くそなのだが、フジナミは何故か上手い。ルーシーはしょっちゅう動物にちょっかいを出しては威嚇されたり返り討ちに遭う事も多かったがめげない。むしろ『愛情表現の一種』なのだと彼は考えているようなのだ。……おめでたい事に。
犬の鳴き声を聞きつけた制服姿の隊員達が何だ何だとどやどや現れる。
「何だぁ、怪しい奴ら!?」
「僕らは別に怪しい者じゃないですよ」
「どう見たって怪しいだろうが! 特にお前だお前、一体何のコスプレだそりゃ! 変態か? 変態なのか!?」
物騒な事にアサルトライフルの銃口を突き付けながら(……今更だが本当にここは日本なのか?)隊員に怒鳴られる。ミツヒロが面倒くさそうに仲裁に入ろうとした瞬間に、すぐに助け船は現れた。
「ちょっとちょっとルーシーさんってば、約束の時間より遅れてるよ」
その年ごろの少年にしては割と高めのトーンの声に迎えられ、一同は顔を上げる。
「ま、とりあえず久しぶり。……いや、相変わらずだけどすっげぇ格好してるねえ〜、どこで買うの? ネット? むしろいくらすんの?」
「やあノラ君……こんにちは。そちらもお変わりないみたいですね、お顔がつやっつやしてますよ」
久しぶりの再会に積もる話もありそうなものだがそんな二人の間に飛んで入るのは眩しい金髪のツインテール。そう、ヒロシの実の妹に当たるまりあだった。
「兄上は!? 兄上はご無事でしょうかッ!?」
「お……おお、まりあちゃんも久しぶり……なのかな?」
「兄上は無事!?」
女の子ちゃんには優しく、がモットーのノラではあるが流石にこう詰め寄られては少々引き気味だった。笑顔を引き攣らせながら小刻みに何度か頷いて見せる。
「良かったぁ……兄上のあの美術品のようなお顔に傷でもついたら、もうまりあはどうしようかと……あぁッ、あのお顔に一生傷が残るなんておいやわしや!」
顔は数発殴られてたよ、と出かかった言葉をすんでの所で飲み込んでノラが苦笑を浮かべる。
「ま、まあとにかくさ、入ってよ。時間はそんなに無いんだ、ちゃっちゃーと説明しちゃうから」
いつもは緊張感の欠片も無い等と称されがちなノラの事だが、今回ばかりは本当に切羽詰まっているのか少々余裕が無さそうに見えた。
ちなみにノラから仕事をもらうのは初めてではないが、ここへ通されるのは初めての事である。
「ちょっとこの部屋で待ってて。すぐ戻るからさ」
そう言われてノラに一室へ通された一同は言われた通りに中へと足を踏み入れる。
「おや……」
ルーシーが真っ先に気がついたのは部屋の隅で蹲っている猫の存在らしかった。よく見れば室内には猫が数匹いる、ここで飼われているのだろうか。
「君〜〜、どこから来たの?」
まさしく猫撫で声で、ルーシーはデスクの上で眠たそうに蹲っている三毛猫に近づいて行った。何だか女の子をナンパでもするような調子である。
「おお、よしよし。怖くないよ、怖くないよ〜うんうん」
言いながらルーシーは眠たそうな目を持ち上げる猫を撫でようとしている。しかしまあ眠たいのを邪魔されているのだから猫としては迷惑に違いない。猫は愛らしい声でナァーと鳴いてみせた。
「あらら、あららー」
ルーシーは抱き上げようとして猫にマントを引っ掻かれている。ガリガリと猫が爪を立てている音がする。
「……」
ミツヒロは黙ってそれを眺めながらお気に入りのマントを引っ掻かれたルーシーがどう反応するのか鑑賞していた。
「あらー、もー」
――怒らないのか……
構わずにルーシーはニコニコとした顔のまま猫の頭を撫で続けている。
「フジナミ、珍しく猫に食いつかないじゃねえか」
「見てこれー。うしし、変な置物〜」
猫よりもフジナミを夢中にさせているのはよく分からない未知の生き物を象った彫像だった。
「何だと思う〜? 僕はねえ、クマさん」
「あーん?……何だこりゃ。犬じゃねえの?」
「違うよォ、犬だったら尻尾まん丸じゃないもの。ししし」
「尻尾? どれだよ」
言いながらミツヒロが像に触れた時、鈍い音がして何かが外れた。
「げっ」
「あー。壊したぁ。ミツヒロくんが置物壊したよぉ」
「ば、違、ちげーし。壊してないし、これは……」
「いーけないんだっ、いけないんだ」
何が違うと言うのか、ミツヒロの手には壊れた彫像の部分がしっかり握られている。
今日、犬のウンコ踏みかけました
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