ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 02-2.その強さがあれば


 まだ泣くんじゃない、と思いつつもその声は既に涙声で震えているのが分かった。

「そんな事、人に相談できっこないよ。俺、いじめられてます。って? 言える筈もないじゃん、第一カッコ悪いし。それに話したらもっとやられるんじゃないかって、怖気づいちゃうんだよ」
「……」
「すんっごい悩んでさ。髪も抜けたよー、ホントになるんだね。円形脱毛症、っての。十円玉くらいのサイズでハゲたんだぜ。目立たないところだったからバレずに済んだけど――でさァ、あいつら人の事殴ってる間ぢゅう、笑ってんだよ。……おかしくない? 笑いながら、『二度と走れないよう足をバキバキにしてやる』とか、そんな事平気で言うんだよ。普通言わないって、つうかあんな事出来ないよ。……おかしい、よね」

 ぺらぺらと饒舌に話しながら、ユウが遠くの方を見つめるように言った。

「それでさ、一番ヒドかったのが。目隠しされたまま階段からいきなり蹴り落とされてさ。あれは怖かったよ。舌は噛むし前歯は欠けちゃうし、声だけが聞こえて来るんだよ。笑い声や囃し立てる声がさー」
「――それで、どうしたんだ」
「うん、次の日部長に辞めます。って。部長は俺がそんな事されてるの知らなかったからそれは困るって。……だからすぐには辞められなくて、でも部活には行きたくないからずっと腐ってたんだ。なーんにもしないで、ふらふらふらふらしてた」
「……」
「……そしたら透子に叱られた。いつまでそうやってんだ、男だろ。って。バチーンってさ、ほっぺた叩かれて」

 当時の場面を思い返しているのか、ユウが懐かしそうに少しばかり目を細めて、それから微かに微笑んだ。





「それでも俺は階段から落とされたのがどうしても怖くてさ……結局やっぱ逃げてたんだ。ほんとさ、笑えないくらいにヘタレだよねー」

 半ば自虐的に笑うユウの言葉を聞きながら、ミイは何を考えているのか唇を引き結んだまま堅苦しい表情でいる。

「で、ね。そうやって、来る日も来る日もボケーっとしてたら――」
「……例の交通事故が起きたのか?」

 そこからの話は、ミイも大体には知っている。あまりにも大きな出来事すぎたためにミイだけではなくノラも、石丸も、ヤブも知っている話だった。ユウの部活関係の話はそこにも直結する為か、皆、この話題だけは極端に避け続けていたのだが。

「その交通事故そのものは……別にいじめてた連中とは関係無いんだろ?」
「うん、それは無いよ。流石にね。事故そのものは完全に俺の不注意のせいだ」

 透子がユウを庇って、轢かれた。彼女の形のいいその両脚は血まみれで、あらぬ方向にねじ曲がっていたし、見た瞬間にユウはまともな思考も出来ずにいた。それでも透子は言った。駆け寄るユウにしがみつき、少女はそれでも尚ユウに告げたのだ。

『走るの、辞めないでね』

――……

 しばしの沈黙が流れるその室内にて、ミイがため息と共に言葉を吐き出していた。

「馬鹿じゃねえの……」

 ミイの声は怒っていると言うよりはそのほとんどが悲しみだとか、悔しいという思いに近いような響きが含まれているようだった。

「――そこまで悩んでたなら何で俺に言わないんだよ」
「だからさ、言えないんだよ。分かる? 誰にも、言えなくなっちゃうの。そ、そりゃあさ、ミイみたいにしっかりしてて強い奴ならいざ知らず俺みたいにあれこれ考えてビビっちゃうような奴はさ……言えなくなるんだよ……」
「それでもっ、」

 ユウの両腕を掴みながらミイが膝を突いて少しばかり身を乗り出した。その衝撃で、またズキンと彼の腹部が痛んだが、問題では無かった。目の前にある、その問題と比べたら。

「……それでも、俺の事――頼って欲しかった。せめて俺くらいには話してほしかったよ……お前がそんな目に遭ってたって事知らないで俺は一人で呑気にやっててさ。何かすごい最低じゃん、俺」
「ミイ……」
「力になれないかもしれないけど、少しでも……お前の悩みとか取り除けたかもしれないし」

 そう呟くミイは本当に悲しそうに声を震わせながら言った。それでから、ずびっ、と鼻水を啜る姿は何だかミイらしくないように見えたのだが。

「って、ごめん。……違うよな、こんなのは。ユウは悪くないよ――気付かない俺が悪いんだ」
「ううん。誰も……誰も悪くなんか無いんだよ、初めから」

 それで今にも泣き出しそうな(事実もうほとんど泣いていたみたいなのだが)ミイの目とぶつかって、ユウが堪らず首を横に振った。何度も何度も、そんな事は無いんだと彼の無念を否定してあげて。

「――畜生、俺は馬鹿だよ。……すぐ傍にいたのにさ、気付けないなんて」

――誰も悪くなんか無いって、言ってるのに

 目の前でいよいよ本格的に泣きじゃくるミイを見て、ユウは悲しくなるのと同時に、彼がとてもいとおしく感じるのを抑えきれなかった。
 多分、ミイはこれからもこうやって、こんな風に自分の為じゃなく誰かの為に傷ついて誰かの為に涙を流すのだ。そう思うと、こちらまで泣けてきた。

 ユウは折った膝を少し立て、喉の奥からしゃくり上げるように泣いているミイの肩元に腕を回した。そういや、風呂に入って無いからいささか自分の匂いが気になりもしたが……まぁとにかく、ユウはミイをそっと抱き寄せた。ミイも黙って、そんなユウにされるまま身を任せていた。――自然と互いの呼吸が寄り添いあうのを感じて、ひどく落ち着いた。久しく感じる事の無かった人の温もりと鼓動に触れている。

「――俺、な」

 ミイがぽつりと呟いた。ユウが黙って耳を傾ける。

「あの転校生に……嫉妬してたんだと思う。――こんな時に何だって感じだな。変、だろ」
「うん……」
「誰に何を言われても平気そうにしててさ、それでいて強いアイツが羨ましかった。俺はアイツの過去の姿も知ってるから余計にそう感じて――俺には無い強さを持ったあいつが、心の底から……時には非情になりきれるアイツの事も、蔑む様な言い方をしながら本当は……羨ましくて仕方が無かったんだと思う」
「――うん」
「俺には無い強さがあったから」

 ミイがそう言って声を詰まらせる。ミイが喋る度、耳元をミイの掠れた声が通過してこそばゆい。もしこれが男と女だったら、急速に親密にでもなれそうな雰囲気を持っていたかもしれない。まあ、とてもそんなロマンに浸れるような状況とも違うけど。

 それからミイは、一度鼻を啜った。

――あの力があればきっと、俺は守れる筈だった全てを守れていたんじゃないかって

 そうだ、俺を庇って死んだあの女の子や、部長や、先輩や、目の前で死んだ生徒達も。全ての、失われずに済んだ人間達の命も。

 それにユウの事だって守ってやれるのに、と。ミイはそう言ってまた静かに泣いた。

「ミイはミイでいいのに。俺は……ミイのまんまがいいよ。今のミイがすごく好きだもの」
「……ほんとかよ? すごく弱っちいんだぜ、俺」
「そんな事――ミイは俺の何倍も、何十倍も強いよ。うん、ほんと……」

 ユウがいたずらっぽく笑いながら呟いた。それは常日頃から思っている本心だったし、ミイを弱い人間だなんて感じた事は一度も無い。無論、そう感じたところでそんなの実に些末な事で自分達の友情に何の変化ももたらさないのに。ユウはそんな風に考えながら、今より強く腕に力を込めた。

「そう、か。なら……このままでいいのかもな」

 ミイの弱弱しいそんな声が聞こえてきた。

「う、でもミイ。そろそろ離してよ。俺、昨日風呂入れてないからあまり引っ付かれるのはちょっと……」

 ユウの訴えも無視するようにミイはまた少年っぽく笑ってユウを更に強く抱きしめる。ユウは不貞腐れながらもそんなミイをもう一度、ぎゅっと抱きしめるのだった。




ミイは社会人になったら
真っ先にストレスで潰されそうなタイプである。
真面目すぎてあれこれ考えすぎて
自滅しちゃうというのか。
鈍感さも大事なんだよなぁ。


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