ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 05-4.僕の名前は狂気の救世主


「おいおい、何邪魔してんだよ。こら」

 車からまず降りたのは運転手だった男と助手席の男だ。ぼんやりとして進行を阻むように突っ立っているその不審な青年に小走り気味に、すぐ傍にまで近づいた。助手席にいたのはちりっちりのパーマをあてたやや細身の男で、そしてそのパーマ頭はちょいとばかし背伸びをして馴れ馴れしく青年の肩に手を回した。

「お兄ちゃん、ちょっとここどいてくれや。邪魔なの。じゃーま。……ニホンゴ分かる? ココ、ニホンだよニホン。ジャピョンだよ、シャチョサン」

 訳の分からない事をぼやくと、お決まりのようにその周囲がどっと笑い声を上げたのであった。青年がそこでようやく視線をこちらへと寄越した。身長こそ高かったものの身体付き自体そのものはどちらかと言えば華奢でそれほど大きなものではなく――だがしかしまあ、恐ろしく整った顔立ちの青年だと思った。その目だけは妙に冷たく、人として必要な部分が何か欠落しているような気がした。そしてその虚ろな目元の傍にある小さな泣きボクロが、男の癖に随分とまあ艶やかでもある……。
 身に纏っている服装はいささか奇抜というか、ちょっと普通じゃ考えつかないような格好をしているが、違和感があまり無いのは着こなせている証拠なのであろう。

 結論、イケメンまたは美人でスタイルが良ければ何を着てても文句は言われない。

 パーマ頭の方も、運転をしていたヒゲの方も完全にこの唐突に現れた『変なイケメン』を舐めてかかっていた。そのお上品なお顔立ちからしてどこかのフニャチンなお坊ちゃんなんだろう、喧嘩なんかはからっきしやった事も無い只のいかれたコスプレ野郎に違いない。この狂気じみた状況に浮かれて仮装なんかやってワクワクしながら街にでも飛びだしたのだろうか。で、道に迷って途方に暮れてしまった、とか大方そういう話……。

「最近暴れまわってるおかしな野郎といい、流行ってるのか? そういうサイケなコスプレすんの、うわ〜。ちょーカックイー」

 ヒゲが笑いながら青年の胸辺りを、ちょっと強めの力でドンと突き飛ばす。
 彼らもちょうど、退屈していたのだ。この現実離れした状況にどこか酔いしれ――普段ならばしょっぴかれそうな行いも多少までは見過ごされ――日頃は持ち歩く事等出来ない武器を手にしている。合法的に武器を振り回して、しかもそれを扱う事が許されているのだ。しかしまあ、動きの遅いゾンビ達だけでは少々飽きもしていた。

 そろそろ、もっと新鮮な反応のある相手が欲しかった。生かさず殺さず、決して死なせないように――だが無傷では終わらせない。そんな相手が。

 叩かれて青年は僅かばかし後退したがすぐに態勢を立て直したかと思うと、横で笑っていたパーマ頭の頭髪をグッと鷲掴みにし、そのまま――。一瞬何が起きたのか理解が追いつかなかった。吹っ飛ばされた方もそうだったが、周囲でそれを囃し立てるように眺めていた連中にも。

 今見ている視界が、たちどころ真っ逆さまになったと思いきや気付くと硬い地面がすぐ背後にあった。
 あっという間にその場に叩き伏せられたかと思うと、パーマ頭はその一瞬で気を失った。ここまでの時間、僅か数秒。当たり前のようだがそれはじゃれあって偶然そうなった、とかいうレベルじゃない。

 頭部をぶつけられた衝撃によって、パーマ頭の脳味噌は大よそ今まで経験がないくらいに揺さぶられていたのだから失神は避けられない事であった。白目を剥いて、口からはヨダレとあぶくを吹き出してとても女の子には見せられないような顔面で気絶している。

「……んえっ?」

 一瞬の出来事に呆気にとられたが故、判断が少しばかり遅れてしまった。ヒゲは慌ててベルトに差し込んでいた銃を取り出すが、判断が遅かったのか、それとも青年の方が早かっただけの話なのか。実におろおろとした手つきで銃を構えていると、そっと青年がそこへ手を重ねて来る――まるでたしなめるような余裕さえあった。

 その瞬間にさえ、青年はうっすらと微笑んでいる。こちらが物騒に拳銃なんか所持していようがその実、腕前はからきしである事に青年は気付いたのかもしれない。青年は人差し指を立て、唇に当てながら余裕に溢れた表情でチチチ、と舌を鳴らしている。まるで犬や猫の畜生をあやすみたいにして、青年はこちらを挑発しているようであった。惨めさを感じているような間もなく、ヒゲはその男のなすがままにされているのだと知った。

 立場は、もはや完全に逆転していた。今度はこちらが舐められている側だ。

 それから息つく間もなく背後から羽交い締めにされたかと思うと、腕をしっかりと握られた。挙句、拳銃まで握られてしまった。……引き金を絞る権利は今や青年の方にある。そして自分はというと、しっかり盾代わりにされている。

「い、い……」

 やがて耳元からそっと吐息混じりの軟〜い声が通る。低くもなく高くもないトーンの声色に捉えられて、ヒゲは抵抗一つとして出来ずにいた。足元から震えているのが分かった、もつれて上手く立てない。が、恐怖心もあったが彼の中に芽生えていたのはこれまで感じたことのないような感情だった。

「……やあ。僕の名前はルーシー。人々は僕の事を、畏怖の念を込めてルーシー・サルバトーレ、と言います。まっ、気付けばなーんかそう呼ばれていたのですが、僕も実は気に入ってるのでそのままにしておいてあってですね……」

 極めて柔らかい口調で、声だけを聞けばとても無害そうな口ぶりで、青年はそう名乗った。名前の響きから言えば日本人では無いのだが、見た目はどう見ても日本人なのですが……いや、そんな事はどうだっていいじゃないか。自分はこれから一体どうなるんだ? 殺されるのか? この唐突に現れた、意味不明な男に!? 

 だがそのルーシーと言うこの男に拘束されている間にもヒゲは恐怖心よりも、まったく違うものを見ているのだという半ば感動に近い気持ちが込み上げている事に気がついた。




隊長初参戦でした。
初連載当時は「え!? この人ってまさかあれなの?
る、るー……」とスマブラに参戦したが如き
衝撃が一部では起きたのである。
隊長って呼び名がついたのもこの作品からだね。


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