ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 02-1.その強さがあれば

 雨が去った辺りには、いつしか陽射しが差しているのだった。雲の切れ間からは仄かな陽光がスポットライトのようにところどころ、その周囲を照らしているのが分かった。

「ミイ、入るね」

 結局ここからどうすればいいのか結論には至らず……いや、とっくに結論はもう出ているのだが動き出す事も出来ないままに一同は廃墟の中で待機し続けていた。

 どこかお通夜のような、しんみりとした雰囲気の中で、ユウは替えの包帯とガーゼを抱えながらミイのいる室内へと足を踏み入れる。ミイは返事する代わりとばかりに、視線だけこちらへと寄越した。目が合うなりユウは反射的に口元に愛想笑いを浮かべて、後ろ手にドアを閉めたのであった。

「……ヤブから預かってきたんだ。ガーゼ替えてもいい?」
「ん……、ああ。――大丈夫だよ、自分で出来るし」

 そう言ってミイは立ち上がるとユウの腕からそれらをもらおうとした。が、やはり痛むのかちりと走った痛みに微かに眉根を潜めるのが分かった。
 僅かによろめいたミイを支えてやった拍子にユウが抱えていたガーゼやら消毒液やらが足元に散らばる。

「みっ、ミイ!」
「へ――平気だ……すまん、大袈裟にして」
「平気って……全然そんな事ないじゃないか! ほら、無理しないでよ」

 ユウは壁に手を突いたままのミイを抱えながらその場へと腰をかけさせる。大した事は無い、なんて本人は言うがやはり辛そうだった。
 時々苦しそうに短い呼吸を混ぜながら、ミイは眉間に皺を寄せて苦悶の表情を浮かべている。……それを見るたびにユウの胸は締め付けられる思いがした。当然だ、元を辿れば自分を庇ってミイはそうなってしまったんだから。

「ミイ……」
「大丈夫だから、本当に」

 そう言ってミイは笑って見せ心配そうに覗きこむユウの頬に、いつものふざけあうような調子で握り拳で一つ殴るふりをしてみせた。そんな風に何でもないように振舞おうとするのがまた痛々しく感じられて、ユウは一層泣きそうな顔になってしまった。

「お、俺のせいだ……」
「だから違うって何度も言ってるだろ。いい加減しつこいぞ、ユウ」
「だって。……だって……、うぅ……」

 とうとうユウはめそめそと泣き始めてしまった。全く、もう子どもじゃないのにすぐこうやって泣いて――砂埃やら血痕やらで薄汚れたユウの頬に涙が通過した後が数本出来る。

「……俺がさァ、勝手にやった事なんだって。泣かないでくれよ……泣かれたら俺だってさ、立場がなくなるんだってば」

 頼むから、とミイが懇願する様な調子で付け加える。そんな風に言われたとあってはユウも泣きやまない訳にはいかないだろう。
 無理やりにでも涙を引っ込めようとするのだが、それがどうにも中々上手くいかない。泣いているのか何なのかどっちつかずの奇妙な顔つきでユウは鼻をつまんだりして顔を整えているらしい……。

「ん、そうだ。それでいい」
「へへ、変な泣き癖がついたぁ……うひっく、おええ」

 そのユウの様子にミイにもいつしか感情によってこぼれたのだと思われる笑顔が自然と浮かぶ。

「ばーか。あはは、変な顔だなーおい」

 そう言って笑いながら、茶化すようミイがユウの頬をぎゅっと掴む。いつしか神妙だったムードもそれで払拭されつつあるのをお互い感じながら笑いあうのだった。

「ふがっ……ひゃ、ひゃめれよぉー痛いっ」
「あっはは、おもしれぇ〜。何だよその顔ー!」

 そう言って散々ユウの顔で遊んでから一頻り笑った後、ようやく満足したのかミイはユウから手を離した。それまで強張っていたミイの僅かばかりの変化に、ユウも怒るに怒れなくてつねられた頬をスリスリと撫でておいた。

「うう、ヒドイよ……」
「すまんすまん。あー、おかしかった……あはっ」
「で、でも」

 ちょっとだけ笑いながら、ユウがその顔を持ち上げる。

「やっと、いつものミイの顔だね」
「……」

 そう指摘されて、それが図星であったかのようにミイが途端に言葉に詰まった様な表情を見せる。目の前で無邪気に微笑むユウを見てミイが何かを悟られまいとして、必死にその視線を落とした。

「何だか、この前からミイずっと……、悲しそうな顔してるし。当然っちゃあ当然なんだけど」
「そうだったか?」

 覚えがない、という風な口ぶりでミイが答えたが本心は分からない。けれども、うん、とユウが一つ頷いた。そして、続けた。

「いや……何だろ。悲しそう、っていうのかな。何かずっと、何かに追い詰められてそれで……、全部自分の責任だって思いこんでるカオ?」
「――何だそれ」

 はは、と笑いながらミイが肩を竦める、「けど」。言い置いてからミイが一つ息を吐いてもう一度目の前のユウを見つめる。

「ユウは何でもお見通しなんだな。多分、半分は――いやほとんどかな。それ当たってる。……無理、してるよ。相当」
「……うん……」

 ちり、と痛むその腹部を擦りながらミイが続けた。

「なあ、ユウ。一つ聞いてもいいか?」
「なに?」
「こんな時に、って思うかもしれないし答えたくは無いかもしれないけど……」
「うん」

 ユウが、黙ってその続きを待った。

「――お前、何で陸上辞めた?」

 予想通りではあったが、その問いかけにユウはやはり言葉を詰まらせて、目に見えて表情を曇らせてしまった。友人同士であってもあまり触れられたくなかった、その部分にユウは暗い表情のまま俯いたのだった。

「あ……いや、答えなくてもいいんだ。少し気になってて」
「……ううん。別にそう言う訳じゃ無い、よ。ごめん」

 ふぅーっ、とため息をつきながらユウが一度伏せた眼差しを持ち上げてから強いて作ったような笑顔を口元に浮かべる。

「理由はさ、二つあって」

 そこでまたユウの視線が下へと降りる。思い出したくはない過去の出来事を思い返しているせいだろう。彼の口ぶりはいつもよりも若干早口の、落ち着かないものだった。

「地区予選とか大会で俺、一時期優勝、しまくってたじゃん」
「ああ」
「そしたら、先輩に生意気だって目、付けられて……」
「? そんな事お前一言も話さなかったぞ。俺に」
「当たり前じゃん。どうせすぐ収まるって思って俺も相手にしなかったもの」

 決して楽しい訳ではないのだがユウの口元には何故かうっすらと笑顔のようなものが浮かんでいる。ちょっとだけ自嘲めいた、悲しい笑い方だった。

「……ミイだけじゃないよ。誰にも話さなかった」
「――何で。言ってくれたら、俺、何とかしようって思ったのに」
「だってダサいじゃん」

 当時の記憶がそうさせるのかユウは笑っているのに目元には何故か涙が浮かんでいて、おかしな感じだった。

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