ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 05-2.僕の名前は狂気の救世主


 この非常事態にも関わらず、どこか能天気な感じもする……ロケット花火の吹っ飛ぶ音が周囲に響き渡っていた。

「ヒャッハー! 汚物は消毒だー!」
「いっぺんこれやってみたかったんだよな! 人に向けてロケット花火!」

 真昼間だと言うのに花火をやっている馬鹿達がいた。瓦礫の街と化した都心部を四駆で暴走するその集団は、危険レベルマックスの危険区域に指定されているその地域を縦横無尽・我が物顔にて占拠する。

 乗っているのは全員若めな男どもで、みんなして奇声を上げながらはしゃぎまわっている。ついでに車からはジャンジャカと重低音が音量最大で流されていて近所迷惑もいいところであった。――もっとも、この地域に未だ住んでいる、というか残っている人間がいるのかどうかは不明だが。

「オラッ、クズ肉が! 害虫は死ね!」

 助手席の窓から男が構えるのはボウガンの矢だ。勢いよく矢が発射され、女性のゾンビのこめかみに突き刺さる。ゾンビはまだ生きてはいるようだが、矢の刺さった反動でツルンと転倒したらしい。

 刺さった矢がゾンビのこめかみからアンテナみたいに伸びているのが見えた。

「おぉい、あんまり無駄遣いすんじゃねえぞ。あと矢の回収できる場所で撃てよ」

 運転席から煙草を吹かして片手ハンドルで操作している男が呟いた。

「いいじゃねえか、ストレス発散〜。どうせ殺人にはならねえんだろ? まあ、ごもっともだよな。何せもう死んでるんだし」
「そうそう、その通りだぜ。……オラッ、このジジイゾンビ! ヨボヨボの年寄りなんざ生きてるだけで迷惑なのに死んで更に迷惑かけてんじゃねえぜ。とっとと逝っちまいな!」

 今度は後ろの座席に座っていた男が窓から身を乗り出した。男はハンドガンを構えると水平に構えてそれを撃った。

「命中! スッゲェ〜、見事なもんだぜ」
「じゃ、俺はあの女の子のフトモモ狙っちゃおうかな」
「あ、どれだよ?……ていうかまだガキじゃねえか、よくガキと老人が狙えるな。まぁ今ジジイ撃った俺が言うべき事じゃねえが」
「動きが遅ぇんだ、楽勝さ!」
「オイオイおめえら、狩りしにきたんじゃねえぜ俺達は」

 運転席の男が呻る。彼らはこの状態に便乗して盗難を働こうと言ういわば火事場泥棒の一種であった。平素からろくな定職にもつかず、金稼ぎと言えばギャンブルと、同居中の女を脅してせしめたはした金、自販機の寸借詐欺や万引き、空き巣等々……並べ立てるのも反吐が出そうな犯罪沙汰でしか食いぶちを稼げない奴らなのであった。

 誰が思い立ったのかは知らないが彼らのうちの一人が思いついたのはこの期に乗じて街の中の金品や金になりそうなものを強奪しようと言う浅はかな案。皆がそれに乗っかって、今の団体が出来あがったらしい。

「まぁいいじゃん。だって俺達いーことしてんだぜ?」
「そうそう。お国が無駄に税金使ってこいつら駆除しなきゃならねえところを、この俺達六人が立ち上がり世界を救う! かーっこいいじゃん」
「あーあー、言ってろ。ったく普段は政治だのはややこしいとか言ってニュースなんか見もしない癖して、こういう時ばかり鬼の首取ったように騒ぐんだからなァ」

 建物が消失し見晴らしが良くなった代わりに瓦礫やらで走りにくくなった街の中を、車はスピードを落とす事無く走り続けていた。爆音の重低音をかき鳴らしつつ、それは見事にゾンビ達の気を惹いたが……どうやら注意を引き付けたのはゾンビだけではなかったようだ。

 否、ゾンビよりもっともっと厄介なものかもしれないのだった。ある局面では。

「ん?」
「どうしたんだよ」

 道の先にあったその影に気がついたのか車が徐行を始めたかと思うと、やがて完全に停止した。

「何だよ、急に止まって」
「なんだよあいつ……街ん中突っ立ってボケーっとしてら」

 車の進行を阻むようにそこにいたのは、全身黒い格好に身を包んだ長身の男であった。男は半ば俯き気味に、ここではない別の箇所をぼぉっと見つめているようだった。『心ここにあらず』、そんな言葉がしっくりとくる――。

 よく見りゃ男はそりゃあもう見事に左右対称的な、そして随分とお綺麗な顔をした男だ。軍帽のつばの部分がそれを隠し気味で、はっきりと顔の全貌が拝めない。マントをなびかせながら妙な服装をしたその男はそこを退く気が無いのか帽子のつばの下、虚ろな視線を遠くに向けている。

「……何だあのコスプレ野郎……」
「さあ……」
「完全に変態やな」

 たちどころ一同が不審がって目を合わせる……。


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