ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 04-1.現実は斯く語りき


「……あのおじいさんと息子さんは?」
「大丈夫。ヤブの応急処置のお陰で無事に助かりそうだって、息子さんは。……ふいー、すぐ近くに受け入れてくれる病院があって良かったよ……ったく」

 先程の老人と息子を抱えてひとっ走りして来た石丸が戻ってくる。その言葉を聞いてヤブがほっと胸を撫で下ろしたのが分かった。

「良かった〜……ヤブ医者のヤブ、と呼ばれて十数年。そんな僕にもやっとカッコイイ見せ場が……」
「それよりかおめー、ミイは平気なのかよ」

 早速一服といった様子で石丸が腰を降ろすなり、胸ポケットのラッキーストライクを取り出した。中身がまだあるのを確認してから、石丸は一本振り出した。

「ああ、すまん。俺もヤブの適切な治療のお陰でもう動ける」
「お・おだてないでよ、もう。……思ったより傷が浅かったからさ、失血量も全然大した事なかった。だから、すぐに処置出来ただけの事だよ」

 ヤブが笑い笑いに言うと、ちょっとはミイも余裕が出て来たのだろううか。先程までは立っているのがやっとといった状態であったにも関わらず、ほんの少しだけ笑って見せた。

「あ、けど、定期的に包帯とガーゼは変えて頂戴ね。傷口は清潔さを保つのがとにかく重要だから!」

 付け足すようにヤブが言ってから微笑する。ミイが返事する代わりに、肩を竦めて見せた。

「ミイ……ごめん、俺のせいで」
「俺が勝手にやった事だよ。気にするな」

 がっくりと肩を落とすユウの背中にそっと手を添えながら、ミイが優しげな調子で言った。そうは言うもののやはり痛むのか、ミイは時折痛みに耐えるように顔をしかめて見せては、腹の辺りを擦っている。

「――ヒロシくん、大丈夫、だよね」

 膝を抱え込むようにして俯いていたヤブがそっと絞り出すように呟いた。それと同時に思い出されるのは長年……とまではいかないが、かれこれもう一年以上は仲良くしていた筈のノラの存在だった。

 皆あえて言葉にしないようにしていたようだがそれも果てが来たのか、続けざまにヤブが先の言葉を紡ぎ始める。

「ノラくんは、その……初めっからあっち側? の人間だったのかな」
「ヤブ、お前そんな事をなぁ――」

 気難しい顔で煙草をふかしていた石丸だったが、ヤブのそんな言葉に抗議しようと立ち上がる。

「しかし、俺の名前を知っていたのはノラが情報を流していたってのも考えられるよな……」

 すかさず加えられたミイの言葉に、石丸が言いかけた言葉を飲み込んだ。

「――勿論俺だって信じたくはないけど……」

 付け加えるように言ってから、ミイは「くそっ」と一つ呻いて廃墟の床を殴った。

「けどさぁ。俺達ずっと一緒だったんだぜ。それが……何でさ……」

 石丸が何とも悔しそうに呟いた。

「一緒にいた年月なんか関係ないよ……」

 そしてそれをフォローするでもなく、殊更に辛辣な言葉を吐くのは意外にもヤブなのだから皆も押し黙ってしまう。

「長く一緒にいたからって僕達ノラくんの何を分かってたって言うのさ。全部が全部理解できるわけなんか無いと思うよ、家族じゃあるまいし」
「ヤブ……」

 そこでヤブの唇がわなわなと震え出すのを一同は見逃さなかった。じっと黙って観察していると、やがてヤブの潤んだ両目からぽろぽろと涙がこぼれ始める。

「ぼ、僕だって悲しいよ――それにすっごく悔しいんだ……僕らの戦いがこんなところで終わっちゃうなんて」

 彼の涙にはノラの事だけではない、無数の意味が含まれているのだろう。ヤブは膝を更に抱き寄せてめそめそと男らしからぬ細々とした泣き方で涙を零し始めた。

 いつの間やら、外には雨がぽつぽつと降り始めていた。真っ先にそれに気付いたのはミイのようだった、ミイは伏せていた顔を上げて窓の向こうを見つめる。

「雨……」

 不定期に地を叩くその雨音には、いつしか遠くで響く雷鳴が混ざっていた。

「……終わらせるもんか」

 訪れた沈黙を一番に解いたのはユウだった。一同の、少しばかり覇気の無い視線がユウに注がれる。

「俺たちだけになっても、やり遂げないと駄目だ。ヒロシくんを助けに行こうよ」

 すっくと立ち上がったユウの表情には先程まで見せていた泣きべそは片鱗も無かったが、その声に賛同する者はいなかった。皆、疲弊し切ったようにそれぞれ力無くうなだれているだけなのであった。

「――無理、だろ。相手は完全武装した、それもとびっきりに話の通じない連中だぜ。ある意味じゃゾンビよりタチが悪いぞ」

 石丸がもっともらしい正論を突き付ける。ユウ贔屓のミイでも流石に庇いきれなかったのか、何も言おうとはしない。それはヤブも同じで、黙って受け入れたように目を瞑っていた。

「けど! こ、このままだとヒロシくんが死んじゃうんだよ……?」

 はっきりと飛び出した死、という単語に一同は僅かに動揺したのだが……すぐに冷静さを取り戻し、ミイがゆっくりと口を開く。

「冷酷かもしれないが、俺らだって死ぬかも知れないぞそんなの」
「で、でも俺達何度も何度も……何度もヒロシくんに助けられたよ。ヒロシくんは恩人じゃないか」

 ユウがしゃがみこんで、同意を求めるようにしながらミイの両肩に手を置いた。自然と俯きがちになるその顔を覗き込みながら、ユウは情に訴えかける作戦にでも出ようと言うのかミイに向かって潤ませた両目を向けた。

「それを、そんなアッサリと見捨てるの? いいの、そんなの?」
「俺らだって見捨てたくはないさ!……けど、無理があるってもんだよ。いいかユウ、俺達は特別な訓練なりをしたわけでもない、只の一般の素人なんだよ。――正直に言ってここまで来れたのが不思議なくらいだぞ……」

 非情たる現実かもしれないが、確かに今までは現実離れしたこの設定に酔ってどこかヒロイックな気分に浸っていた――のは否定できなかった。

 自分達が世界を救う――平凡な一介の高校生が、強大な悪を相手取り戦い、そして平和を取り戻す。そんな物語の主人公に自分達がなれる……なんて不謹慎にも浮かれていた節があったのかもしれない。

「……あいつらが言うように『ごっこ』だったのかもしれないな」
「ミイ!」

 ミイは泣いているのか顔を伏せて、サッとあちらへ向いてしまった。

「……石丸、何とか言ってくれよ。お前は残るよな?」
「――いや、状況が最悪すぎるって」
「ヤ、ヤブは? ねえ、ヤブは!?」

 慌てたようにユウは駆け出して、ミイと同じように顔を伏せて泣いているヤブの元へと近づいた。近寄るなりに肩を抱いて揺さぶりをかけるも、ヤブはもはや何の反応も見せない。……本物の絶望が、ユウの中に一気に押し寄せてきたのが分かった。

「そんな……そんなの、って」

 ユウが何かから逃れるように後ずさりながら首を横に振る。やがて壁に行きあたり、それ以上下がれない事を知ってかユウは壁に背中を預けながらずるずるとその場に崩れ落ちていった。

「酷いよ……そんなのってあんまりにも……」

 言いながらユウ自身も、とっくに気付いていた。ここまでやって来れたのがほとんどヒロシとノラのお陰であった事。その二人がいなくなった今、ろくに武器も扱えない自分達だけが、それも戦い慣れた武装集団の元へと立ち向かう。
 あぁ、そりゃなんとまた刺激的なストーリーじゃないか。これがハリウッド映画だってんなら奇跡の大逆転なんてのもアリかもしれないが……これは違う。映画なんかじゃ無い。

 自分達は何てことないただの高校生だ。

 ごくごく平凡な、良くも悪くも無知で世間知らずな十代の学生さんでしかないんだ。それ以上、それ以下でもない。お恥ずかしながら法に守られたこの国で今日まで健やかに生きて来た、平和ボケした男子以外の何者でもないし――そしてそれは悪い事でもなんでもないのだろう。

 そこでユウはまたもや泣いた――俺たちじゃ所詮力不足なんだ、と。雨がようやく上がって来ても、一同の湿っぽい空気が変わる事は無かった。


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