▼ 05-5.僕の名前は狂気の救世主
初めて出会う、そしてこれからも出会う事は出来ないのであろう未知なる存在との遭遇――それこそ、人の手が届かないような場所にあるものといっても差し支えが無いほどに、このルーシーと名乗る男からは神々しいまでの風格があった。
これまたどう形容していいやら、神だとも悪魔だとも、いやいやその両方であるともとれるその不可思議さは漫画やドラマ、映画という世界でしかお目にかかれないような浮世離れした存在感で、彼は侵し難いある種――畏怖の念を覚えたのだった。
「本当は、僕はこれから行かなくてはいけない所があるんだけれど……少しくらい時間に遅れても減給くらいで許してくれる筈だからね。そもそも僕以外が遅刻しているみたいだし、みんなが来るまでの間のほんの暇つぶしさ」
そう言ってその青年……ルーシーは喉の奥でくくっと笑った。
――い、い、一体どうなるんだ俺は!? どうなるんだ俺はッ!?
思い浮かぶ結果といったら――、まあ、あまり良好なものではない。
「おい、どうした!」
座席で控えていた男達がわらわらと飛び出してくる。扱えるのかどうか分からないが、物騒な事にポンプ式のショットガンなんか構えて駆け出してくる者までいる。
ルーシーに拘束されていたヒゲが、はっと我に返り叫んだ。
「よ、止せぇ、出て来るなよアホンダラ!!」
ルーシーはちょっとだけ顎を引いて、首を傾けた後に小さくにっこりと微笑んだ。それはまたおっそろしく冷たい、嗜虐的なものを伴った笑みであるにも関わらず、その瞬間にこそ、この青年――ルーシーの優美さを一層引きだしたと言っても過言ではないようだった。
ヒゲが叫ぶのと同時にルーシーは彼の手と共に、今や自分の意のままに扱う事の出来るその拳銃の引き金を引いた。ルーシーはわざとショットガンの男の脚を狙ったようだ。踏み出した右足を弾丸に捉えられ、男は前につんのめるようにして倒れて行った。鮮やかに血が噴出したのが見えたが、その傷の具合はどんなものなのかこの距離からでは確かめようがなかった。
男はその脚を押さえながら痛い、痛いと喚き散らしその場にもんどり打った。
「さぁ〜ってと……」
飛び出して来たもう一人も同じようにされるのかと思いきや、ルーシーは意外にも次の弾を外したらしい。わざとやっているのかと思ったがどうやら本当に外してしまったらしく、ルーシーは不機嫌そうな声を洩らした。
「……あッ、やっちゃった。こういうの頭に来るなぁ、もう」
それは自分に対しての憤りなのかそれとも獲物に対して向けられた言葉なのかは分からなかったが、ルーシーの手付きはまるでおもちゃで遊んでいるかのようなヘッポコすぎる構えで、もう一発目も彼は綺麗さっぱりに外していた。……まぁ要するに射撃はド下手くそなんだろう。こいつ。
これは見た目だけで、案外ちょろい奴かもしれない。
ちょろくない!!
ちょろくないってば!!!
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