ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 02-3.その強さがあれば


 けたたましい悲鳴と共に、今日もどこかで生きた人間の肉が啄ばまれている。

「いやー、いい天気ですねー。歌でも歌いだしたい気分ですね。……俺の女はM-14〜♪ んふふー」1

 助手席から叫ぶのは『団長ではなく隊長』ことルーシーだった。この隊長という呼び名、本人がそう呼べというのだから仕方が無い。何でもルーシーが言うには、再放送で偶然目にしたと言う『藤岡弘、探検シリーズ』の藤岡探検隊長の勇敢且つ臨機応変な立ち振る舞いに偉く感動しそして影響された……との事であるが嘘か誠か、真相は闇の中である。

「こんな日にはお弁当でも持ってピクニックにでも行きたいですねえ。絶好のお出かけ日和だったのに。あーあ、惜しいなあ〜」
「おい、窓閉めろよ。いつあの死体どもが襲ってくるか分からねえんだぞ」

 で、運転をするのはほぼパシリも同然なミツヒロだった。こんなんでも一応免許はゴールドである。まあ、多分。ローンを組んで買った赤い外車はどちらかというと女の子に人気のある車種らしく、インテリアも彼なりのこだわりがあるんだとか。

 そんなこだわり爆発の車内は芳香剤がびっしりと置かれていて、あらゆる香りがぶつかり合いブレンドされ、そしてプンプンと充満していた。……その強烈な香りはハッキリ言って外まで漏れている。

「今時の子どもは、守られ過ぎるあまり弱く育っています」

 注意されたので窓を閉めながら、ルーシーがまた突然何か意味の分からない事を呟き始めた。いつもの事なのでミツヒロはハンドルを切りながらあまり深く耳は貸さないようにする。真剣に取り合うと、大体時間を無駄にした気分になって終わるからだ。

「ピクニックに行って腐乱死体を発見するくらいのトラウマを植え付けてやることも、決して無駄な事ではないと思うんですよ。僕の経験上ではね。僕は過去の事がほとんど、無駄な経験だったとは全否定はしません。何故ならそのお陰で、今の強靭な精神力を備えた僕があるからです」
「何言ってやがるんだ、ブツブツとこいつは」
「ゆくゆくは、僕のように卓越した精神が得られるのです。少しくらいの事では怯えないで済むようになりますよ。ほれ、今の時代はモヤシな男が多いでしょう。飲み会の席でも俯いて、ろくに目の前にいる女の子も口説けないようなのがね」
「テメーみたいのがこれ以上溢れかえったらゾンビ以上に厄介だってんだ。寝言は寝てから言えよ……ふわぁ、ねみ」

 あくび交じりにミツヒロが呟いた。その後ろの座席でフジナミとまりあはそんな二人の会話に興味深そうに耳を傾けている。

「あー隊長、何か音楽かけてくださいっ! まりあは日本で流行りの音楽が聞いてみたいです〜」

 まりあが提案するとルーシーもそれに応じたのかダッシュボードの中を開けていくつか置かれたCDを見始めた。車含めてミツヒロの私物なのだが、ルーシーは構わずダッシュボードの中を漁っている。これも大体いつもやられるので、ミツヒロはいちいち叱り飛ばすのもいつしかやめてしまった。

「へー、今時の若者はこういうのを好むんですか。どれどれー、と」
「今時の若者ってお前もまだ二十代のくせして……」

 ルーシーはお気に召さなかったのかダッシュボードをさっさと閉めると、ラジオのスイッチを入れた。やはりどこも緊迫したニュースを伝えているのに変わりは無いが、一部こんな時でも呑気に子どもアニメの歌を流している。こんな時だからこそ、元気の出る歌を――という事らしい。

『続いてのリクエストは東京都にお住まいの猫まっしぐらさんから、アニメ<ニャンダー☆キッド>より、主題歌の……』
「ねっ、ねこねこフィーバーカーニバルか……!」

 ルーシーが覚醒したように叫ぶとラジオの音量を急に上げ始める。かと思えば一緒になって歌い始めるので(しかも上手ければまだ許せたかもしれないがこいつは超がつくくらい音痴なので余計に酷い)ミツヒロは怒るよりもまず全身の力が抜け落ちてしまうのを防ぎきれない。

「まほーの言葉がにゃにゃんがにゃん!」

 気付けば後ろの座席のフジナミも一緒になって、更には合の手まで入れながら歌い始めるので何ともはや脱力したミツヒロは思わず急ブレーキを踏んだ。顔面が前のめりに倒れ、ハンドルのクラクションにデコを思い切りぶつけてしまう。

「……るっせーぞ、このド下手くそどもッ! 近所迷惑だ! 騒音沙汰ってレベルじゃねえんだよボケどもが!」
「あっ。ナオさんナオさん、あれ見てー」
「フジナミくん、本名では呼んでは駄目だとあれほど……あ! あれは」

 フジナミが指差す先にいたのは今ほど主題歌が流れたばかりの<ニャンダー☆キッド>の番宣用の看板である。が、今や半壊しており見るも無残な状態で投げ捨てられている……。

「酷い……あ、あ、あんな事をするなんて……」

 窓の外を忌々しそうに眺めながらルーシーは悔しそうに声を絞り出した。ミツヒロは棒付きキャンディーを舐めながら横目で本当に悲しそうにしているルーシーを眺める。

「この行為は……僕、いや全ての猫好きを敵に回したと言っても過言では無い……冒涜だ……ひどく冒涜的な名状しがたいものが……」
「いや、誰が犯人かなんて分からねえだろうが……別に誰のせいとかでもなくて事故でああなっちまっただけかもしれねーって」
「――こんな世界にした奴が悪いに決まってるでしょう! ほらミツヒロくん、前を見てちゃんと運転してください! 猫をいじめる奴なんてみんな死ねばいいんだ!!」
「お・れ・は! さっきから真面目に運転してんだろ! アホか! おめえらが横からあーだこーだやかましくするんだろうが!」
「……ミツヒロくん、僕を怒らせると怖いですよ」

 それはもうイヤと言うほど分かっている。ミツヒロはやはりルーシーには逆らえない。恐らく、この先も、いやはや一生……ミツヒロはたじろぎながら渋々頷いて引き下がるのだった。


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