ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 03-4.後ずさる事は許されず


 その場に愕然とした様子で膝を突くのは、白髪混ざりの老人だった。今しがた悲鳴をあげたのは他ならぬこの老人であったのだが。

「し、死んでしまった……息子が……あ、あ……っ」

 嗚咽を含みながら老人は虚しく宙を見つめる、まだ温かい男性の身体をそっと抱き起こした。そしてその男性こそが老人の息子であった。息子の手を握り締めながら老人が静かな泣き声を漏らす、息子の怪我を負ったその身体からは音もなく鮮血が流れ出しているところであった。

「……か、噛まれてたんなら、こ、殺すしかねえじゃねえかよ! 俺は正しい、間違ってない!」

 そう言って怒鳴り散らすのはリボルバー式の銃を構えた、強面のスキンヘッドの男だった。見た目は勿論のこと、銃を所持している事からも分かるように恐らく堅気の人間じゃあないんだろう。
 そしてそのリボルバーの銃口からは、今しがた発砲したものであろう白煙が立ちこめている。

「――ついでだ、丁度いい。お前も殺してその食料と水、奪い取ってやる。息子の所へ行けるんだ、いい案だろ」
「……」

 老人は泣き伏せているのか、憔悴しきっているように息子の遺体に寄り添ったままだった。もはやその気力もないんであろう、何も答えないでいる。――スキンヘッドがにっと笑った、屈んでいる老人の白髪頭に照準を合わせる。

「あばよ、老いぼれ。年寄りから先に死ぬってのが世の中の摂理ってヤツよ……」

 恐らくこの男には情け容赦なんてものが無いのだ。これまでもこうやって弱者をいたぶり、心を痛める事も無く容易く搾取する様な生活を送ってきたに違いない。何の抵抗すら覚える事無く引き金を絞ろうとしたその刹那、叫び声と共に飛び込んでくる影があった。

 スキンヘッドが慌てて振り返ると、刀を振りかざして一気にその距離を詰めるミイの影があった。スキンヘッドが驚いてリボルバーを向けるがミイは構わずに飛び込む。
 怯まないと知るやスキンヘッドは攻撃を諦め、ミイの初太刀を防ぐのにリボルバーを盾代わりにかざした。盾にするにはいささか面積の幅が足りない様な気もしたが運良くその一振りは凌げたらしかった。ミイの振り下ろした刀がガキン、とそれに弾かれたのが分かった。ミイは背後によろめきながらも姿勢を立て直して、すかさずその柄を握り直す。

「な、ンだこのガキャ……! いっきなり刃物振り回しやがって! ここ、おかしいんじゃないのか」

 肩でぜえぜえと息をしながらミイは臆することなく、スキンヘッドの強面を睨みつけた。

「――お前ッ、その人を撃ったのか!?」
「ん?……ああ、それかい。でもまあ、どのみちそいつは噛まれてたみたいだから、今のうち駆除しとく必要があったわけだよ」
「ち、違う。そいつは只の強盗だ……こんな状態になった街を荒らして回っている火事場泥棒なんだよ……私と息子が逃げている最中に突然襲い掛かってきた」

 豪快に笑うスキンヘッドだったが、口を挟んだ老人の言葉に遮られたように笑うのをピタッと止めた。
 まぁつまりは当たり屋みたいなものか――噛まれたとか何だとか難癖つけて、突然のようにリボルバーをブッ放してくるなんてとんだ危ない奴もいたものだ。キチガイに刃物、キチガイに鉄パイプ、キチガイにハンドガン、キチガイにサブマシンガン……。

「……ち、ジジイ。余計な事を。黙っていたら逃してやらんでも無かったのによう」

 ややばつが悪そうに、スキンヘッドが唾をその辺にプッと吐きながら言う。

「おまけに嘘吐きみたいだな。今、そのじーさんにしっかり拳銃向けてやがった癖によ」

 そう言いながら現れるのは負けじとガラの悪い石丸だった。石丸は使い慣れた金属バットを肩に携えながらメンチを切ってずんずんと歩いてくる。……流石は影で『かんとー連合』とあだ名される男、こんなにも金属バット若しくは釘バットの似合う男子生徒は他におるまい。

「あ、ま、待って、おじいさん!」

 その横をすり抜けて走るのは小柄なヤブだった。ヤブは倒れている男性に近寄るとしゃがみこんで口元に耳を傾けた。

「……大丈夫。息はまだあるよ。おじいさん、ちょっと抱えてもらっていいかな。弾丸が貫通しているかどうか……」

 言いながらヤブはしょっていたデイパックを降ろして中の生理食塩水とちょっとした治療薬を並べ始めた。

「何だァ、このガキども」

 ミイは未だくすぶっている衝動を抑え込む事が出来ないのであろう、殺気をそれはもうビンビンに放ちながら正眼の構えを取る。一歩たりとも退く気はない、と言ったところか。

「ミイ!」

 ユウの叫び声にミイが僅かに反応を示した。

「よ、良かった……無事で……しっかし早い、陸上部の俺が追いつけないなんて……うえっ」
「……すまない、俺はどうしてもこいつを許せないんだ」

 そう言うミイの声は平素よりも遙かに低く、静かな怒気を孕んでいるようであった。近づけば、そのオーラだけでグサリとされそうな程のどす黒さを伴っているかのようだ。

「んだとこのガッキがぁ〜……束になったところで何ができるって言うんだ? おおー? やんのか? ン?……ッいよォオーし、一番初めに斬りかかってきた威勢のいいテメエからあの世に送ってやるよ! 脳漿ぶちまけなっ」

 ガチャンと撃鉄が引き起こされる音がした瞬間、スキンヘッドの構えていたリボルバーがまるで手品みたいに瞬間的にサッ、と消えた。スキンヘッドも理解し切れていなかったのか手の中に何も無い状態なのに引き金をしぼる動作をしてからようやく気がついたらしい。

 お、と短く呻いた後、手の中をパッと見つめた。

「……やれやれ、どうして貴方みたいな下衆が生き残って無関係の命が失われなくてはいけないのか。理不尽とはまさにこの事ですね」
「ヒロシくん! 来てくれたんだね!」

 ヒロシの手にはワイヤーのような、それよりもいささか細めの紐状の糸が揺れている。それに絡め取られているのは先程スキンヘッドが構えていたリボルバーだった。ヒロシは吊られたリボルバーをまるでヨーヨーで遊んでいるみたいにしてそれをちらつかせている。

「え、あ、お、え!?……うええっ!? まじかっ」

 拳銃の無くなった手の平とヒロシに奪われた自分の拳銃とを見比べながらスキンヘッドが素っ頓狂な声を上げている。

「俺もいることも忘れないでねーん。……お、これがほんとのエアガンか!? あはは、うけるねそれ〜!」

 ノラがヒロシの後ろからひょこっと顔を出す。くだらないギャグを聞きながらヒロシが口の中で、さぶ、と呟いた。

「――だ、大丈夫! 傷は腹の横を逸れてるみたいにして出来てる、弾は貫通どころかかすめただけだ。おじいさん、安心して。今から止血して洗浄して、そしてから消毒するから。頭の方を持っていてくれる? 勿論単なる応急処置に過ぎないから、必ず医者に連れて行ってね」

 ヤブが額の汗を拭いながら嬉々として叫んだ。血は苦手だと言いつつ、ヤブは何だかんだと頑張っているようだ。

「あ、ああ。勿論。ありがとう。ありがとう……」

 その言葉を聞いた老人は、安堵したようにその場に脱力したようだ。やがて涙を浮かべながら、ヤブに向かって何度も頭を下げた。

「えっと、あの……エヘヘ」

 スキンヘッドが、そりゃあもう子どもが見ても分かるくらいにおろおろしながら辺りを見渡す。愛想笑いまで浮かべて、六人の少年たちの視線に囲まれながらスキンヘッドが狼狽する。次第に銃を持つ構えからホールドアップのポージングへと変化を遂げて、スキンヘッドはじりじりと後退してゆく。

「奪った物をそっちのじーさんに返して、とっととどこへでも行けよ」

 石丸が決め台詞のつもりかやけに強弱のついた発音で言ってのけると、更には表情も取り入れながらスキンヘッドを見据える。内心では「決まった……」とご満悦に違いない。

「う……っ、く、くそ」

 たじろいだスキンヘッドのつるつるの額の中央、眉間辺りに何だか赤い点がぽっと浮かびあがった。

「お、おいハゲ……何かデコに赤い点みたいなのが……」

 石丸が不思議そうに指差すとスキンヘッドにも覚えが無いのかいぶかしげな表情で額に手を添えた。

「……てん?」

 不思議そうに手を置いた瞬間にスキンヘッドの頭部がドッパーンッ! と見事に爆ぜた。

 脳漿や肉片、骨の破片が血液と共に飛沫と化して飛び散った。視界が、赤いフィルムでもかけたみたいに真っ赤に染まった。あッ、と叫んだユウの口の中に弾け飛んだ何かが飛び込んできた。同時に血生臭い味が口内を満たした。ユウがべっとそれを吐きだして何度も何度もえずくような仕草を繰り返した。……何が飛んできたのかは恐ろしくて確認も出来なかった。

「――何だ……誰の仕業だ。一体」

 ヒロシがゆっくりと背後を振り返る。自然と銃を構える指先に力が籠った。




ヒロシさんは振り返った時の顔が
最高にお美しいと思うんだな。
見返り美人ならぬ見返りヒロシ様です。


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