ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 03-5.後ずさる事は許されず

 振り向くと、迷彩模様の戦闘服に身を包んだ集団がいた。鉄製のヘルメットにコンバットブーツ、肩から吊るされたライフル、腰のベルトには手榴弾が下げられていて、銃把の部分がホルスターから見えた。一見すると自衛隊のようだがそれにしては制服のデザインが一部異なるのだ。テレビで目にするような、市民の救助をしているような自衛隊たちの制服とは違う。ヘルメットには見慣れないマークがでかでかと入っているし、その迷彩の戦闘服にも謎のマークは刻まれていた。
 武装している武器から見ても、どうやら彼らは普通の自衛隊では無いらしい――見た事も無いそのマークに一同は目を見張る。

「君が九十九ヒロシくんか?」

 その中央、けったいなアサルトライフルを掲げてやたら肩幅の広い隊員が一人こちらへ向かって歩いてくる。年齢は四十代半ばから、五十は迎えていない様にも見える。浅黒く彫りの深い顔立ちが目を引く中年はずかずかと歩いてくるとヒロシの前に立った。ヒロシもまあまあ背の高い方ではあったがそれと同等くらい、いや体格と装備品のせいもあるのかこの男の方が随分と大きく見える。

 かなりの迫力に気圧されそうになってしまう……事実、ミイも石丸もその見てくれについ身じろぎしそうになっていた。ヒロシはいつもながら臆する事は無かったが、警戒はしているのかやはりその表情は硬く険しい。

「――何でしょう」
「よろしい。噂どおりにいい目だなァ、大量殺戮者――、そう語るのには相応しい。ンッン〜、素晴らしいね」

 どう対応するのが正解なのか判断に困るままに、ヒロシは視線を持ち上げた。ミイが刀の柄を口に咥え、腰に差していたファイブセブンを抜きとると男の後頭部に照準を当てて両手で構えた。同時に背後に控えていた隊員たちのライフルが、ちゃっと一斉にミイの方へ向けられる。

「おっと」

 そのどちらを制したのか分からないが、男が片手を高く掲げて続ける。

「……安心したまえ。君達には危害を加えないつもりだから、一応」

 その何もかもが曖昧な言い方がミイには引っかかって、素直に銃口を下げる事が出来なかった。男がハンディサイズのトランシーバーを取り出すと何やらそこに話しかけ始めた。

「あー……、私だ、田所。例の少年を見つけたもので――すぐにジークフリートさまの元へお連れしよう」

 用件だけを告げてから田所と名乗るその男はトランシーバーをまた仕舞う。田所は再びヒロシ達の方へと向き直る。

「さぁて。手短に言おうか、ヒロシくん。君をちょっとばかし連行するように『天』からのお達しがあったものでね」
「連行? 何で。てか、天からのって何……」

 普通はヒロシが聞く筈のところを石丸が真っ先に口を開いた。

「今のこの説明するのもアホらしくなる状況を作り出しているのはあのヘンテコな仮装をしたガキのようだが……あのガキが無意味に暴れ狂っているのはまぁつまりぃー……君を探しているからなんだろう? まとめると」
「だーからこそ俺達が潰しにいくわけで!!」

 だが石丸の訴えはもう聞いていないらしい、聞くつもりも毛頭なさそうだった。田所はずいっとヒロシに近づくと極めて明朗な笑みを浮かべて続けた。だがその笑顔は、何かどことなく不愉快なものが混ざっているように感じたのだが――。

「我々の現代兵器を持ってしてもあのガキにはまるで歯が立たない。何でだか分かるか?」

 さぁ、と言う風にヒロシが目配せしてから肩を竦めた。

「ジークフリード様がおっしゃられる通りあいつが我々、愚かな人類を裁きに現れた天子だからだ」

 至って大真面目に、真剣そのものと言った表情で田所は言うのだった。何だか聞いた事も無い様な外国の言葉を聞かされたみたいに、ヒロシには理解できないでいた。石丸なんかはもはや吹き出している。

「ジークフリード様はこうも言われている。あのガキが求めるものを差し出せ、と。それが我々人類に残された救済の手段だと我々は判断したんだ」

 こいつらの素性はよく分からないがどうやらあの怪しい宗教集団の使いみたいなものらしい。戦闘服やヘルメットに刻まれたマークの意味がようやく分かった。
 大方、こいつらは隊の中で勝手に徒党を組んだ連中の集まりだろう。あの教祖様の言う事を真に受けたのか、裏で何かやり取りがあったのか、それとも初めから潜んでいた洸倫教のスパイなのか。使っている武器なんかも、日本じゃ扱えないものを持っている……とヒロシはその僅かな情報だけで推理する。

「言われなくともこちらから向かおうとしたところなんですが」
「……意味合いが違う。ハッキリ言えば、我々が助かるにはお前を生贄として差し出す必要がある」

 その言葉にミイがファイブセブンを更に一歩近づける。片手で、咥えていた日本刀を受け取ってからミイは叫ぶ。

「殺す為に転校生の身柄をそっちに差し出せって事か?……それが人間のやる事かよ、そんな馬鹿みたいな取引に応じる気なんかないぞ!」
「――さすがは神居くん、成績優秀なだけあって飲み込みが早ぁい」

 何か無数の意味が込められたような下卑たスマイルを浮かべ、田所はミイの方へと振り返る。

「……どうして」
「名前を知っている、と言いたげな表情だな。そのくらいは把握済みさ。君達がこんな世界を救うだのとふざけたヒーローごっこをしていた事もね」

 本人が意識しているのかどうか分からないがミイの頬のあたりがいつになく強張っている。震え出しそうになるのをぐっと堪えているようであった。

「ご、ごっこ……って!――取り消せよ!」

 ユウが叫んで身を乗り出せば、同時にライフルの銃口がちゃっと向けられた。構わずにユウは叫び続ける。

「――おかしいよ……ヒロシ君は戦おうとしてるのに! 今までだってずっと一人で戦ってきたんだよ!? 何でそんな事しなくちゃいけないのさ、そんなの、そんなの……」

 言いながら泣けてきたんであろう、ユウの目の端に涙がじんわりと溜まっている。

「みんなで協力し合わなきゃいけないのに何で人間同士で争うんだって、馬鹿馬鹿しいよ! そんなの、それこそあいつの思うツボじゃ……」
「ばーか言え、そもそもこの眼鏡のガキさえいなければこんな事態にはならなかったんだろうが。こいつ一人の命と全人類の命、どっちを取るかって言われたらそりゃお前もちろん後者を取る。多数決取ったっていいよ、なぁお前ら。俺達が信じるのは上司でも同僚でもねえ、ジークフリード様のみさ」

 見た目にそぐわない随分とくだけた口調になりながら田所が舌を覗かせて意地悪く笑った。マークを誇らしげに見せつけながら田所は言う。

「ジークフリード様が仰るんだ、そう、間違いない」
「――糞ったれめ!」

 ミイが吼える。ありったけの憤りがこめられたような叫び声で。ミイの唇がわなわなと震える。

「お前……ううん、お前らはおかしい。そんな狂人の言う事を何で信じる? あの胡散臭いオッサンが裏で何を垂らしこんだか知らないが大義の為に犠牲はやむを得ないってか。ふざけろよ、俺はそういう考え方がいちばん、虫唾が走る程に嫌いなんだ。大体、あのハイドラって奴がそいつの命と引き換えに大人しく引き下がるだなんてどこにそんな確証がある」

 田所はヘルメットを被り直しながら余裕たっぷりに笑う。

「――で、君の平和論はおしまいか? 神居くん。優等生と言われる割には随分とまあ古臭い、手垢のついた考えだなぁ。頭が固い、とも言うかな……」

 ヘルメットに覆われた頭部を指先でトントンと小突きながら田所がまた笑った。

「確証だって? ジークフリード様がそう言われるのだからこれ以上どんな証拠が必要だって言うんだい」

 それがさも当然の事のように告げてから田所は高笑いを上げた。


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