ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 02-5.その強さがあれば


 相変わらずの銃撃戦が、街の中に響く。その元凶でもある、諸悪の根源たるや銃器では通用しない相手であると言う事は彼らにも分かっていた。十分すぎるくらいに――だが、引き下がる事は出来なかった。

 彼らは尚も、戦った。引き下がる事は許されず。攻撃の手を一切止めはしなかった。

「くそぉ……怯むなぁ! 撃て!」
「だだ、駄目です、撃てません! あいつは……あいつは俺の同期で、ずっと一緒に過酷な訓練を耐えて来た仲間だったから……、うっ、う」

 敵は一人ではない、散っていった者も生ける死者として立ち上がり襲い掛かってくるのだから、彼らは同時にあらゆる者と戦う事を強いられている。次第に指揮を取っていた陸佐も、皆の士気が下がるのを察知した。立ち向かえば殺され、そして甦り自分達に向かって容赦なく牙を剥く。それも、昨日までは隣で肩を並べていた見知った仲間達が。

 こんな残酷な話があるものか――、今に始まった事ではないが、もはや狂気の沙汰だった。

「分かっている……。クソ! 何て事なんだ、どこまで俺達を馬鹿にすれば気が済む!?」
「アーッヒヒイヒヒヒヒ! ざまあみろだいっ。うひぇぇぇひぇっ、げほっ、うえっ、ぶぇ……!」

 辺りに響き渡った哄笑。その不愉快な笑い声は――そう、この馬鹿げた状況を作り出した張本人ものであろう。鼓膜にまとわりつくかのような不快過ぎる甲高い笑い声を発し、ハイドラは宙に浮かびながら見下すようにして、叫ぶ。

「いい眺めだよ諸君! 現代兵器をもってしても! そんな大層な武器を抱えてこようとも! この僕に隙は無いのだよ、あぁっ、そうこうしてるうちに君らの友達がぁああ死ぬ死ぬ死んじゃう、死んじゃうってばぁ! そんな前に出たら喉笛噛み千切られて死んじゃうぞ〜〜〜! うっひゃぁきったねー!……しかしいいッ、とてもいい! ディ・モールトいい、実にいーい光景だ! ウッヒャッヒャヒャ、はぁ、はぁ……長台詞は息が続かねえよ、ハァハ、うげほっ、おへっ」

 笑い転げるハイドラは、邪悪そのものであり、憎悪の塊であり、生きた闇を纏わせた禍々しさの権化であった。きゃはははは、うひひひ、とその後も彼ははしゃいで笑い狂い、こちらの精神を一層掻き乱した。 

「仲間を……仲間を冒涜する気か、このクソったれ野郎!」

 指示を待ち切れなかったのか後方で控えていた隊員のうちの一人が叫び、腰のホルスターに携えていた銃を手にする。彼は比較的若く、それでいて優秀な勇敢な隊員だ。少々血気盛んすぎるのだが熱血漢で、正義感溢れる青年である。銃の腕前もそれは素晴らしく、今まさに構えているそれにしたって試験でなら文句なしに合格できるものだった。

 狙いは、完璧だったのだ。相手が、相手さえ悪くなければ、その弾丸は間違いなくハイドラの心の臓を撃ち抜いたに違いなかった。だが――。

「っとぉお、危ないねえ、君!」

 被弾した筈の弾は全てハイドラを守る光の壁へと吸収され、いとも簡単に無力化されてしまう――。

「いい腕前じゃないか〜。僕もちょおっとばかしヒヤっとしちまったよ」

 言いながらハイドラは青年の前にマントを翻しながら降り立った。空気そのものをびりびりと震わせるような、悪鬼のごときオーラを纏わせながら。その双眸は、破壊の快楽に精神を全てつぎ込んでしまうような無邪気なまでの醜悪さに輝いていた――。

 しかし、そんな相手を前にしても青年は決して怯まなかった。得体の知れないこの相手への恐れや、死への恐怖よりもまず、人々の命を軽々しく奪った事や仲間をまるでゴミのように殺され挙句にはその死体を使って弄んだこいつへの憤りの方が勝っていた。

 ハイドラは、そんな勇敢なのか命知らずなのか……いやはやそれとも単なるお馬鹿さんなのかな? そんな青年の、すぐ目の前に塞がるようにして立つ。青年は、尚も怒りに満ちた目を向けているのだった。

「お前がやっているのは紛れも無い魂への愚弄だ! 死んだ人間を弄びやがって……許さない、絶対に――ッ」
「ほほう。勇ましい事だねえ僕ちゃん。うひっ」
「……黙れ!」

 叫び、青年が再び引き金を絞ろうとしたが、途端に銃が分解した。

 それは文字通りに、部品が全て外れたかと思うと銃は手の平の中でバラバラに砕けてしまったのだ。金属片やらが足元に散らばっていくのを驚愕の目で見守りながら、青年は絶句する。

「な……!」
「なぁ、お前。聞いてもいいかい」
「っ!?」

 その光景に目を奪われている一瞬で、ハイドラは青年のすぐ傍にまでずいずいと迫ってきていた。

「お前はさ、楽しい学生生活は送って来れたかい? 小学校でも中学校でも高校でも……」
「――は? な、何だ一体……」
「質問に質問で返すんじゃねえ! 今聞いてるのはこの僕だトンチキ!……で、どうだ。学校生活は楽しかったかね。どうなんだ、ええ!?」

 このハイドラという男の質問の意味は全く分からないが……混乱し切った頭の中で青年は必死に考えた。この質問が一体何を意味するのか、どう答えればいいのか、いやいや正解なんか無いかもしれないが――とにかく青年は言った。正直に、その答えを。

「……いや」
「ほぉ? 何故だね」
「お、俺は昔、チビで病気がちだったからな……いじめられてたのさ。だからこそ、見返してやろうと思って死に物狂いで、特訓して、自衛隊になった。だがな、あの時の事は無駄だと思ってなんか無いぜ。いじめられたお陰で今の俺があるんだからな」
「――……」

 その言葉を聞いて――ああ、とハイドラは思った。それは、ハイドラではなくて、山尾といういじめられっ子の少年Aだった時の自分としての気持ちだ。この青年は……死ぬ事を決して恐れてなんかいないのだ。

 はっきりとそう言い、青年は意志の強そうな目でハイドラを睨んだ。その目が、ハイドラに何かを思い出させた。いや、そうではない。紛れもなくこの感情は僕の、本当の僕自身のもの。いじめられて、誰からも救いの手が無かった頃の自分の。


――そうだ、僕は……


「……タカギ陸佐の仇だッ!」

 その刹那、だった。――ちゅいん、と風を切るような鋭い音が一つして、高速のエネルギー弾が飛んだのは。狙ったのはハイドラの頭部であったがハイドラに察知されてしまった。





この最後の人……(意味深)


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