ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 05-6.僕の名前は狂気の救世主

 舌打ちした後ルーシーは更に引き金を絞るが、もう弾を消費しきっていたらしい。忌々しそうな目つきでマガジン部を見つめた後、チッと舌打ちを一つして走ってくる男に向かってその銃を放り投げた。それで十分だったのか銃は男の顔面にクリーンヒットし、男は鼻血と共に派手に転倒してしまった。

「さぁて、残りは何人――」

 ルーシーが呟いた瞬間、車に控えていたまた別の男の鼓膜にまとわりつくような笑い声が聞こえた。

「よっしゃあ弾切れじゃ!……くたばれボケェ!」

 開け放された窓からボウガンが向けられているのが見えた。矢はどうやらルーシーの頬をすんでのところでかすめただけの様だが、薄く皮を裂くぐらいはしたらしい。ルーシーの白い頬からつつ、と僅かな血液が流れる。

 で、飛んで行った矢は代わりにとばかりにルーシー達の背後でむっくりと起き上がろうとしていたパーマの男に命中したようだった。
 パーマ頭はようやく気絶から目覚めた、その朦朧とする意識がはっきりとする前に第二撃目を加えられたのだった。何が何やら分からぬうちに、哀れパーマ男はログアウトしてしまう。その派手な爆発パーマが再びフェードアウトしていき……ボウガンを放った男はしまった、というような顔をしてそれを降ろした。

 仲間を誤射した事にもそうだったが、もう一つの恐怖心がボウガンを掴む男の全身を駆け巡っていた――と、言うのも。

「――貴っ様ァ〜……」

 ルーシーの頬がひくひくと痙攣した。酷く激昂しているのが目に見えて分かるようだ、ルーシーは拘束していたヒゲの男を傍らに乱暴にその場に投げ捨てた。叫んだ。

「よくも! よくもよくもよくもよくも!……僕の顔に傷つけやがったなァ、ド畜生めが! 一生傷になったらどうしてくれるんだ、このド外道がぁッッ!」

 ルーシーはマントを片手でバサッとたくし上げると、腰に携えていた双剣(これは釵、と呼ばれる古武道・主に琉球空手で用いられる武器であるのだがその名称については彼らは知らない。別に大した問題ではないが)のうち一つを抜きだしたかと思えば車に向かって全速力で駆け出していた……。  




――その頃、ここから少しばかり離れた山奥のふもとに位置する孤児院にて。

 そこは残忍な殺人事件が多くあった悲劇の場所で、地元民からは呪われた屋敷、と呼ばれ誰もが忌まわしい場所として近づこうともしなかった。
 その屋敷を買い取り、孤児院を始めた少々風変わりな青年がいる。名を修一、といい年齢は今年三十二歳に突入し気ままな独身生活を楽しむ気立ての良い穏やかな性格の青年だったが……。

「修一ちゃーん」

 この屋敷にて過ごしているのは家主である修一と、そしてちょっとした身内関係にある少女リオ、孤児院に預けられた数人の子ども達、それと……。

「……見てくれよこれ、懐かしい」
「何それ。アルバム?」
「そう。……あはは、見てくれよ、ナオは昔こ〜んなに可愛かったんだ」

 この事態に備えての準備中、バリケードにしようとした家具を持ち運ぶのを手伝ってもらおうと修一を呼びに来たリオが『やれやれ、またか』というような顔をさせて腕を組んだ。リオはまだ現役女子高生で、ギャル系に近い容姿をしたいささか派手目なメイクと服装の目立つ女の子ではあるが、見た目のイメージとは違い明るくてさばさばした気立てのいい女の子である。……ちなみに、だ。
 修一が今しがた見つけ出したその古ぼけたアルバム、ぼろぼろのその写真に映るのは――修一はナオ、と呼ばれたその存在を指差してまたため息を吐いた。

「この時のナオってば引っ込み思案で。おまけに人見知りも凄くてさ、事あるごとに俺の後ろにささっと隠れてしまってなんにも言わなくなっちゃうんだから。しかもすんごい怖がりでな、一人で買い物行くのも怖いとか言って、いつも俺が手を引いてたんだぞ。今の姿からが想像がつかない」
「はいはい。で、しょっちゅう女の子に間違われててそのたびに修一ちゃんが訂正してたんだよねー。それも聞いたよー、もう何っ回もね」
「そう! ナオって名前の響きも女の子っぽいのもあってなのか、よく性別を勘違いされてたっけ。ははは、どちらかというと小柄なのもあったしね。今では身長、俺が抜かされてるけど」

 懐かしそうにもう夢中で語る修一に、リオは適わないと言わんばかりにため息を一つ吐いた。

「ほんっとナオちゃんの事、猫可愛がりするんだから。大好きなんだねぇ、ナオちゃんの事」
「当たり前じゃないか、義理の弟なんだし」

 修一がアルバムを置いて、もう一度写真を眺めた。ナオ、と呼ばれたその少年に指を置いた。その顔は――確かに少女めいていて、言われなくては分からないかもしれない……。

 そしてその目元の泣きボクロは、彼のお姉さん譲りのものである。
 
「けどナオちゃんさぁ、大丈夫なの。最近なんか変な友達とつるんでなーい? 今日も自警団活動に行って来るから晩御飯いらないよ、とかわけ分からない事言ってこの状況なのに外飛び出していっちゃったし〜。あ、そういえば何かコスプレ衣装みたいなの着てた!」
「心配いらないよぉ、あれは昔からの癖みたいなもので……」
「癖っ!? あ、あの変な服装で外に出るのが!?」

 リオはサイドテールを揺らして、大袈裟に驚いて見せた。修一はニコニコ顔のままでアルバムに再び目をやった。

「……あはは、大丈夫だよ。ナオはさー、いつまでも俺にとっては可愛い弟なんだからさ。控えめで奥ゆかしくて……」
「あ〜、もう駄目だわ。こりゃ。リオもお手上げぇー」

 諦めた、という具合にリオがジト目を向けていたが修一は気付いていないらしい。もうすっかり自分の世界に陶酔しているらしく、昔を懐かしむみたいにそのアルバムを眺め始めた。

「兄さん、兄さんっていつも泣きべそかいててさ。はぁ……人一倍寂しがり屋だからさ、俺がとにかく傍にいてあげないとな。これからはさ。離れてたぶんだけ一緒にいてやるんだ」





 で、その奥ゆかしくて控えめで可愛い弟は、というと……。

「死んで侘びろよッッ、このクソガキがぁ!!」

 ルーシーが見せたその驚異の瞬発力と跳躍力に、一同はもはや身じろぎする間も無かったらしい。ルーシーは全力疾走したかと思えばそのまま助走をつけてボンネットに飛び乗った。
 ベコン、と彼の高そうな革のブーツに足蹴にされた哀れなボンネットを心配する隙すら与えずに、ルーシーはルーフと言われるいわゆる屋根にあたる部分に乗っていた。目にもとまらぬ速さ、とはまさにこの事か。ルーシーは手にしていた釵を振り降ろし、ルーフごと突き刺した。真上から刃の先で貫かれた男はボウガンを落とした両手で脳天を掻きむしっている。

「あばばば、ぶぇ……っ」

 その隣にまた別の男も着席しているのだが真横でこんな姿を見てはもうはや奮い立つ勇気なんてどこにもない。今しがた頭をぶっ刺されて血液を噴出させながら、ビクビクと獲れたての魚みたいに痙攣している仲間の姿を見せつけられているのだが仇を討とうなんて気にはなれない……。

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